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2006年12月25日
聖夜に徒然とおもふ

クリスマスだから、なんかよどんだ目の文体で書いてみよう。
聖なる夜に向けて、ヒルズのけやき坂はいつものように青色LEDで埋め尽くされて。行きかう観光客たちが携帯のカメラで必死に思い出を切り取ろうと背を伸ばす。けやきのスタバはクリスマス前には尚更賑やかさを増し、ヒルズの地図で頭を悩ませるカップルとひたすら読書に励む白人と、そして職業不詳の人たちで溢れ帰り。犬も心なしテンションが1割増し。六本木から大江戸線に乗り換えるほんの5分でも、溢れるほどの人々とすれ違い。あまりにも若い人々の群れに日本が高齢化社会だということさえも嘘に思える。
1年前はケーキを食べたかなぁ、と思い出そうとするけど思い出せない。でも、多分、食べたんだろう、と思う。一昨年は食べていたのだから。ショートケーキといえばイチゴのショートケーキの代名詞になってしまったのだろうか。パイナップルのショートケーキは、携帯出来ない携帯電話くらいナンセンスなものなのだろうか。チョコレートショートケーキは市民権を得ているようだけど。でも、チーズケーキとショートケーキとタルトのどれを選ぶのが女性的に正解なのだろうか。不明。
そうね。最近、カメラを撮らなくなったなぁ、と思って。本棚からカメラを取り出して、何も切り取るでもなく、ぱしゃぱしゃシャッターを押してみて。なんだか、その音が心地よくて、飽きるまでシャッターを切り続けた。
ふとした朝。飯倉公園の近くを通ると、エジプトの匂いがした。エジプトのカイロ。いい町だった。そこで止まっていたサファリホテルは、地上5階だか6階だかにあった。エジプトは天井が高いので、普通の7階でも日本でいう10階くらいの高さで。初めてバックパックを背負ってそこに行ったときはその高さを信じられなかったものだ。でも、2日も経てばもう慣れて。人間というものが崇高なのは耐性ってものがあるからだ。別の表現で慣れとも言うけれど。皮肉的に言うならばマンネリ、とも言うのかも知れないが。そして、コシャリが上手かった。エジプトの食べ物で、ご飯とパスタを混ぜたような炭水化物大行列な食べ物。そんな匂いがたまにして、唐突に旅行に行きたくなったりして。でも、それは逃亡したいというわけじゃなくて、きっと何か過去に置き忘れたものを取りに戻りたいという感情に根ざした何かなのかも知れないけど、深く考えるのをやめて、ニット帽を深く被りなおした。iPodからはフランス語の歌が流れていたよ。
手紙を書いた。なんとなく何の他意もないどうでも良い手紙を。僕は何かあると、つい文字に落としてしまう傾向があって。それは一種の逃げなのかも知れないけれど。ヘビィなことでも、書き落とせばそれですっきりして忘れることが出来ちゃったりするのだ。で、手紙を書いて、住所を書いて、切手も貼って、それでそのまま本棚の間に投げ捨てた。書くだけで満足して、投函する必要がないということに気付いたのは、本当に最近のことで。でも、切手まで貼らなくちゃいけない、というのを知ったのもさらに最近のことだった。でも、今回はスペシャルだった。糊をしようと思って、間違ってバンコクで買ったリップクリームを塗ってしまった。その手紙は物凄く南国風な匂いになってしまって辟易した。ともあれ、そんなこんなで投函されずに眠っている手紙が2桁には上る。かわいそうなお手紙と80円切手。
mixiであれ、ブログであれ。書いたのを消すことってばある。下書きにして非公開に戻すこともある。なんとなくだけど。自分がする分にはいいんだけど、他人にそれをやられると変に凄い気になる。多分、誰しも一度くらいは経験しているのでは?しかも、消されたと知らないままだったら気にならないのに、RSSリーダなんかでタイトルだけは残っていたりして。あるいは、後で読もうと思うとmixiで消えていたりして。だから何ってことはないんだけど、もう永久に戻らない言葉ってヤツになんだか、とてもうしろがみ惹かれる今日この頃で。
そうだ。前「憎むこと憎まざること」について書こうとしてめんどくさくなって放棄していた。わたくしさ、人間できてないもんだから、前、ちょっとかなりカチーンときたことが御座いまして、「憎む」という感情を持ちそうなったわけですよね。で、でもその時思ったのですよ。憎むって簡単だなぁ、と。はっきりいって、万人が万人、できる感情だと。つまり、なんか嫌なことや不愉快なことがあったら、まぁ、よっぽどひどいことだったら、腹立ったり憎いと思ったりしませんか。しない人もいると思うけどさ。んと、で、まぁそう考えると、「憎むのは易い」わけです。そう考えたら、なんか詰まらないなぁ、と思ってしまった。あまりにもイージーじゃん、と。でも逆に「憎まないこと」ってのは凄い難しくて。じゃあ、それできたほうがクールだよね。というだけの話だけど。ちょうどその頃、「頭の中の消しゴム」でも似たようなセリフを見たよ。ベタベタスギル恥ずかしい出典であれだけど。「許すことはなんちゃら」っていうヤツです。憎むのは易いけど、許すのは難しいわけですよ。で、どっちかってーと、難しいことできたほうがカッコエエヤンとか。で、さらにその頃読んでいたジェフリーアーチャーの「運命の息子」でも似たシーンがあって。その人はライバルに自分の息子を殺されてしまうのだけど。そこで、その人はライバルに拳銃つきつけて撃つかどうかっていうシーンがあって。まぁ話の本筋に触れる部分だから説明しないけど、まぁ、でも、やっぱり、憎まないというのは高尚で尊いなぁ、とか思った。そういえば野島しんじの「人間・失格」でも最後、赤井秀和がカセタイシュウを殺さなかったんじゃなかったっけ?もう10年以上前の話だから忘れた。いま、急に思い出した。まぁ、そういうことで、憎むと良いことがないな、と思ったよ。そりゃ、もちろんそれがモチベーションになる場合もあるだろうけど、復讐するために生きるってのは体力がいるからやめといたほうがいいみたい。
投稿者 kaz : 01:38 | コメント (0) | トラックバック
映画とか本とか音楽とか
ブログ書いてるっていうレベルじゃねえぞ」と風邪で鼻水が止まらない昨今、みなさんいかがお過ごしでしょうか。
クリスマス用のエントリーを書いたまま、書き終えた瞬間、削除して満足している原田です。文章とは、必ずしも公開する必要なく効用を持ちますね。はいはい。
どうでもいいけど、夏くらいかなぁ。iTMSで音楽を漁っていたらかりゆし58というミュージシャンを知ったのだけどね。これって知名度はあるんかな。知らんけど。沖縄の人たち。
で、歌詞がすげえ、と思っていて。
「アンマー」という歌なんかじゃ、思わず涙ぐんでしまったよ、すげえ。あとですね、「恋人よ」という歌があるんすけどね、たとえば、こういう一行が御座います。
こんなにも人を愛す事は強さでしょうか弱さでしょうか。
まぁ、ベタなくさい目の一行っちゃぁそうなんすけどね。
ちょうど、前からのテーゼとしてこれを考えていて。
「愛す」とは別だけど。
つまり何かしら「守るもの」を持つことは強さなのか弱さなのか、ってヤツです。いわゆるヘミングウェイでいうところの「持つ者と持たざる者」なんかを想起してしまうわけですが、それはちょっと生きすぎで、しかもいつかのエントリーでは、この本(↓)をドストエフスキーのと間違っていた恥ずかしさ。
まぁいいや。興味ある人はiTunesで買って下さい。(最近iTMSにリンク張れるって知った ↓)
そうだ。映画を見ている。ブラックホーク・ダウン。
ツタヤ ディスカスで。蛇足だけどツタヤディスカス凄いね。パラダイムチェンジだよ。今までの「期限つき」というレンタルをある意味、半永久にしてしまったのだから。
下記、だいぶ内輪ネタ。
この映画は、数ヶ月前、ちっひーに教えてもらった。ブラックホークダウン。
ちなみに、この映画かれこれ3週間みている。毎日5分とか10分づつだからなかなか進まない。しかも毎回、巻き戻ししているし。ヒドイ。
まぁいいや。あ、話それるけど、映画の見方というのが最近変わってきたのですよ。
前までさ、こういう戦争映画を見ると、「おーアクションすげー」とか見てたわけよね。かっこええーとか。撃て撃てー。とかさ。
でも、今はそう見ないわけですよね。無意識的に。
どうなったかというと、「はたして自分はこのシーンで、こういう行動を取れるだろうか」とか見ちゃうのですよ。別にそれが良いとか悪いとかじゃなくて。
で、考えてもないよなぁ、と思うわけです。RPG撃たれる覚悟あるけ?と言われると、どう考えてもない。無理ですよ。
で、まぁいいや。それで、シーンの中で、一回帰還した装甲車が、緊急事態が発生したから、また「戦場に戻れ」というようなシーンがあるわけですよ。
で、そこで登場人物が「いやだ、怖い」というのですね。大尉に。で、そこで大尉がこういうわけっす。
"everyone feels same like you, what you do makes difference "と。(うろ覚え)。
なるほどなぁ、とか思うわけです。べたべたなセリフなんだけどね。
この人生においては、みんなが不安だったり、怖かったり、ちきってたりするわけですよね。前も「まじめな東大生、悩みすぎ? 3割がニート不安」が話題なってたけど。
で、まぁ、でも結局、みな、全員が等しく不安なわけだとするならば、違いは何かって言うと、するかしないかだけなわけですね、と。
だから、リスクを取るってのは、「よくそんなリスク取るなぁ」っていうんじゃなくて、するかしないかだけが重要なんじゃないかなぁ、とか。(かなり曲解した理論ではある)
まぁいいや。
こないだFOMA用の携快電話かったのよ。MOVA用のが使えなくなったので。でも、これ使えなくて。なんかしらんけど、902iのドライバが悪いという噂。
で、こまったなぁ、電話帳バックアップとらんと危険だよなぁ、とか思っていたわけです。
で、ふと思ったんだけど、前つかっていた携帯に赤外線で全件送信すればよいのだ、と気付いた。これで常にバックアップが簡単に取れる。それだけ。
投稿者 kaz : 01:29 | コメント (0) | トラックバック
2006年12月18日
考えるということ

朝が好きだ。誰がなんと言おうとも朝が好きだ。
朝だと何でも出来る気がしてくる。テンションうなぎ上りである。大体9時過ぎまではその傾向が続き、昼前にはもうオーバーヒートエンスト気味である。
ともあれ、朝のコーヒーが好きだ。
朝、起きてから、とりあえずコーヒーメーカーにスイッチを入れる。あれがぽこぽこと溜まるまで待つのが待ちきれず、たまに途中で飲んでしまう。
薄い。
予約でセットできんのか。
あ、今思ったけど、コンセント側のタイマーを使えば可能だな。名案。
ブログは頭を整理させる。しかり。
「考える」ということ、について考えていた。
考える、ということをしているだろうか?
している、と君は答えるだろう。
さもありなん。では、「本当の考える」とはどういうことかご存知だろうか。
恥ずかしながら、わたくしめ、この年になるまで、その意味をわかっていなかった。
頭を使うと体力を使うとは言われている。そりゃ、まぁ、例えば試験勉強とかしていたら疲れるからね。あるいは、なんかについてずっと考えていたら、疲れるよね。
でも、いわゆる「ガチで考える」ってば、もっとそれ以上なんだと最近わかったのです。
それは疲れるというよりも、ある意味苦行。シビレルって奴です。
なんとたとえればよいのだろう。オランダ語で聖書を読んでいる感じ?
何を書いているかわからない上に、そもそも聖書に興味ない、しかも分量やたら多い、というか。
変なたとえ。
でもさ、いやー、「考える」ことを怠けていた。この26年、まじめに考えることしてなかったなぁ、と痛感した。
いわゆる湯川博士とか、考えて考えて考え抜いた後に、あの理論を夢で思いついたという話は有名だけど。
最近もどっかの本で読んだな。ブログか?筒井さんも言ってたな。
ともあれ、考えて考えて考えぬいた後はアルファー派だっけ?の状態に頭を置く。寝るとかさ。
で、そうすると、解が見つかるって奴。
それをベースに考えると、実は人間の考えている時間というのは意識しているよりもずっと多い。時間というか、量か。
よく言われるように人間の意識化されている分量ってば、無意識下の氷山の一角でしかなく。ゆえに、考えているときって、言葉で考えているじゃないですか。「えっと、あれがあれだから云々」って。
あれが考えの限界ならば、もうボトルネックすぎる問題なわけですよ。
つまり、その日本語で考えている時間というものが天井になってそれ以上の思考スピードは出せないことになる。
でも、ひらめきとか、思いつきってのは、無意識下で頭が仕事してくれているから、そういうのが出てくるわけで。
で、そう考えるとパラレルに処理しているのよね。
意識化と、無意識下。
もちろん意識上をさらにパラレルで処理することも可能かも知れないけど、マルチタスク処理は、負荷も大きいので危険。
で、何が言いたいかというと、その「意識下」の容量をまず、マックスまで広げる必要があるわけですよ。
あるいはスペックを。つまりスピード。
それってば、1つは方法論。MECEでもツリーでも、あるいはKJ法でも、みのもんたメソッドでもなんだって良いけれど。
もう1つは訓練なわけですわな。日本語の回すスピードをあげる。日本語以外を使うというのも有効か。
ア、イメージで物事考える人っているけど、これをうまく使えば
かなりの分量のデータを意識上で処理できるのではないかと思うのだよ。
二次元と三次元のデータ容量の違いは自明の通りで。
つまりさ、なんだろう。
例えば、貯金すべきか、株すべきかって考えていてさ。
普通ならば、リスク計算したり、過去の経験から、いろいろ考えるわけじゃないですか。でもさ、これ以前にさ貯金すべきか、本買うべきかという思考をしていたならば、それをモジュール化して図に置き換えるというかですね、それをしておけば、新しいこういう考えなくちゃいけないことが出た時に、それを参照できるんじゃないでしょうかと思ったのだけど、いま、思ったら、それは三次元だと、同時に処理できる分量は増えるけど、参照するだけなら、図である必要もなかった。おばかちん。
でも、多分、テキストデータを図形で記憶するというのは可能だと思うのよ。バイナリファイルを電子メールに添付しちゃうよ、というかなんというか、その逆だけど。
いやPCの話をしているのではなく、物事処理の話だけど。
つまり、嫌だったこととかってさ、説明しようと思えば口で説明できるけど、そういうのって、「いやーないめーじ」とかで記憶されているじゃん。
それってば、他人の言語にはコンバートできないけど、自分には雄弁に語る記憶で。
あ、そう考えるとにおいもそう?
つまり、ある匂いとある記憶を結びつけておけば匂いを使った記憶が可能?
香水別に世界史の年代を覚えておけばよい?謎
まぁいいや。
つまり、そういう無意識下でも思考はともかく、考えるということは意識上にあるもんだけじゃなかったんだなぁ。と。
あと、そうそう。「持続性」ね。
これが考えることと見つけたり。
わたきちの一番苦手なところ。
「ずっと」考えるわけですよ。これが考えるってことなわけで。
ああ、そうそう。こう考えたらいいかも。
いままで「考える」ってば、僕の中では方程式の1つの解をさくっと出すようなものだとおもってたんす。
でもさ、本当の考えるって、そこに存在する答えを全て見つけ出すことなだんだよ、多分。あるいは、可能な限り、というか。
だから、そこには思いつきや、経験則って奴もそんなに役立たない。
それで100個の解を出したところで、さらに101個目の解を見つけるのは、「頭を死ぬほど絞る」ということで、それってば1個しか出してない人が手探りで2個目の解を探すのと同じなんだよ。
だから、なんというか。
あ、今日は「人をゆるす」ということについてかこうとしたのn、わけのわからんことかいてしまった。
いやー、あれですよ。
人を許すってのは、心の部屋をひとつ空けることなんですよ(謎
ああTime Over
なんか最近、雑なエントリばかりでやだなぁ。
投稿者 kaz : 01:50 | コメント (0) | トラックバック
2006年12月10日
浮体(うわたい)
いやー先日のMJに衝撃的なことが乗っていたので、思わずポスト。
その時流行のキーワードを紹介するコーナーがあるんですけどね、
今回は「浮体(うわたい)」でしたねん。
下記、説明。
恋人や配偶者がいるのに、それ以外の異性と肉体関係を持つこと
普通、これは浮気と呼ばれます。
しかし「浮体」の場合は、
「体だけで気持ちが伴っていない」
ことを言うそうです。
工エエェェ(´д`)ェェエエ工
この表現の背景には、人によって浮気の定義が異なるという事情がある。
「パートナーが他の異性と食事したら浮気だ」と考える人もいるし「肉体関係を結んでも
気持ちが伴わなければ許せる」と考える人もまれにいる。
うーむ、つっこみどころ満載。続けます。
そこで狭義の浮気(気持ちだけ)の対極として、浮体(体だけ)という言葉を登場させたわけだ
もう何をかいわんや。
Google先生に聞いてみた。
情報探偵ちえこむ: 皆さん、どうやって浮気或いは浮体をいたしていますか。きっかけ
浮体-UWATAI-|どこまでが浮気!?どこまで許せる!?カップル境界線
意外と市民権得ているんですね。しらんかった。しってた?
記事の占めはこうですよ。
浮気をした男性が言い訳をする場合に、この言葉が登場する。
例えば「俺のは浮体だからお前を裏切っていない」と言い張る
のだが、女性に届くのかは定かではない
そうな。
これで、納得してくれる人いたら、ネジぶっとび賞でしょう。
次世代スギル。
そんなんだったら
「後背位しかしてないから裏切っていない」
「2ラウンドまでしかしていないから裏切っていない」
「あえいでいないから裏切っていない」 以下略
も可能なわけですか。そうですか。
セフレという言葉も一時期、ポピュラリティ得たけど、
まだ生きているんすかね?なんか卑猥な言葉だね。よろしくない。
みやびじゃない。
そうそう。
「セフレ」の位置づけってのを、こないだだれぞに聞いたわけですよ。
どっかのギロッポンのネーチャンに。
一般的には、それはどのヘンに位置づけられている語なんだろう、とね言語学者としては気になるわけだ。
で、曰く
「友達以上、恋人未満」がセフレだそうです。
いや、まぁ当たり前といえば当たり前出、問題は次。
で、問題は、恋人とパラレルなものなのか、
あるいは、友人と恋人の直線上に存在するものか気になったわけですよ。
つまり、「恋人」「セフレ」は別なのか
セフレは「恋人」の前段階(変身前)なのか、という点ですよ。
そのチャンネー曰く、「恋人」の前段階だそうな。
しかし、周りの声を聞くと、「恋人には絶対にならない存在」をセフレほげほげとか
言っている人もいて、
人によって定義は違うそうです。ちなみに、そのねーちゃんは5人セフレがいたので、
物凄い説得力はなかった。
で、浮体という、もうなんというか、突っ込みどころが言葉に化けたような言葉。
いやー、バカだねー。
あー、あと最近、このコーナーで知った言葉に
「授かり婚」というものがあるわけですよ。
つまり、できちゃった婚をオブラートに包んで熨斗を巻いた言葉。
素晴しいね。
そりゃ、マタイ伝も、はじめに言葉ありき、言うわ。
なんでも、キーワードつくればええっちゅうもんちゃういうねん。
Web2.0とか、ちょい悪とかね。
次なんだったっけ?リーチーノ?忘れた。
でも、あのへんの言葉凄いよね。
アダージョにニキータ?適当に喋っているから間違ってたら申し訳ないけど。
凄いセンスっすよ。
高校生は感動するっす。
ああ、あとラウンドエッジっていう言葉しっとるけ(岸和田弁)
いわく「オタク志向を抱きつつもバランス感覚を併せ持ち、複数分野にわたってこだわりを示す消費行動」
だそうですよ。
今後のマーケティングに云々とか。これもMJの記事。
ああ、あと1年くらい前から少しづつ出てきた言葉でBOBOS。
ボヘミアンと、ブルジョワジー云々だったっけ?
凄い言葉よね。ボボス。
パンチあるよー。グアンタナモみたいな感じ。重い。
あとなんだっけ?
ああ、SBNR。
最近の男性ファッションのトレンドとして指摘したことばで、「スピリチュアルではあるが宗教的ではない(Spiritual But Not Religious)」の頭文字
これ、どこで呼んだんだっけ?
どっかのブログ。
いやー、なんつーか、
昔はこんなのもありましたね。
Yahoo!ビューティー - ファッションディクショナリー - ヤッピー(yuppie)
ヤッピーとは、ヤング・アーバン・プロフェショナルズ(young urban professionals)の略で、大都会ないしその周辺に住み、高学歴で専門職につき、名誉、名声、社会的地位、権力、財産をもつ、上昇志向の25~45歳ぐらいまでの人をいう
うーん。
なんつーか、あれですよ。
仕掛け人だれやねん。
ついでに面白いサイト発見。
・としょる
図書館へ行く。昔から使われていた言い方。「としょる」を変換すると「図書ル」とでてきた
とりまー
とりあえずの略。
るーみっく
高橋留美子の作品
すげー。
22世紀的だ。
さあ仕事仕事。
投稿者 kaz : 22:34 | コメント (4) | トラックバック
2006年12月06日
咳をしても一人

師走ということで、師も先生も坊主も寡婦も走り続ける12月。
そういえばホノルルマラソンが師走にあるのも、なにか一興。
慌しい昨今で。
なんだか秋を感じぬままに、冬が来てしまった。
もとより夏さえも、あったかどうか怪しいのだけれど。
成人して以来の大きめの風邪をひいてしまい、ひどく参ってしまった。
何が参るって、体調崩すと精神まで崩してしまうということで。
そんなこんなでまだ直らないので、致し方なく薬局へ向かう。
基本はケミカルを口にしないのだけれど(180度方向転換した20の夏)、
背に腹は変えられぬ。病は気から。
ということで、"一番効く奴くれ"といってもらった薬をひとしきり。
聞くところによると、栄養剤は薬と一緒に飲んでも良いらしく、
ガブリがぶりと、栄養滋養ドリンクを飲み干している昨今で。
かれこれ2ダース部屋に積まれてしまっているよ。うう、鼻が辛い。
しかし、あれですよ39度近くまで出たんだけど、成人になって
そんな熱でたの初めてでビックリしたんだけど
そんなもん?オリンピック周期くらいで39度超えはするもんなの?
ガキのころは、確かに奇跡の40度overとかあった気がするけど。
びっくりしたよ。凄いね。立ってられない状況ってほんとに起こるんだね。
あんなの気合が足りないから起こるんだとばっかり思っていた。
頭痛はするわ、背中痛いわ、腰ふにゅふにゃするわ。災難だよ。
いやー、こんなの物心ついて味わったことなかったから感動した。
いい勉強になった。
なんだか、周りが賑やかなような騒がしいような。
やれクリスマスだと、やれ年末だと、やれ忘年会だと
忙しくするための口実には事欠かない。
んと、そうだ。
某A美のブログ見て物凄い感銘を受けた。
いや、そこでは、いわば現代の戦場で戦う人々が主観で描かれていたのだけれど。
キッタ張ったの世界で生きてるなぁ、と。
純粋になんだか感動してしまった。
A美の意図せざるところなのかも知れないけど。
やっぱり、ギリギリのところで戦っている人、
いわばon the カッティングエッジというか
タイトロープダンシングというか。
そういう人たちを見てると、命の尊さよりも時に
汗の尊さの方が堪えて、自分の身体にとっては危険。
夢も夢で最近、悪夢ばっかり見る昨今なんですよ。
なぜか。
平均2日に1回は4時頃に目が覚める。
まぁ、それは別に夢の中の出来事なんでいいんだけどね。
特に悪夢を見るような生活じゃないんだけどなぁ。
あ!今思いついたのですが
オンライン⇔オフライン⇔夢
この3階層ってどうでしょう。ユングも気付かなかった深層心理!
つまり、オンラインと夢はクラインの壷なのでは?
普遍的無意識は実はサイバーワールドと表裏一体。
なんちて。
咳をしてもひとりっていう俳句というか散文というかは、小学生だか中学生だか多分後者だけど、の頃に聞いて物凄いパンチある言葉だなぁ、と思って忘れられない。
投稿者 kaz : 00:13 | コメント (2) | トラックバック
2006年12月01日
プリン

プリンってすごくね?
プリン偉大!プ・リ・ン!プ・リ・ン!
いやごめん
プリンバカにしてた
あんなちっこい身体でがんばってるのにバカにしてた
申し訳ない
なんか、ぬるいかんじがしてた
ぷりぷりしてるし。
どうかと思ってた。モダーンじゃないと。
で、なんつーか、久々に食ったわけだよ
さっき。
咳がバブルでさ。
咳エンドレス咳バブルみたいな。
コンボ?ランチャー?色即是空?そんな咳ですよ。ええ。
で、やばい、プリンが私を呼んでいる、と相成ったわけですよ。
いってきましたファミリーマート
あなたのお供にファミリーマート。
悩んださ。
ああ悩んださ。
牛乳プリンか、濃厚プリン。
すげえ悩んだ
思わず、おでんのメニューひっくりかえしてもたよ。
で、まぁ結局、パーフェクトソリューションで解決した。
さすが。
両方買った。
で、帰る途中おもったんだけどさ
このプリンって食べたら負けじゃね?と。
つーのもですね、
今日、なんかの本でよんだわけです。
今日というのは嘘なんやけどね。
関西人特有の大げさ。
えっとこないだ読んだ本ですよ。
森さんの本だったと思うんだけど。
まぁ、大した一文じゃないのだけどさ。
「信頼とはどのようにして生まれるとお考えですか?」という質問に、森さんが答えるわけですよ。
で、まぁ、このオッサンはいつもヒネッタ、こじゃれた回答するんやけどさ。
今回の回答はまとも
「裏切らない時間を積み重ねる以外にありません」と。
これけっこうかんどーしたわけですよ。べたに。
というのもさ、3点あるんだけどね。
1つは。「それ以外にない」という点。
つまり、信頼を得るには、「これ」しかないわけですよ。森さん的には。
なるほど、と。
世の中ってな、もんは道はいくつもあるわけだから意外だったわけさ。
2点目
2点目はあれですよ。
なんだっけ?記憶とんだ。
えっと、ああ、「時間」がひつようだ、という点。
世の中に、何かを解決/達成するために時間の概念が1stに来るものって
すくなくない?
例えばさ、空手でもいいけど、茶帯になるには
「それ相応の練習と成果」が必要なわけで、結果的には5年6年とかかかるんかもしれんけど
時間は結果なわけじゃないですか。
中学校を卒業する要件もたしかに結果的に3年はマストなのかも知れないけど
3年いる以前に、ちゃんと出席するとか、それなりに成績だすとかあるわけですよね。
まぁ中学校は成績で退学ないのかもしれんけど。
ワインとかもさ、10年寝かしたら10年ものが出来るわけじゃなくて
それなりの湿度とか物とかコンディションですよ。
それに比べると信頼ってのは「まず時間を重ねる」わけですよ。
ただし、その時間が「裏切らない時間」なわけですけど。
あ、これってば上の例とかぶっているんじゃないか疑惑。
まぁええわ。
ともあれそういう時間の概念が上にきたという回答がインパクトあった。
そして3点目。
これが凄いのだけど、
「ポジティブ」では達成できないものなわけですよ。
つまり、減点法。
世の中ってば、基本加点法じゃない?
嘘かな?
例えば、ブラウザとかってさ、Firefoxは便利だから使うのであって
問題が少ないから使うわけじゃないよね。
わからんけど、可能性として。
他にも、英語が上達するのは、ミスをしないからよりも、喋ったり、書くから覚えるわけですよ。
セックスはどうだろう。
例えば、ですが。色々検討した結果、ややこしい例になりそうなのでパス。
んと、友情とかもそうじゃね?
「良い点」があるから仲良くしているわけであって
「欠点がないから」友人でいるっていう友人もさえないよね。
sobarというか、ぱっとしない。
しけてる。
それなら、木魚を友達にしたらええやんという話で。
まぁ、で、でも、信頼は
「裏切らない」という時間を積み重ねる。
つまり受身というか、攻めでは何もできないわけですよ。
doesnt work
まぁ、これは森さんの定義であって
一般的には、信頼を得ることをすることにより、その結果、得る可能性もあるわけどね。
でも、この定義はなんか、わかる気がしたよ。
ええ。
で、プリンの話しに戻るわけだ。
そうそう。
つまりさ、ここで僕はプリンを食べたいからと言って
プリンを食べるのは、プリンの信頼を損ねるのではないか、と思ったわけですよ。
願いは成就しちゃいかんのとちゃうか、と
思案したわけです。
軽妙洒脱にね。
あるいは、毀誉褒貶として。
プリンに恋慕。
あ、どうでもいいけどさ
今日メッセで
「うん、普通に○○」と言ったんさ。
じゃあ、「その言葉、好感度低いよ」と言われて
「おお確かに」とか思ったわけあるよ。
でさ、さっき、ちょうど、あるブログでそのこと言ってはるのを見た。
あとは、「普通においしい」という言い方もそうですね。これも意味が分からないという人がいますが、どうしてでしょう?
その人は明らかにこのブログを見てないのにな。
と、シンクロニシティに、少しシナプスがはじけたわけですけどもね。
まぁ、確率論から言えば、こんなの日常茶飯事に怒っているわけなので、不思議にあたらないのですが不思議なのは、プリンですよ
なんで、プリンって、あれ、あんなにたまに食うとうまいの?
てか、杏仁豆腐は、プリンじゃないよね。
あ、誰もプリンっていってなかった。
豆腐だったね。
豆腐でもないけどね。
プリン凄いよ。
プリン。
輸出しようよもっと。
ガぼがぼ輸出すべきですよ。
プリンでかしたなぁ。
今日の1番の感動ですよ。
思わず、それを伝えたくて、激しくどうでもいいことに満ちたブログを書いてしまった。
