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名言 アーカイブ

2005年02月12日

名言コーナー

ウィストンチャーチル

重要なポイントをつくときは、 如才なくやろうとか巧妙にやろうとか思ってはいけない。

杭打ちを使って、ポイントを一突きせよ。
それから引っ込めてもう一突き。

そして三回つけ。
これでどんぴしゃだ。

チャールズレブソン


競争に勝つのではない 

叩き潰すのだ

ベトベン


この地上ではなすべきことが多い 

急げ

2005年03月12日

好きな四字熟語

受験期にメモっていた自分のメモより

百花繚乱
比翼連理
風光明媚
月下氷人
山紫水明
寂滅為楽
酔生夢死
同床異夢
明窓浄机

今見ても
これらの文字と響きの美しさには
うっとりする

なんつーか、日本を抱きしめてあげて!と
言いたくなる。

2005年06月03日

好きな言葉

宮崎駿氏の


そういうときは気の利いた一言でくぐりぬけろ

この言葉は、とてもためになる言葉であります。

議論で困ったときに、ウィットネスで
切り返せば、なんとか逃げ切れるように、
気の利いた一言は、かなりの切れ味を持ちます。

いわゆる「ユーモア」みたいなものですね。

あるいは彼女に何かしらの責を追求されているときも
うまく、サクっと返せれば、
逃げられたりもします。

気の利いた言葉は色々ストックしておきたいですなぁ。

好きな言葉

宮崎駿氏の


そういうときは気の利いた一言でくぐりぬけろ

この言葉は、とてもためになる言葉であります。

議論で困ったときに、ウィットネスで
切り返せば、なんとか逃げ切れるように、
気の利いた一言は、かなりの切れ味を持ちます。

いわゆる「ユーモア」みたいなものですね。

あるいは彼女に何かしらの責を追求されているときも
うまく、サクっと返せれば、
逃げられたりもします。

気の利いた言葉は色々ストックしておきたいですなぁ。

2005年12月15日

チェーホフ


久々に名言エントリーを。
好き嫌いが分かれるのよね。

女性は往々にして、言語関係をあまり
興味持たない傾向があるらしいです。
(大脳的に)


チェーホフのどの本だか忘れたのだが。

風邪をひいても世界観は変わる。ゆえに世界観とは風邪の症状に過ぎない。

これ、物凄いパンチもった言葉だなぁ、と
メモったのを覚えています。

ロジカルとか、
納得とかじゃなくて、
なんというか、実在論的な。

2005年12月16日

単語帳

大学の2年までに、せっせと書き溜めていた単語帳よりいくつかメモを抜粋。
何気なく。

昔は、細かい勉強をしていたなぁ。


■逆比喩的な矛盾した言葉

軍隊の知性、勉強した教授、耳をつんざく沈黙、ジャンボサイズの小エビ


■紫の雪

ハリウッドの常套句
=どんな注目でもうけないよりはましの意

■利食い千人力

利益を確定することの重要性

■アナリシスパラリシス(分析麻痺)

木をみて森を見ずの言葉の通り、

木に対する知識の増大は盛り全体の構造的な認識を忘れさせる

■ニンフォマニア


女性の過剰性欲
(病名)

■マタイ効果

横一線の状態から、何かの弾みで一人の人材が頭を出すと、
多くの仕事、すぐれた評価、新しい機会が集中することによって、
その人材だけが、横並びの集団から急速に抜け出していくという現象。


■社会的欲望 byボードリヤール

=グッチの鞄が象徴するもの

■ミュンヒハウゼン(ほら吹き伯爵)のトリレンマ

可能な論証はすべて同語反復、すなわち分析判断である。
だから哲学がいくら基礎付けを考えたところで、前提をいくらでもさかのぼる無限進行になるか、
循環論法に陥るか、あるいは前提の密輸入におわるか、
無限に錯行して結論がでないままになるかというような、
論証すること自体が失敗するという構造になっている

■アウラ byベンジャミン

芸術の一回性、オーラ

■ディドロ効果

ディドロ伯爵が昔、部屋着(ドレッシングガウン)をプレゼントされて
それを身につけるようになって以来、伯爵の書斎のインテリアがじわじわと、
そして結果的にはがらっとかわってしまったという故事

2005年12月18日

まぐわり関係の名言

さくっと。

■誰かの本。(漫画だったかも。映画?)

"いいことがある 僕たち結婚しよう”
”もっといいことがあるわ 結婚しないでおきましょう"

■ゲーテ

20代の恋は幻想である。
30台の恋は浮気である。
40にしてはじめてプラトニックな恋愛を知る。

■ディオゲネス

結婚したほうがよいか?
しないほうがいいか?

いずれにしても君は後悔するだろう。

■小津安二郎

男女の仲というのは、夕食を二人っきりで三度して、
それでどうにかならなかったときは諦めろ。

■バトラー

命と引換えに金をとるのは強盗であるが、
女は両方ほしがる。

2006年02月04日

リヴァイアサン:ポールオースター

いきなり名作シーンシリーズ。

個人的に、
春樹と並ぶほど愛読している作家
ポールオースターの最高傑作
「リヴァイアサン」より

Amazon.co.jp:リヴァイアサン新潮文庫: 本

しかし、あれですね。
自分の好きな名言を公開するってほど
恥ずかしいことないですね。

そういうのに限って、他人には共感を呼ばないことが
往々にあるし。

まぁいいや。

んと、サックスっていう孤高の主人公がいるのですが
その彼の独白。



まっすぐに彼を見据えたまま、涙が頬をながれるままにしていた。

そこに涙があるのを認める気がないように、手も触れもしなかった。

プライドの高い泣き方だ、とサックスは思った。

苦しみをさらけ出す涙でありながら同時にその涙に屈することを拒んでいる。

リリアンがこれほど懸命に自分を失わずにいることにサックスは敬意を抱いた。

涙を無視する限り、涙を拭い去らない限り、その涙が彼女を辱めることにはならないからだ。


なぜ、このシーンが好きかというと、
この「涙は自分が認めないと、それは涙に屈服したことにならない」
という仮説であります。

これは、あらゆる物事に適応可能ではないのだろうか。

例えば、会社で
くそな仕事させられたりした時にも応用聞くのではなかろうか。
ともあれ、何かしら山田詠美的な匂いもします。

また、涙関係の名言では
桑田大先生のC調言葉にご用心という歌の中のこのフレーズ。

恋をすればするほど、女の泣いた顔に冷めてく

という鬼のようなフレーズがありますが、
しかし、まぁ、なんというんですか、
これは別段、女を男に置き換えても良いのではないのでしょうか。

非常に情緒があるセリフだと思えます。


じゃあ、最後に、もう一個
僕の名言ライブラリ@Excelより涙関連で1個

メアリウルストンクラフト より。

涙は、美しい頬に流れるときにしか雄弁ではない

 合掌。


#一気にブログのエントリーをいくつUPできるかを実験してみたのですが
最初にUPした記事より、80分後が今で、その間にUPしたのが6本。
1本目にかかった記事が10分とすると、
1本あたり、15分もかかっているという計算になりますなあ。

定期的に続けるには、10分以内にしなければキツイ。
 前はもっと早かったのになぁ・・・

2006年02月19日

好きな言葉

エントリーしまくりDAYです。
(今みたら今日だけで7エントリー!阿呆か俺は!)

まぁ、日曜日はネジを巻かないからねえ。
就職前の焦り(ないよ?)という無残な無意識があるのでしょうか?
わかりません。

本当のところは作業からの現実逃避という
見方が強いのだが。
(たった今は、ipodを修復中)


さて、好きな言葉というものは
誰しも、1つくらいはあるのではないだろうか。
あってしかるべきとは思わないけれど、
結果的に「在る」ことが多い。

個人的に、人生指針としているのは
永沢氏の
「やりたいことをやるのではなく、すべきことをするのが紳士だ」論。

で、座右の銘としたいのは
いつも引用するアランの
「悲観は感情に属し、楽観は意志に属する」という言葉。

他にも、人生の様々なケースで言葉は
わが身を助ける力を持つ。

例えば。

例えばであるが、
「非常に、ヘブィな状況」におかれた場合、
僕がいつもつぶやくのは
「It's show time」という言葉だ。

「かなわんなー」と思える状況に陥った時、
あまりにも負荷が重いように感じられる時、
卑近に言えば「泣きたくなるような」状況で、
この言葉を、つぶやくようにしている。

いわば、「背水の陣」ではないけれど、
「良いという状況からかけ離れた時ほど、腕の見せ所」という
仮説の上に成り立つ。

つまり、
「しんどい時こそ、本領を発揮」的な何かしら。
まぁ、おまじないみたいなモノですが。

あとは、まぁ、再度、永沢さんに登場していただくならば
「自分に同情するな。下劣な人間のすることだ」
という鬼十速に勝るとも劣らないお言葉。
 ※蛇足だけど、ギッシングさんはこういうことも言ってます@ヘンリ・ライクロフトの私記。
自分を憐れむという贅沢がなければ、
人生なんていうものは耐えられない場合がかなりあると私は思う。


そして、「大好き」な言葉といえば、コレ。

「じゃましないで下さい。僕の仕事は歴史が評価する」

確かブランド論だかの本にさりげなく書かれていた一行。
物凄い深い言葉のようにも思えるのは、深読みしすぎなのかしら。

ただ、この言葉で思うのは
やはり、「人を否定」は、難しい側面を持っている、と思うのです。

たとえ、どんなことでも、どんな人でも、何が起こってさえも、
その人はそれなりの、そこにいたったプロセスがあるわけだし、
それに、そのことが「良い」か「悪い」かは、
判断する明確な基準は、存在し得ないわけです。
「歴史」という評価の中では。

もちろん、短期では、法という基準や、倫理という基準もあるけれどね。
でも、考えてみたまえよ。
ギリシアでの同性愛を。古来の近親相姦を。戦争の屍たちを。
 という感じ。

あと原田ライブラリをあせっていたら、
こんなのが出てきた。

自分の力ではどうにもならないことが1割。
どうにでもなることが1割。
どうでもいいことが8割

Quoteが謎だが自分のメモかな?
不明だが、気に入った。
パレートの法則にのっとっておる。

まぁ、ともあれ。
最後に、太宰治御仁の、この秀逸な言葉で。
あまりにも深い。深すぎる。

みんな同じことを言っている。

2007年01月22日

なんだか気になる言葉

先日の話。
多分、誰か・・・友人なのか知り合いなのか誰か忘れてしまったのだけれど、いっていた言葉がある。

「電車でね、横の人が携帯で・・・」

という話だった。

その後の言葉は覚えていないし、どんな文脈だったのかさえも覚えていない。

でも、僕はそれを聞いて、なんだかとても気になって、それを無印のメモ帳に書き留めておいた。今日、部屋を片付けていると、そのメモが出てきた。すっかり色あせて、記憶も色あせている。

でも、だからこそ、その言葉に強くひっかかった。隣の人は携帯で何したかったんかなぁ。

「電車で隣の人が携帯で」何をしていたのかが気になったんじゃない。もっと言葉にならない何か。がんばって言うならば「見ず知らずの人と、場所を同じにしたというだけで、コミュニケーションが生まれたという不思議」というような。

SNSやWeb2.0ごにょごにょと今後のコミュニケーションを考えていたので、そんな友人の何気ない一言が物凄く気になった。

いわば、サスペンス映画の最後の辺りにフラッシュバックするシーンみたいな。心臓ドキドキするよ、みたいな。シックスセンス参照。

でも、この「電車の中で隣の人が携帯で」ほにゃららという事を友人から聞いた僕はそれをブログに書いているわけで、よく考えると「今の読者」「僕」「僕の友人」「友人の隣に座った人」「隣に座った人が携帯で連絡を取った人」の連鎖が生まれているわけである。5degress!!!

六人で世界が繋がるならば、あと1人いれば世界がつながりますね(※ sixdegreesはそんな意味ではない)。ともあれ、しかも、それが実はたった一瞬で起こったんですよ。その友達と隣の人が座った瞬間。その一瞬が、結果的には、5次元のコミュニケーションを生み出した。

物語はそこに何も起こっていないのにも、関わらず。つまり、語られるべき内容がないのに、形式だけが右から左に動かされる。

なんだかとっても不思議だったのです。

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