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2006年04月15日

死なないものは人でなし

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人は死ぬ。
良かれ、悪しかれ。

それは、まごうことなき絶対的な事実であり、
真理である。

ジャーゴンで言うならば、
「ファクト」であり、
「有意値」であり、
反証不可能性を持つ前提である。

不老不死が叫ばれようと、
科学がいかに発展しようとも、
人は死ぬんだろうと思う。

なぜなら、死ななくなれば
それは人ではなくなると考えるからである。

人とは「Human Being」というわけで
Perpetual being(永遠な存在)になってしまえば、
それは、「human」では、なからん。

というわけで、人は死ぬ。

せいぜいMAXの値をとっても
200年もすれば死ぬ。
100年くらいならば、
まだ生きている人がいてもおかしくないが
(寿命の伸び加減を見ている限り)
200年の寿命は、なかなかビックジャンプではなかろうかと思う。
上記もすべて主観だが。

というわけで、
そう考えるならば、
人生における選択肢は2つある。
「死ぬということを前提とした選択」か
「生きるということを前提として選択」か。

前者は、別に
「死んでもいいや」というわけではなく
「200年後は死んでいる」という事実に基づいたクライテリアであり、
後者は
「とりあえず、あと100年くらいは生きている」という予測に基づいた判断となる。

文選にこういう言葉がある。

生年は100に満たず、常に千歳(せんざい)の憂いを懐く。
昼は短く夜の長きに苦しむ、なんぞ、燭をとって遊ばざる。

つまり、人はまぁ悩むもんだ。
例えば、夜の闇に恐れるものだ。
しかし、蝋燭を使えばよいではないか。
暗闇でのイチャイチャもいいけど、
明かりの下のイチャイチャは、プレイの一環としては良いだろう、
という言葉である。
(半分嘘)。

単純に、今、原田ライブラリから
寿命に関した言葉をクエリーかけているだけなので
続ける。

織田信長のこの言葉は有名ですね。

人間わずか50年、下天のうちにくらぶれば、夢幻のごとくなり

かっこよい。

有名なコピペでは下記があります。

=========
"次のような銀行があると、考えてみましょう。

その銀行は、 毎朝あなたの口座へ86,400円を振り込んでくれます。
同時に、その口座の残高は毎日ゼロになります。
つまり、86,400円の中で、あなたがその日に使い切らなかった金額はすべて消されてしまいます。

あなただったらどうしますか?
もちろん、毎日86,400円全額を引き出しますよね。


私たちは一人一人が同じような銀行を持っています。
それは時間です。毎朝、あなたに86,400秒が与えられます。
毎晩、あなたが上手く使い切らなかった時間は消されてしまいます。
それは、翌日に繰り越されません。それは貸し越しできません。

毎日、あなたの為に新しい口座が開かれます。
そして、毎晩、その日の残りは燃やされてしまいます。
もし、あなたがその日の預金を全て使い切らなければ、あなたはそれを失ったことになります。過去にさかのぼることはできません。
あなたは今日与えられた預金の中から今を生きないといけません。

だから、与えられた時間に最大限の投資をしましょう。
そして、そこから健康、幸せ、成功のために最大の物を引き出しましょう。
時計の針は走り続けてます。今日という日に最大限の物を作り出しましょう。


1年の価値を理解するには、落第した学生に聞いてみるといいでしょう。

1ヶ月の価値を理解するには、未熟児を産んだ母親に聞いてみるといいでしょう。

1週間の価値を理解するには、週間新聞の編集者に聞いてみるといいでしょう。

1時間の価値を理解するには、待ち合わせをしている恋人たちに聞いてみるといいでしょう。

1分の価値を理解するには、電車をちょうど乗り過ごした人に聞いてみるといいでしょう。

1秒の価値を理解するには、たった今、事故を避けることができた人に聞いてみるといいでしょう。

10分の1秒の価値を理解するためには、オリンピックで銀メダルに終わってしまった人に聞いてみるといいでしょう。


だから、あなたの持っている一瞬一瞬を大切にしましょう。
そして、あなたはその時を誰か特別な人と過ごしているのだったら、十分に大切にしましょう。
その人は、あなたの時間を使うのに十分ふさわしい人でしょうから。

そして、時は誰も待ってくれないことを覚えましょう。

昨日は、もう過ぎ去ってしまいました。
明日は、まだわからないのです。
今日は、与えられるものです。

だから、英語では今をプレゼント(=present)と言います。


1カ月前のあなたと、今に変化はありますか?
1年前のあなたと、今に変化はありますか?
5年前のあなたと、今に変化はありますか?

変化がないのなら、もう一度時間に対する考え方を見直して見るべきです。
そして、時間は誰も待ってはくれないことを理解しましょう。

昨日あった86,400秒はもう過ぎ去りました。
どんなことがあっても、戻ってくることはありません。
明日はまだあなたのものではありません。

今日、あなたに与えられた時間で明日につながる最大限のものを
創り出してください。


==========

まぁ、個人的には、こういう精神論とかは
体質的に受け付けないこともあるのだが、
ある種のプレゼンテーションとしては妥当と思われる。


しかし、別段
「じゃあ、生き急げ」というわけでもなく。

例えば、ゲオルグはこう言います。

もし世界の終わりが明日だとしても、私は今日林檎の種をまくだろう

それは、それで一貫したゴージャスな生き方だとも思われます。

また、哲学者ショーペンハウエルのエピソードとしては
このようなものが。

「人生は長く、芸術は短し」とは、ローマの諺。 ショーペンハウエルは、そういうわけで女を憎んでいたので、下宿の叔母さんを階段から突き落とした。

まったくもって謎な論理的接合だが
それだからこそ、ここに何か深遠なものを嗅ぎ取ってしまうのです。

そして、有名な死の話では、これ。

武士道というは、死ぬことと見つけたり

最後に、太宰や芥川を彷彿させる一発を。

フレードリッヒクレッチマンの言葉。

人生が戯れにすぎなかったら死はお前にとって真剣ごとであろう。
しかし真剣に生きたなら死は戯れであろう

投稿者 kaz : 2006年04月15日 06:31

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コメント

ちょうど、時間のことを考えていました。

86,400秒の話久々に思い出した。
今、読むと少しまた感じ方が違うなと。
自分にとって大切な時間は何で、
それはどれくらいのものか、ということを考えてみる
ことにしようと。

それにしてもライブラリ、充実してるね。

投稿者 そうた : 2006年04月15日 09:25

確かに、86,400秒の話のような
寓話は、読む時間と場所と置かれた状況に
よって代わりますよね。
だからこそ、定期的に流行するんだとは思いますが。
最近は、村上龍の「盾」とかも。

ライブラリは
大学の前半期までのストックですねえ
最近は、インプットしきれてないですが。

コメントありがとうございますー。

投稿者 原田 : 2006年04月15日 10:59

先日インドで250歳のカメが死にましたね。モーツァルトとほぼ同い年だそうな。1757年にプラッシーの戦いで指揮を執った東インド会社のクライブ将軍のペットだったとか。

カメが長生きする秘密はまだわからないらしいけど、その非攻撃的な性格とゆっくりとした動作によるものではないかとのこと。心臓が一生に脈打つ回数はだいたいどの動物でも同じというのがその根拠そうです。ちょっと示唆的なお話だと思って書きました。

投稿者 中崎 : 2006年04月15日 18:37

おお、そんな亀がいたんですか。
250年は、長いのか短いのか解かりませんが、
やはり他界は物悲しいですねえ。

象の時間ねずみの時間は、
果たして人間にも適応できるのでせうか。
もしそうならば、いき急いでいる人と
そうでない人が見える世界が違うのかしら。
あ、でも、それは精神的なものであって
心臓の脈拍というハードの問題と違うから
違うっぽいですね。

人によって時間が過ぎる感覚が違うというのは
トマスマンの「魔の山」を読んで、怖いなぁ、と思った覚えがあります。

コメントありがとうございます!

投稿者 原田 : 2006年04月16日 13:37

>心臓の脈拍というハードの問題と違うから
>違うっぽいですね
いや、誰も科学的に調べたわけではないそうなので実際どうなのかはわからない(だって何代の研究者に引き継がなきゃいけないことか)。
それにそうだとしても、興奮しやすいというか、波乱万丈に生きている人と、万事平和に暮らしている人では、見える世界が違うんじゃないかな。そんな比較ができる極端な人たちがいるかどうかは別だけどね。

投稿者 中崎 : 2006年04月18日 21:44

確かに、その比較は
個人的にはとても興味ありますね。

というか人間の精神の拡張性を考えたら
十分にありえそうです。

投稿者 原田 : 2006年04月18日 22:06

はじめまして。こんばんは。

86400秒のお話を調べていて
ここにたどり着きました。

一体誰がこのネタを考えたのか
すごく興味がありまして。

調べてみると
今=プレゼントのお話は
大統領夫人エレノア・ルーズベルトさんの
言葉だそうですよ。

しかし、このネタは
どこかに出典があるんでしょうか?
86400秒のことを
ある人は86400円、
ある人は86400ドルと言っています。

もしご存知でしたら
教えていただけますか?

恐れ入りますが、よろしくお願い致します。

投稿者 フェルメール : 2006年12月17日 21:45

コメントありがとうございます。

出典ですが、申し訳ないながら存じ上げないですね。誰かの日記で見た限りです。

ルーズベルトさんのお話とか知りませんでした。なるほどー。

投稿者 原田 : 2006年12月25日 01:33

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