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2006年04月27日

シンクロニシティと偶然

sunsa.bmp

昔、「世にも奇妙な物語」というテレビ番組があった。
サングラスをかけた爬虫類のモノマネが上手い芸人が司会だった。

その中のエピソードでこのようなものがあった。

あるサラリーマンは通勤途中で、ある男(いかりやちょうすけ)と出会う。
そして、会社付近でも一緒になる。そのように、一緒になることが重なる。
玩具屋や映画館(?)、路上などなど。
そこで、いかりやさんは常に呟く。
「奇遇ですねえ」と。

特に、そこに別段怖い要素はなかったように思うのだが、
おさな心に、僕は、
「そういうこともあるのだろうか」と、強くインパクトを受けたのを覚えている。

今では、そのような現象に言葉があるということを知った。

シンクロニシティ、という。

シンクロニシティ - Wikipedia

シンクロニシティ(英語:Synchronicity)とは、事象(出来事)の生起を決定する法則原理として、
従来知られていた「因果性」とは異なる原理として、カール・ユングによって提唱された概念である。

いわゆる、「シンクロする」と言うときのシンクロであり、共時性とも言われる。
単純に客観的にリアリスト的に見るならば
「偶然」「奇遇」「たまたま」などと呼ばれる出来事が、
実は、「必然的」に起こりうる原理を指すものである。

初めて、この言葉を知ったのは、高校生くらいだったと思う。
たまたま本屋で見かけた本がきっかけだった。
しかし、今、Amazonでその本を探したら見つからなかった。
これもある意味、逆のシンクロニシティだろう、かなとも思いながら。
ちくまなどから出ている800円くらいの分厚い文庫だった。

ともあれ。

不思議な概念である。
「偶発的に見えることは、実は偶発的なものではない」
という考えを。

今の世の中では、
「重なった偶然は必然」という名言もある程だから、
上記は納得する人はいるかも知れないが、
しかし、そこにどのような「自然の摂理」を当てはめることが出来るだろう?

「君と僕は出会う運命だったんだ」
という、非合理で、物理的に想像しにくい
「赤い糸」なんてものがあったと仮定しても、
それだけで、世の中の偶然を全て解決できるほど、
世の中は、アレクサンダーの剣(ゴルディオスの結び目)のように
さっぱり両断できるものではない。

しかし、それを解く概念が
「シンクロニシティ」だという。

Wikipediaで書かれているユングの概念だが、
これは、確か、「シンクロニシティ」というよりも、
「普遍的無意識」という言葉の方が
日本では、通りが良いと思う。

つまり、人間の深層心理は、
実は、みな繋がっているのではないか、
という仮説である。

ユングは、夢の分析でも有名な人だが、
そのような夢の研究から、
共時性や、共通性を見出す可能性を検討するのは、
難しいことではあるまい。

その中で、日本の事例ではもっとも有名な話の1つとして
イモ洗いの猿の話がある。
 cf 芋洗いの猿の事例~同一視充足回路は、猿・人類以外には存在しない - るいネット

あるサルが、イモを洗って食べることを思いついた。
そのサルが洗っていることは、近くのサルは知っていても
距離的に離れたサルたちは知ることが出来なかった。
しかし、その洗うサルが一定数増えたときに、
その行為が日本中で行われることとなった。

これは、ある出来事を行う母体が臨界点を越えた場合、
その出来事は、距離に関係なく、同時に、起こりうるという可能性の示唆である。

これは、ある種の普遍的無意識の事例として
語られることがある。

あるいは、こういうたとえも有名である。


この絵は何に見えるだろうか。

siro1.gif


これはいわば、
「たまたまBさんに電話しようとしたら、同時にBさんから電話がかかってきた」
という事例を表しているとする。

つまり
右の白い点が、Aさんの出来事。
左の白い点が、Bさんの出来事。

まっとうな我々の現在の知覚では、
それらが、繋がっているようには見えない。

しかし、実は別の視点から見れば
その両方の出来事(白い点)は
繋がっているかも知れない。

この場合、上の絵は、
「ある出来事を上から見た図」だとしよう。

そうすると
「横から」見ることも出来ることに気づくはずだ。

そして横から見るとこうなっていたとする。

siro2.gif

これはパイプを考えて見れば良い。
最初の絵は、パイプの上からの断面図だか
この上の絵は、横からの断面図である。

これにより、実は、白い2つの点が
繋がっていた、ということが解かる。

絵が下手上手は、問題ではないので
念のため。

これがシンクロニシティの概念だ。

普段、我々の知覚では見えていない
世界の法則が、実は別に存在しているのではないか、という考えである。

だれしも、それなりに生きていれば
体験の1度や2度はあるだろう。

偶然では済まされない、
どう考えても、普通はありえないような偶然。
まさに神様のいたずらとでも思えるような偶然。

それらが、実は繋がっていたかも知れないと考える
考えである。

ニュートン先生までは
林檎が落ちることにある一定の法則が存在するとは
思われていなかったように、
あるいは磁波でも、バブル@多次元でも良いけれど、
人間が、見えている世界は、まだまだ限られている。

そう考えれば、
シンクロニシティも、ありえないと否定することは出来ない。


あるいは、「実は偶然じゃなかったんだ」
と考えるほうが、
人生において、楽しみが増えるし、
あるいは、様々な出来事に悩まずに済む。
そして、便利な口説き文句が世界に1つ足されることになる。

投稿者 kaz : 2006年04月27日 06:49

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コメント

ナイスです、原田さん。

同じ人間だから夢を見る、夢に現れるのは経験したことの断片的重複、そうすると、メディアの発達でヴィジュアル的経験も増え、共有する経験がユニバーサルになり、ふむむふ、人との接点は増えるばかり・・・なるほどね。

私もさほど親しくない女性に6、7回偶然会ってるんだよね。市内ならともかく、品川駅のプラットフォームで列に並ぶと、前にいた!とか。

ある人とは道端で遭遇したからうちに寄ることになって、そうしたら、一緒に頼んでなかなか来ないね、と言っていたPJが届いてた!とか、ある人とは、年に一度か二度しかしない電話をかけたら、その前夜私の夢を見ていた、とか。

なんか運命とか前世、ちょっとあるんじゃないか?って思っちゃうウ(最近流行ってるし!)

ははは。私も肯定的だわ、ロマンには、多分。ははは。

投稿者 マチコ : 2006年04月28日 03:45

偶然って、凄いよね。
「事実は小説よりきなり」というけれど、
「ドラマみたい!」というようなことが多々おこる。
あと、最近、運命とか流行っているの?
それは知らなかった。むべなるかな。むべなるかな。
 コメントありがとう!!
 

投稿者 原田 : 2006年04月28日 06:02

偶然は必然だと思います
パイプの断面図の説明よく分かりました

私も運命とか信じたい人なので☆

投稿者 ぽち☆ : 2006年05月28日 12:16

おお、コメントありがとうございます。

僕は偶然、必然を、どう判断するかは
その時々によって
自分の都合の良い方に解釈する派です!

投稿者 原田 : 2006年05月29日 23:50

はじめまして。最近、何かと偶然を感じることが多くて
Mixiの日記にも書いていたところです。

注意深く観察しようとしてるのだけど、どう判断するかは
原田さんの言うように、自分の気持ち次第なのでしょう。

私は美しいものを見て感動したり、何かを知らないことを
知ったり、不思議なことに出会ったりすると、わくわくするし
生きててよかったと思います:-)

「シンクロニシティ」も人生においての楽しみの一つですね。

投稿者 Ocean_blue : 2006年06月03日 00:43

おお、偶然多いですか。
怖くなったり、うれしくなったりもしますですね。
美しいもの、に関しては最近、面白いことを聞きまして、
人間が目指すものは、「真」か「善」か「美」の3つに大局される、と。蛇足ですが。
コメントありがとうございます!

投稿者 原田 : 2006年06月04日 09:42

真実が善いもので、そして美しいものであれば
なおいいですね。それを目指したいものです。

日記、これからも楽しみに読ませていただきますね。

投稿者 Ocean_Blue : 2006年06月05日 23:08

ありがとうございます!
今後ともどうぞ宜しくお願いします。

投稿者 原田 : 2006年06月11日 14:43

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