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2006年04月30日
東京フルマラソン

僕たちは走った。
ということで。
いやはや、今日は、やたらと走った日だった。
良い天気だった。
わるくない。
まず、始まりは先日。
ジムのインストラクタのねえちゃんから
「タイムトライアルあるんで、走りませんか?」と。
まぁ、良かろうと思い、本日。
走る前にアップしようと
ジムで、5キロ走る。
そして、集合時間の10時半に
六本木店。
なんと、そこから、コースの皇居まで
走って行くという。
ヲイヲイ。
アップした意味ねーじゃん。
しかも、ジャケット着たまま、そのまま走らされること
5キロちょい(多分)。
そして、そこから、皇居のタイムトライアル。
それも5キロ。
タイムはそこそこ。
天気が良かったので、
とても気持ちよかった。
やはり、5キロくらいが走っていて
一番気持ちよいなぁ。
体力をセーブする必要がないという意味で。
マゾという意味なら、やはりフルくらいが
いい感じで泣けるのだけど。
あ、そういや、
来年の東京マラソン2007 - Tokyo Marathon 2007 -が楽しみ。
2007年の2月18日。
寒い時期ですが。
共催が
フジテレビジョン、産経新聞社、読売新聞社、日本テレビ放送網、東京新聞
放送は、
フジテレビ系全国ネット(予定)独占の模様。
で、後援が
関係省庁、(財)日本体育協会、(財)日本オリンピック委員会、
(財)日本障害者スポーツ協会、日本経済団体連合会、経済同友会、東京商工会議所、(財)東京観光財団、東京都商店街振興組合連合会、(財)東京都体育協会、東京都障害者スポーツ協会、東京都商店街連合会、サンケイスポーツ、夕刊フジ、サンケイリビング新聞社、ニッポン放送、フジサンケイ ビジネスアイ、扶桑社、報知新聞、ラジオ日本、東京中日スポーツ
と、豪華。
石原さんが、かなりプッシュしているイベントですよね。
で、コース。
東京都庁~飯田橋~皇居前~日比谷~品川~銀座~日本橋~浅草雷門~築地~豊洲~東京ビックサイト(日本陸上競技連盟/AIMS 公認コース 予定)
なかなか良いコースですな。東京タワーの横も通るし。
人数はこんなかんじ。
定員 マラソン : 25,000人 10km : 5,000人だから 交通機関は麻痺でしょう。
申し込みは、この期間。
2006年(平成18年)6月18日(日)から
8月18日(金)まで(必着)
ミカさんも走るそうですし、
龍吾も走ってくれるに違いないし(勝手な願望)。
なおと君も最近、走り出したというからには、走るに違いない(勝手な希望)。
K山センセも走ってくれるに違いない(勝手な悲願)。
お祭りだな。わくわく
投稿者 kaz : 21:23 | コメント (4) | トラックバック
2006年04月29日
メイプル夫妻とキャベツ
ジョンアップダイクの作品の1つに「メイプル夫妻の物語」というものがある。
今日は、それの紹介。
ジョン・アップダイクは、そこそこ有名な作家だが、
何が一番有名な作品かは知らない。
新潮社 (1990/10)
■キャベツ
あるキャベツに関してのセリフ。
見てご覧よき美、美しいだろう。完璧な形をしている。
これを聞いて思い出すのは
小学校5年生の社会科の教科書に書いた1つの円の記憶。
多分に漏れず、私も落書きが好きで、
その教科書に、落書きをしていたのだが、
ふっと書いた円が、今まで見たことのない円だった。
ただの一筆書きで書いた円だった。
少しくずれた楕円形の。
しかし、そこには、途切れがなく始まりもない円だった。
これは比喩的な意味ではなく、
実際の意味で。
それはそれは、何かしら、その円の強さに感動して
横の席の斉藤さんに「この円みて!すごい!」と
授業中に声かけたのを覚えている。
キャベツも、例外ではないだろう。
■おくりもの
文脈はすっかり忘れたがメモしていた一部。
贈り物は期待していないときにこそ素晴らしい
まぁ、べたな言葉だけど
これで思い出すのは
23歳の誕生日プレゼント。
イスラエルでの難しいといわれていた
入国スタンプをもらうことが出来た。
ハッピーバースデイの言葉と共に。
■民衆
含蓄に飛んだ言葉。
これも文脈は忘れたけど。
実のところ、彼の頭脳は外科手術でその一部が除去されたように、 いわゆる民衆と考えられている存在を信じる能力を欠いていた。
■不倫
罪悪感を避けて通るのがこの不倫ゲームのおもしろさであり、
だそうですよ。
■キャベツ2
パパだって君なんか嫌いだぞ。キャベツだけが大好きだ。
これも文脈はまったく忘れたのだが
(なんせ、3年以上前のメモ)
とりあえず、今みてもうれしくなる一文。
このような「ぶっちぎり」な一文を読むことが出来ただけで、
その本を読んだ価値があると思えるから、本は辞められない。
本には、たったひと文のぶっちぎりがあれば良いのだ。
投稿者 kaz : 12:57 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月27日
シンクロニシティと偶然

昔、「世にも奇妙な物語」というテレビ番組があった。
サングラスをかけた爬虫類のモノマネが上手い芸人が司会だった。
その中のエピソードでこのようなものがあった。
あるサラリーマンは通勤途中で、ある男(いかりやちょうすけ)と出会う。
そして、会社付近でも一緒になる。そのように、一緒になることが重なる。
玩具屋や映画館(?)、路上などなど。
そこで、いかりやさんは常に呟く。
「奇遇ですねえ」と。
特に、そこに別段怖い要素はなかったように思うのだが、
おさな心に、僕は、
「そういうこともあるのだろうか」と、強くインパクトを受けたのを覚えている。
今では、そのような現象に言葉があるということを知った。
シンクロニシティ、という。
シンクロニシティ(英語:Synchronicity)とは、事象(出来事)の生起を決定する法則原理として、
従来知られていた「因果性」とは異なる原理として、カール・ユングによって提唱された概念である。
いわゆる、「シンクロする」と言うときのシンクロであり、共時性とも言われる。
単純に客観的にリアリスト的に見るならば
「偶然」「奇遇」「たまたま」などと呼ばれる出来事が、
実は、「必然的」に起こりうる原理を指すものである。
初めて、この言葉を知ったのは、高校生くらいだったと思う。
たまたま本屋で見かけた本がきっかけだった。
しかし、今、Amazonでその本を探したら見つからなかった。
これもある意味、逆のシンクロニシティだろう、かなとも思いながら。
ちくまなどから出ている800円くらいの分厚い文庫だった。
ともあれ。
不思議な概念である。
「偶発的に見えることは、実は偶発的なものではない」
という考えを。
今の世の中では、
「重なった偶然は必然」という名言もある程だから、
上記は納得する人はいるかも知れないが、
しかし、そこにどのような「自然の摂理」を当てはめることが出来るだろう?
「君と僕は出会う運命だったんだ」
という、非合理で、物理的に想像しにくい
「赤い糸」なんてものがあったと仮定しても、
それだけで、世の中の偶然を全て解決できるほど、
世の中は、アレクサンダーの剣(ゴルディオスの結び目)のように
さっぱり両断できるものではない。
しかし、それを解く概念が
「シンクロニシティ」だという。
Wikipediaで書かれているユングの概念だが、
これは、確か、「シンクロニシティ」というよりも、
「普遍的無意識」という言葉の方が
日本では、通りが良いと思う。
つまり、人間の深層心理は、
実は、みな繋がっているのではないか、
という仮説である。
ユングは、夢の分析でも有名な人だが、
そのような夢の研究から、
共時性や、共通性を見出す可能性を検討するのは、
難しいことではあるまい。
その中で、日本の事例ではもっとも有名な話の1つとして
イモ洗いの猿の話がある。
cf 芋洗いの猿の事例~同一視充足回路は、猿・人類以外には存在しない - るいネット
あるサルが、イモを洗って食べることを思いついた。
そのサルが洗っていることは、近くのサルは知っていても
距離的に離れたサルたちは知ることが出来なかった。
しかし、その洗うサルが一定数増えたときに、
その行為が日本中で行われることとなった。
これは、ある出来事を行う母体が臨界点を越えた場合、
その出来事は、距離に関係なく、同時に、起こりうるという可能性の示唆である。
これは、ある種の普遍的無意識の事例として
語られることがある。
あるいは、こういうたとえも有名である。
この絵は何に見えるだろうか。

これはいわば、
「たまたまBさんに電話しようとしたら、同時にBさんから電話がかかってきた」
という事例を表しているとする。
つまり
右の白い点が、Aさんの出来事。
左の白い点が、Bさんの出来事。
まっとうな我々の現在の知覚では、
それらが、繋がっているようには見えない。
しかし、実は別の視点から見れば
その両方の出来事(白い点)は
繋がっているかも知れない。
この場合、上の絵は、
「ある出来事を上から見た図」だとしよう。
そうすると
「横から」見ることも出来ることに気づくはずだ。
そして横から見るとこうなっていたとする。

これはパイプを考えて見れば良い。
最初の絵は、パイプの上からの断面図だか
この上の絵は、横からの断面図である。
これにより、実は、白い2つの点が
繋がっていた、ということが解かる。
絵が下手上手は、問題ではないので
念のため。
これがシンクロニシティの概念だ。
普段、我々の知覚では見えていない
世界の法則が、実は別に存在しているのではないか、という考えである。
だれしも、それなりに生きていれば
体験の1度や2度はあるだろう。
偶然では済まされない、
どう考えても、普通はありえないような偶然。
まさに神様のいたずらとでも思えるような偶然。
それらが、実は繋がっていたかも知れないと考える
考えである。
ニュートン先生までは
林檎が落ちることにある一定の法則が存在するとは
思われていなかったように、
あるいは磁波でも、バブル@多次元でも良いけれど、
人間が、見えている世界は、まだまだ限られている。
そう考えれば、
シンクロニシティも、ありえないと否定することは出来ない。
あるいは、「実は偶然じゃなかったんだ」
と考えるほうが、
人生において、楽しみが増えるし、
あるいは、様々な出来事に悩まずに済む。
そして、便利な口説き文句が世界に1つ足されることになる。
投稿者 kaz : 06:49 | コメント (8) | トラックバック
2006年04月24日
hotter or the hottest?

世の中では
目の前に出された麻婆豆腐が
真っ赤だったとして
「真っ赤だからこそ」手を伸ばす人と
「真っ赤だからゆえに」手を引っ込める人の二種類が居る。
このたとえだと、
もしかすると、前者の方が多いと思う人がいるかも知れない。
しかし、この麻婆豆腐が、
もしも、カエルだったら?
あるいは、スピリタスだったら?
つまりはそういうことらしい。
人生には、常に刺激を求める人と、
出来る限り平穏を、平和を求める人がいる。
極論すれば、だけれども。
多分、みながそこそこ折衷して生きているんだろうけど、
でも、大局的には、二分されるように思う。
常にペパーをかける人と、そうでない人と。
本当に、どちらの選択肢を取るかは
個人的な判断基準に寄るのだろう。
感覚的なものか、合理的なものか、
経験則に基づいたものか、生理的なものか、
肉体的諸条件からの結果か、わからないけれど。
一般的には、前者がハイリスクハイリターンで
後者が保守的というような概念に属するとも考えられるのかも、知れないけれど
その辺の価値は、神々の闘争であり、
価値観に優劣はない。
周りを見渡せば、
リスクテイカーの権化のような人の方が多いような気もする。
どうやら、それはそれで眼につくものだし、とかも思いながら。
しかし、保守的なこともなんらわるくない。
世界は常に可能性に満ちているわけではない。
人生は短く、
人間の可能性は限定的だ。
それは悲観なことではなく、
その前提条件を受け入れないと、
最適解を解くことは出来ない、という帰結である。
もし、人間が、常に、「刺激的」な人生を送るならば、
養育費の民事訴訟がバブルになっているだろうし、
あるいは、エンパイヤステートビルからの株券を持ったゴムなしバンジーをもっと見ることが出来るだろう。
ひとりっこ政策が始まり、警察は軍隊に代わるだろう。
そんな世界が起こらないのは、
人間は、リスクを見積もり、
時には、保守的に見えるようなルーティン的解決をすることにより、
効率化を図っているからだ。
毎回、食事にエキサイティングを求めていれば
時間も金も、いつかは尽きる。
いつもどおりのブレイクファストをつくるからこそ、
時間の効率化が出来る。
世界には、そんなに数多くの朝食は存在しない。
それが折り合い、と人は言う。
しかし、張るところでは、一点張りをするのも悪くないのは事実である。
いくら人生が有限で、
可能性は、人を救わないとしても、
人間が人間たる理由は、希望というものを持つからだ。
もし人生が、全て見通しの良い世界ならば、
人はおそらく舌を噛んで死ぬか、
あるいは、早送りをするだろう。
1度クリアしたゲームをやり直すほど苦痛なことはない。
好きな人もいるが、それは例外だ。
ヒトサマは、そこまで忍耐強くない。
しかし、見通せない不安だけでも人は死ぬ。
「ぼんやりとした不安」の芥川のように、
「曰く不可解」の藤村操のように。
その心は、結局のところ、
麻婆豆腐を選ぶときは
辛いか、辛くなさそうかで選ぶんじゃなく、
美味そうかどうかで決めるべきなんだろう、とおもつた。
投稿者 kaz : 07:09 | コメント (4) | トラックバック
2006年04月22日
萌えとかメイドとかガールズバーとか
つれづれ。
けんすこが、萌えBBSなるものを
やっていたので、「萌え」というものは昔から耳にしていたような気もするのだが
改めて謎の概念だなぁ、とか。
で、まぁ、蛇足で、メイド喫茶ですが、
以前イベントであった方がメイドシャンプーしたいんすよ、というようなことを
仰っていて、なるなる、と思っていたら、
実際に、出来ていたみたいで(彼が関係しているかは知らず)
メイド美容室 モエシャン 秋葉原のメイドヘアサロンへようこそ!
で、先日の日経新聞だったかMJだったかは忘れたけど
そこでは、メイドならぬ執事が。
池袋に期間限定で登場、「執事喫茶」 (MYCOM PC WEB)
で、今日、
マリさんのブログで、
乙女カフェなるものを見た。
で、年明けに某京都人にシーズバーの存在を教えてもらって
いきてーなー と思ってたら
先輩に連れて行ってもらったが普通だった。
そこはガールズバーだったか。
とりあえず広義には店員が女性オンリーのバーとか。
狭義には色々
最初が梅田?
いまは色々あるみたい
六本木にもあるね。五丁目のあたり。
cf
livedoor ニュース - 【ファンキー通信】カウンター越しのギャルズに癒される!
いっこまえのCASAでも少しのってた。新橋の店が。
うーん、上記を色々考えると
お水の多様性が、よりポップになった世界なのかしら。
イメクラとは違うのね。
金が潤沢になったゆえの市場か、
あるいは、ニッチになったゆえか。
うーん。
あと、萌えの次はモテなんすかね。
もう1つ面白い点があって、男性の「モテ」は昔同様セックス(お水)に直結しているのですが、
女性の「モテ」は「萌え(かわいい)」よりに歩み寄っていたりします。
などを拝見すると、
なんというか、上記のビジネスにも通ずるところがあって、
うーむ、とか思ってみたり。
じゃあ、今後は、
もっと多様なバーだの、カフェだのが出来るのは
不思議からぬことで。
官庁シャンプーとか、
マサイカフェとかね。
いやいや
もっと凄いことになるんだろうなぁ。
入った瞬間、ミゾオチにアッパーかまされて
意識飛んだ瞬間に、そのままラチられて、
ブロンクスとかで目覚めるカフェとか、
「どの注射器にしますか?」とかで、
緑色の何かを「頚椎」に刺される飲み屋とか
比較的、ぬめぬめしていない爬虫類に接待される風俗とか
手品バーならぬ電撃ネットワークの演目をやらされるバーとか
ニンニク注射ならぬ好きな性ホルモンやミトコンドリアを打ち込む医者とか。
楽しそうな世界だなぁ
もう少し長生きせんと
投稿者 kaz : 15:46 | コメント (2) | トラックバック
2006年04月20日
ぼくは静かに揺れ動く
「後で食器洗い機にいれておくから」
「それっていつになってもいれないってことね」
今日は一冊の本を紹介する。
素晴らしい言葉が散りばめられた一冊だ。
一冊の本というのは、1つの哲学である。
正確に記すならば、1つ以上の哲学のような何か、である。
ゆえに、本を紹介するということは、
本を読めというものではなく、
本というツールを使って、そこに存在する生き方を提示することに他ならない。
という前おきはどうでも良い。
ハニフクレイシという作家の
「ぼくは静かに揺れ動く」
そもそも出版社が「アーティストハウス」という大手ではないところ。
確か、数年前(5年以上前だっけ?)くらいに
オシャレな本を出そうという一環で始まったものの一冊だったような気がする。
文庫でもハードカバーでもなくソフトカバーという体裁。
売れたのかどうかは解からない。
ハニフクレイシという作家自体は有名ではないが、
なかなか面白い文章を書く人だった。
紹介を引用してみると、
「別の女性に心を奪われているんだ」とぼくは言った。
妻はぼくと違って、自らの人生に幻滅したり失望したりしたことが一度としてない。
感情が揺れ動く範囲はきわめて狭い。友人は言う。
「結婚とは戦いであり、地獄の季節なんだ」と。
そんな本だったけかなぁ、と思う。
なんせ海外旅行に行く前に読んだはずだから、3年以上前だ。
ここだけ読むと、
「嫉妬の香り」とか「国境の東・・・」とかを考えてしますが、
もっとカラっとした小説だった。
ただ、それなりに面白かった記憶があり
メモが残っているので、それを利用する。
■チャック
例えば、コレ。
常にチャックを開けるというリスクヘッジを行う私にとって、下記の言葉は響いた。
強くAgreeである。
「どうして浴槽のドアをいつもあけっぱなしにしておくの?」
「なんだって」
「どうして閉めないのよ?」
ぼくはそのわけが思いつかない
■パラドキシカル
人を傷つけるというのは、
不承不承ながらも親密にならざるを得ない行為だ
一件さらっと読めてしまう文章だけれども、
非常に、深い示唆を与えてくれる言葉である。
ここに存在するのは二律背反のジレンマではなく、時間軸を利用したプロセスの妙味である。
■スカート
また、ライ麦畑的なフレーズはこちら。
スカートは、劇場のカーテンのように僕の好奇心を刺激した。
その奥になにがあるのか、ぼくは知りたくてたまらなかった。
~中略~
スカートは変移するものだった。
本来の役割を果たすものであると同時に、どこか別のところへとたどり着くための手段でもあった。
世界は僕がまくりあげたいスカートなのだ
確かに、スカートというものはアフォーダンス的には
イエローバンクにおけるオーロラに通ずるものがあり、全ての可能性が詰まった
パンドラの箱と形容的に相似であることは、
指摘を待つまでもない事実である。
■ファック
そして、春樹の「ボートはボート。ファックはファック」にも通ずるアフォリズムはコレ。
「たかがファックじゃないか」
「ファックには何かしらの意味があるんだ」
そして、さらに春樹的な修辞。
しかし、ここまで非妥協的な味のトマトを食べたのは初めてだった。
どうでもいいけど、最近、あまりにもプライドをもったカボチャのパスタを食べた。
なんというか、一口食べただけで、あごを動かすのが億劫になるほど
濃いパスタだった。
■ソフィー
歌の歌詞のようなフレーズ
今夜ぼくは自分が決めた範囲内の狂乱状態でいたい
ウィット。
僕の場合、ただ仕事にでかけるだけでも「ソフィーの選択」の気分だよ
原田の場合は、外に出るだけでも
北斗の拳の気分です。
■若さ
アイロニーの効いた非常に共感できる言葉。
若かったころ、本を最初から読み始め、
最後まで全部読み通すという過ちをしでかすこともしばしばだった。
性的解放は、
ほとんどの人が何とか成し遂げることのできる神秘体験のようなものだ
■ゴールデンゴール
そして、最後に、私の大脳新皮質にローリングソバットを決めたフレーズはコレ。
或る昼さがりのこと、僕は彼女の上に乗っかっていた。
こんな素晴らしい書き出しの小説は、川端康成か、トルストイかってなもんですよ。
投稿者 kaz : 07:15 | コメント (6) | トラックバック
2006年04月18日
風の歌を聞け

オオ友よ。
昔、「風の歌を聞け」という歌があった。
イニシエの歌だ。
答えは、風の中にあると人は言った。
答えは風の中にあるのだろうか、と思った。
風の歌、と聞いて、
はるかネパールで出会った女性のことを思い出した。
名前は、ドゥオーモだか何だか、そんな名前だった。
覚えていないのではなく、
認識しづらい名前だった。
だから、僕は「D!」と読んでいたものだ。
彼女は、ネパールに生まれた
チベット人だった。
チベタンは、ある場所においては
虐げられた生活をしている。
言葉が不適切かも知れない。
フェアではない場所に身を置いた日々を送らされている。
だからこそ
「Free Tibet」という標語が生まれる。
そして、そのTシャツを僕は買うことになる。
自由という価値は、米国の専売特許ではない。
日本の片田舎の少年が叫んでも、知財法で訴えられることはない。
すべからく自由は絶対的な価値を持つものであり、
悠久の歴史を持ちながらも血にまみれた言葉だ。
ともあれ、Dは、
そんな環境に生まれ、20年間生きてきた。
僕と同じ年齢だった。
頭が抜群に良かったので、
ネパールではなく
インドの大学に奨学金で行くことが出来た。
しかも、デリー大学。
日本でいう東大だ。
そして、パスポートを持たない彼女たちは
パーミッションだけで、越境し、インドに向かう。
その道のりは平坦ではない。
牛に揺られ、窓のないバスに揺られ2日間かかる。
もっとも、実家に帰る時のルートだけれど。
彼女は、彼女の一家だけではなく
血縁すべてを担っていた。
だからこそ、かも知れないが
彼女は自分の道を疑いもっていなかった。
稀有なることだろう。
だからこそ、たまたまバスで一緒になった僕にさえ
「従兄弟の子なんだけど、養子にもらってくれる人を探してくれ」と
日本にまで手紙と写真を送ってくる。
写真現像代だって、馬鹿にならないだろうに。
勉強をしながら、バイトをし、
そして、プリクラを取っていた。
なぜ、風の歌で彼女を思い出したのかは
よくわからない。
ただ、ネパールのポカラに吹く
アンナプルナ山からの風は、とてもつめたかったのを覚えている。
風の中に答えがあるのかどうかは知らないけれど、
答えを求めない人がいるというのは、その時知ったように思う。
比喩的な意味で言うならば。
投稿者 kaz : 06:59 | コメント (2) | トラックバック
東京合同入学式 告知文最新版
先日、お伝えしたイベントですが
最終告知板だそうです。
光井勇人や希などがしてはります。
========
今この時代を生きるすべての同世代に、本当に伝えたいことがある。
2006年4月23日、確かめに来て下さい。
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大学生がプロデュースする‘ニュウガクシキ’
夢に向かってひたむきで、でもちょっと不器用で。
それでも前に進み続けようとする等身大の大学生の背中を見てほしい。
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2006年4月23日(日)に、学生団体AGEが主催する、関東主要大学合同で行なわれる
新入生歓迎会『東京合同入学式2006』の開催が決定しました!!
ゲストは、倖田來未の妹で、3.29発売ソロデビューシングルが初登場4位と絶好調の
misono(day after tommorow:vo.)が生LIVEを披露してくれます。
また、2004・2005年度ミス東大、2005年度ミス慶応、2005年度ミス青学、
Can Cam・JJ・Ray・ViViの読者モデルが、ファッションショーに出演します。
今回は出演モデル1人に対して、厳選された1人の学生クリエイターが
本人のためだけにデザインした世界に一つだけのコスチュームをお披露目します。
さらに、現在ベンチャー成長率日本18位と絶好調の、株式会社スピーディアの
並里社長による、大学生に対するアツいメッセージを込めた基調講演も行われます。
そして、2006年ドイツW杯台風の目間違いなしのフットボールフリースタイル球舞
(http://www.cube-mau.jp/が出演!
勿論、ダンス、チア、男祭りをはじめとする学生トップパフォーマーによるLIVEもあり、
次世代のトップを走る大学生からのメッセージありと、コンテンツは盛り沢山なので、
新入生だけではなく、大学生や社会人の方々も楽しめる内容になっております。
皆様ぜひお越し下さい!!
AGE ―東京合同入学式2006―
【日時】 2006/4/23(sun) Open 18:00 / Start 18:30
【会場】 六本木velfarre http://velfarre.avex.co.jp/index.html
【料金】 当日チケット 学生\2,500 一般 \3,500(当日券の販売開始は17:00~)
【出演】 GUEST LIVE…misono(day after tomorrow 2006.3.29 solo debut)
FASHION SHOW…ミス東大、ミス慶應、ミス青学、Can Cam,JJ,ViVi読者モデル
PROFESSIONAL PERFORMANCE…球舞、Dance、Cheer,etc
【主催】 AGE
【協力】 avex,velfarre,Tokyo Walker,SOGO TOKYO
【公式HP】 http://www.age-nt.jp
【問い合わせ先】info@age-nt.jp
【特別協賛企業】株式会社SPEEDIA
○AGEとは…○
“僕らが本気で生きた時代。僕らの世代が次世代に残していきたい場所。”
をコンセプトとし、発足した学生団体。
大学生活を決定づける瞬間。
それは新歓期である。
大学に入っていちばん最初に何を見るか?どんな世界に触れるか?
自分らしく輝ける場所、本気になれる場所を見つけるために…。
AGEは大学生活の無限の可能性と本気になれる“キッカケ”を
全ての大学生に提供すべく立ち上がった。
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投稿者 kaz : 00:29 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月16日
I don't give a shit

原則として、立ち止まることを認めない。
そういった人がいる。
走り続けることの効用は、
立ち止まっているシーンをイメージしないことにある。
泳ぎ続ける人間は、おぼれることを考えないものなのだ。
言うならば。
確かに。
確かに、あなたが言うように、
リスクをヘッジすることは大切だ。
泳ぐ時は、おぼれることの危機を想定すべきだし、
だからこそ、スキューバには厄介なライセンスが存在する。
「溺れたときのため」のセーフティネット。
けれども。
けれども、おそらく人は人が思っている以上に
タフのようである。
数千万の借金を背負っても、
受験に失敗し、面接に失敗し、事業に失敗しても、
ないしは、東京から大阪まで歩き続けても、
死ぬには、もう一歩の踏み込みが足りない。
死はそんなにイージーなものではない。
曰く
人を殺すのに動機はいらない。
適切な道具さえあればよい
わけである。
周りでは、フレッシュマン=新社会人たちが
苦難を味わい、辛酸を舐める。
Oh、Dear。
夜の闇は深く、
過去の負の遺産は重く、
未来の帳は厚い。
然り、然り。
さりとて、
結局のところ、立ち止まることに
誰も幸せにはなりしない。
ゴーギャンは言う。
我々はどこから来たのか。
そして、どこへ行くのか
その後に、CMではこう続く。
Keep Walkingと。
ブラウザを動かし続ければ余分なメモリが貯まるように
歩き続ければ、乳酸が筋肉にたまり、足は重く。
そして、服は汚れ、髪は乱れ、汗は流れ。
さりとて、止まることと、歩き続けることに
何の違いがあろう?
たとい、この世が夢であろうと、なかろうと、。
ゲーテおじさんは言う。
小さい夢は見るな。
それには人の心を動かす力がないからだ。
Oh,Daddy。
All right。
タフでなければ生きていけないほど
ヘビィな世の中ならば、そんな世の中捨てちまえ。
と人は言う。
唾棄するものに、惰気はなく。
責持つものに、急きはせず。
清喜認めず、正気見舞えず。
ルーズベルト大先生は、無責任にも
こう仰る。
月を取りに行け
たとえ取りそこねても
そこから星を目指すことが出来る
All Right。
とりあえず、
Let’s go there, Shall We?
投稿者 kaz : 15:02 | コメント (3) | トラックバック
2006年04月15日
死なないものは人でなし

人は死ぬ。
良かれ、悪しかれ。
それは、まごうことなき絶対的な事実であり、
真理である。
ジャーゴンで言うならば、
「ファクト」であり、
「有意値」であり、
反証不可能性を持つ前提である。
不老不死が叫ばれようと、
科学がいかに発展しようとも、
人は死ぬんだろうと思う。
なぜなら、死ななくなれば
それは人ではなくなると考えるからである。
人とは「Human Being」というわけで
Perpetual being(永遠な存在)になってしまえば、
それは、「human」では、なからん。
というわけで、人は死ぬ。
せいぜいMAXの値をとっても
200年もすれば死ぬ。
100年くらいならば、
まだ生きている人がいてもおかしくないが
(寿命の伸び加減を見ている限り)
200年の寿命は、なかなかビックジャンプではなかろうかと思う。
上記もすべて主観だが。
というわけで、
そう考えるならば、
人生における選択肢は2つある。
「死ぬということを前提とした選択」か
「生きるということを前提として選択」か。
前者は、別に
「死んでもいいや」というわけではなく
「200年後は死んでいる」という事実に基づいたクライテリアであり、
後者は
「とりあえず、あと100年くらいは生きている」という予測に基づいた判断となる。
文選にこういう言葉がある。
生年は100に満たず、常に千歳(せんざい)の憂いを懐く。
昼は短く夜の長きに苦しむ、なんぞ、燭をとって遊ばざる。
つまり、人はまぁ悩むもんだ。
例えば、夜の闇に恐れるものだ。
しかし、蝋燭を使えばよいではないか。
暗闇でのイチャイチャもいいけど、
明かりの下のイチャイチャは、プレイの一環としては良いだろう、
という言葉である。
(半分嘘)。
単純に、今、原田ライブラリから
寿命に関した言葉をクエリーかけているだけなので
続ける。
織田信長のこの言葉は有名ですね。
人間わずか50年、下天のうちにくらぶれば、夢幻のごとくなり
かっこよい。
有名なコピペでは下記があります。
=========
"次のような銀行があると、考えてみましょう。
その銀行は、 毎朝あなたの口座へ86,400円を振り込んでくれます。
同時に、その口座の残高は毎日ゼロになります。
つまり、86,400円の中で、あなたがその日に使い切らなかった金額はすべて消されてしまいます。
あなただったらどうしますか?
もちろん、毎日86,400円全額を引き出しますよね。
私たちは一人一人が同じような銀行を持っています。
それは時間です。毎朝、あなたに86,400秒が与えられます。
毎晩、あなたが上手く使い切らなかった時間は消されてしまいます。
それは、翌日に繰り越されません。それは貸し越しできません。
毎日、あなたの為に新しい口座が開かれます。
そして、毎晩、その日の残りは燃やされてしまいます。
もし、あなたがその日の預金を全て使い切らなければ、あなたはそれを失ったことになります。過去にさかのぼることはできません。
あなたは今日与えられた預金の中から今を生きないといけません。
だから、与えられた時間に最大限の投資をしましょう。
そして、そこから健康、幸せ、成功のために最大の物を引き出しましょう。
時計の針は走り続けてます。今日という日に最大限の物を作り出しましょう。
1年の価値を理解するには、落第した学生に聞いてみるといいでしょう。
1ヶ月の価値を理解するには、未熟児を産んだ母親に聞いてみるといいでしょう。
1週間の価値を理解するには、週間新聞の編集者に聞いてみるといいでしょう。
1時間の価値を理解するには、待ち合わせをしている恋人たちに聞いてみるといいでしょう。
1分の価値を理解するには、電車をちょうど乗り過ごした人に聞いてみるといいでしょう。
1秒の価値を理解するには、たった今、事故を避けることができた人に聞いてみるといいでしょう。
10分の1秒の価値を理解するためには、オリンピックで銀メダルに終わってしまった人に聞いてみるといいでしょう。
だから、あなたの持っている一瞬一瞬を大切にしましょう。
そして、あなたはその時を誰か特別な人と過ごしているのだったら、十分に大切にしましょう。
その人は、あなたの時間を使うのに十分ふさわしい人でしょうから。
そして、時は誰も待ってくれないことを覚えましょう。
昨日は、もう過ぎ去ってしまいました。
明日は、まだわからないのです。
今日は、与えられるものです。
だから、英語では今をプレゼント(=present)と言います。
1カ月前のあなたと、今に変化はありますか?
1年前のあなたと、今に変化はありますか?
5年前のあなたと、今に変化はありますか?
変化がないのなら、もう一度時間に対する考え方を見直して見るべきです。
そして、時間は誰も待ってはくれないことを理解しましょう。
昨日あった86,400秒はもう過ぎ去りました。
どんなことがあっても、戻ってくることはありません。
明日はまだあなたのものではありません。
今日、あなたに与えられた時間で明日につながる最大限のものを
創り出してください。
==========
まぁ、個人的には、こういう精神論とかは
体質的に受け付けないこともあるのだが、
ある種のプレゼンテーションとしては妥当と思われる。
しかし、別段
「じゃあ、生き急げ」というわけでもなく。
例えば、ゲオルグはこう言います。
もし世界の終わりが明日だとしても、私は今日林檎の種をまくだろう
それは、それで一貫したゴージャスな生き方だとも思われます。
また、哲学者ショーペンハウエルのエピソードとしては
このようなものが。
「人生は長く、芸術は短し」とは、ローマの諺。 ショーペンハウエルは、そういうわけで女を憎んでいたので、下宿の叔母さんを階段から突き落とした。
まったくもって謎な論理的接合だが
それだからこそ、ここに何か深遠なものを嗅ぎ取ってしまうのです。
そして、有名な死の話では、これ。
武士道というは、死ぬことと見つけたり
最後に、太宰や芥川を彷彿させる一発を。
フレードリッヒクレッチマンの言葉。
人生が戯れにすぎなかったら死はお前にとって真剣ごとであろう。
しかし真剣に生きたなら死は戯れであろう
投稿者 kaz : 06:31 | コメント (8) | トラックバック
2006年04月13日
ワニのような彼を飼ってみた。

「ペットが飼えない」とお嘆きの貴方に朗報です。
私の実家は犬を飼っており、
原田も動物は嫌いではない。
しかし、日本の家賃事情という諸事情により
飼えないのが現状である。
頑張っても、魚類であり、
さらに頑張っても哺乳類が限界だ。
AIBOを飼うには、日本のアパートは
狭すぎる。
しかし、私は遂に手に入れた。
その前にこの話が必要だろう。
岡崎京子の天才加減に関しては前述の通りだが、
その彼女の作品の1つにPINKというものがある。
ここでは、OLが主人公である。
彼女は、エサ代のために夜の仕事もするのだが、
誰のエサ代かというと
「可愛いツバメ」ではなく、
「ワニ」のえさ代なのである。
ワニ君は、
気にくわない奴には噛み付くのである。
がぶりんこ、と。
この話自体は、非常にイカス物語なのだが
それはまた別のお話。
で、このワニに準じたモノを
原田は手に入れた。
それが、世に言う「シュレッダー」というものだ。
衝動買いをしてしまった。
ドンキで。
しかも、安いのを買えばいいのに
思わず、そこにあった一番高いのを買ってしまった。
いやね、そりゃセキュリティの面からの考察もあったよ。
でも、何より、シュレッダーはやっぱり
デカサが重要ですよ。
A4も食べれないようじゃぁ、
このタフな世の中をサバイブしていけないってなもんで。
うちの子は
1度に5枚まで食すことが出来ます。
さらに、シルバーメタリックのハイソな匂いで、
目覚ましとの相性も抜群。
必要もないのに、
チラシなどをバリバリバリと食べさせております。
それが、かなり気持ちよいのです。
なんというんですか?
悪夢を食べるバク?
そんな気分。
ドラマで、別れた彼氏の写真を
燃やすというシュチュエーションがあるけれど、
いまどき流行らない。
いまは、やっぱり、シュレッダーにかけるってなもんですよ。
(原田は写真は捨てない人だけれども)
蛇足だけど、
シュレッダーでは、切った紙を受けるゴミ箱があるけど
この大きさが、書類の分散具合に影響を
与えるのではないかと思った。
というのも、例えば1枚の紙を
シュレッダーしても、
限界があるのです。
いくら細かいとはいえ、
いわば、それが100ピースになったら
100ピースのパズルです。
しかし、そこに2枚の紙をシュレッダーにかければ、
単純に200ピースのパズルではなく
100ピースのパズルが2個になるわけです。
確率的には、
200!(階乗って読むんだっけ?)と、100!×2で
前者の方が難しいように思うけれど、
それは問題ではない。
つまり、この倍数は大きくなればなるほど、
隠したい情報は隠れてくれるというわけで、
シュレッダーは大きいに越したことはない。
アンダスタンッッ。日本の技術は世界イチィィィィィィィィィィィィィィ!!!!
わがけのシュレッダー君。
現代のストレス社会にも有効であり、
コミュニケーションを円滑に進めるためにも欠かせない。
まだ名前はついていない。
もっとも有力候補は、「ワニ」である。
投稿者 kaz : 06:34 | コメント (5) | トラックバック
クリスピー・クリーム・ドーナツ
日経新聞で読んだのですが、
クリスピー・クリーム・ドーナツが日本に上陸するそうな。
冬から。
5年で30から50店舗。
Narinari.com 人気爆発!クリスピー・クリーム・ドーナツ
日本のドーナツチェーンはダスキンの「ミスタードーナツ」)国内約千三百店、
年商千二百五十億)の独断場
ということで、
ドーナツ好き(嘘)としては、
楽しみです。
過去には、ダンキンドーナツという素晴らしい
お店が撤退し、
シナモンロールも撤退しました(ですよね?)から、
その辺で、どう戦略をとるのでしょうか。
やはりドーナツってのは、ある種の
幸せのプチイデアが
詰まっているような気がします。
毎度で恐縮ですが
春樹の小説でも多く出てくることで有名ですが。
他、ドーナツ出てくる小説ってあったかなあ。
プルーストの「失われた時」では、
マドレーヌでした。「リアリティバイツ」ではチョコバーでした。
クリスピー・クリーム・ドーナツというスパシフィックな
名前はどうかと思われる。
クリスピーは良いとしても
クリームドーナッツ好きでない人はどうするか。
あと、なぜ「ナカグロ ・ 」を使うアルカ。
ともあれ、ドーナツは良いような気がする。
投稿者 kaz : 01:28 | コメント (11) | トラックバック
2006年04月12日
クリッピング
またもクリッピングでお茶濁し。
はてなブックマクからのが多し。
■
X51.ORG : 日常的に性交の快感が続く ”持続性性喚起症候群”とは
性的興奮が全くない状況にも関わらず、
性的な快感が持続するというもので、持続性性喚起症候群(persistent sexual arousal syndrome / 以下PSAS)と呼ばれるという。
漫画みたいな話だね。
ファンキーだ。
■
X51.ORG : 浮気男の写真、実名を晒す女性向け情報サイトが問題に 米
このサイトは浮気された女性が、自分を裏切った男性の写真、実名を含むプロフィールを投稿することで、浮気男の情報を他の女性達と共有し、
互いに注意を促すことを目的としているという。
Googleで人の名前を検索するというのは、色々言われていることですが、
こんな22世紀的なサイトが生まれるとはご愁傷様です。
でも2chで叩かれるのと似たようなものでもあるだろうけど
「どういう人が恨まれるのか」の調査には役立ちそう。
幼児性的犯罪で逮捕された人のデータベースは
アメリカでは公開されているらしいけど、
こういう風なつるし上げ的データベースは
ますます増えてくるのかしらん。
「詐欺師」「痴漢者」などの犯罪者から
「性病キャリア」「ゲイ」などの性癖もの、
あるいは、属性や血縁などにも波及したら、
なんだか詰まんない世の中になりそうだなぁ。
■
「誰でも恋愛できる」という幻想を捨てよ - nikkeibp.jp - 年収と非婚率の知られざる関係
これと同じように、いくら努力しても恋愛ができない人はできない。
逆に、恋愛したくなくてもFall In Loveしちゃってしょうがない人もいる。
■
日本の街で予定のない自由な夜を迎えた独身者は、
そうしたレストランやパチンコ屋、公衆浴場、マンガ喫茶、メイドカフェ、カラオケバー、
その他(さらに怪しげな)場所に行き、カップルでいなくても、社会参加している気分を味わうことができる。
うーん。
ほんとう?
■
My Life Between Silicon Valley and Japan - アメリカの大学生のネットワーキングの凄さ
一つ前の世代とは感覚が全く違うだけでなく、それがうまくワークしたときのパフォーマンスたるや、我々の想像を超える。
ふーむ。
■
ひとまずお休みだお( ^ω^) - 高学歴モテ/非モテの間に立ちはだかるビミョーな壁
女が自分に求めるものを冷静に分析し、それを受け入れ優位性を生かして狩りに出る子と、
自分を完全に理解して好きになってくれる女の子を追い求める(待つ、とも言う)子
ほー。
■
ITmedia エンタープライズ:「山田オルタネイティブ」の動作を知る (1/2)
ちょっと前に流行った死ぬほど恐ろしい匂いのするウィルス。
フリーマガジン(無料配布雑誌)のもじりで、富裕層向けに特化したフリーマガジンをさす。
■
Happy Hacking Keyboard | 株式会社PFU
物凄いキーボード。
投稿者 kaz : 06:09 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月11日
すごいラブホテル 1

すごいシリーズ(謎)の第四弾。
おもいつきで、「すごいラブホテル」。
今回は、単発。
・すごい就職活動 1
・すごい就職活動 2
・すごい就職活動 3
・すごい彼氏をつくる方法 1
・すごい彼氏をつくる方法 2
・すごい彼氏をつくる方法 3
・すごいデート 1
・すごいデート 2
・すごいデート 3
■前置:ラブホテルとはなんぞや
さて、私はラブホテルなんていうハレンチでファンキーでドリーミングな場所は行ったことはないという仮説(リスクヘッジ)で話を進めるのだが、経験から鑑みるに、あの日本独自の文化は分析に値するように思う。ゆえに、下記は、日本社会文化論のケーススタディと考えてもらっても結構。ちなみに、「全否定」の「肯定」という文章は筒井先生の十八番であり、こういう使われ方をする。「ここで奴の名前を出すのは大人げないので、出さないでおくが、一応確認しておくと、奴は梅田に住む22歳の山田太郎である」というような。さて、ラブホテルでは、何をするかというと、コミュニケーションがはぐくまれるわけである。例えば、カラオケであったり、ゲームをして、親睦を深める。そういう意味で、21世紀のマテリアルワールドには欠かせないものである。さらには、個室という点は、情報過多で雑音溢れる現代においては、より密接なコミュニケーションを、それは例えば会話であれ、望む我々にとっては、新しい可能性を示唆してくれるものである。さらに付記しよう。なんとラブホテルは、Hotelという名前がついているように、布団と枕が存在する。これは、ストレスや仕事につかれた現代人が休むように作られた装置であり、すなわち、癒しトレンドの延長に存在する。そのため、より人々がベターな生活を望む場合には欠かせないのだ。しかも、消費の多様化にともない一泊ではなく「休憩」というオプションまで提示する資本主義の発展に乾杯を。買い物に疲れたら、仕事に疲れたら、ラブホで一服すればよい。なんて世界に優しい建物なのだろう。まさに、現代に生きる我々のためのオアシスであり、エルドラドであり、桃源郷であるわけだ。それゆえ、この建物を考察するということは、ひいては21世紀におけるコミュニケーション学の発展に寄与することは一部の疑いも持たない。
■相手を決める
ラブホテルは1人で行くことも不可能ではない。もちろん、NGなところもあるが、OKなところもある、という按配だ。世の中に例外のない事例はない、とチョビヒゲが言っていた。確か、ホテルの部屋での女性の待ち合わせなども出来るはずである(例えば大沢さんの小説でもその記述はある。それでミステリが始まるわけだ)。3人もOKの場合がある。エクストラチャージがかかることが基本ではある。同性の場合は、NGのところが多いが、それでも、気合とネゴの力があれば何とかなるだろう。しかし、同性専門のラブホってあるのかしら。ちなみに、ペットはコトゴトクあかん感じである。性癖差別だと思うのだが、その辺はいかんともしがたい。ということで、一番妥当なのは、異性と二人。つぎは、三人。次に同性。そして、ペット。さらに難しいのは、魚類だろうか。イカとかは同伴OKでも、マグロは駄目よ、みたいなうまくもないことを言ってみる。ちなみにダブルカップルで行くのは、なんら問題ない場合が多い。ダブルデートの一環としていかがだろうか。そういえば「ノルウェイの森」では、さらに女性をスワッピングする話が出てきた。なかなか興味深い可能性ではある。あ、外国人はどうなんだろう。基本は問題ないと思われるけど、場所によっては、商売の方NGという意味から演繹して、NGのところもありそうだけれど。顔をあわせないツクリになっているとはいえ、カメラでチェックしていることが多いので、ひっかかることもあるということであるなぁ。
■いくエリアを決める。
さて、どのラブホテルに行くかを決めなければいけない。東京だと、もっとも有名なのは、渋谷の道玄坂から円山町だろう。いわば、ラブホの聖地。見渡す限りの大平原。そこに聳え立つアダルトディズニーワールド。いわば、そこはビッグサンダーマウンテンなみの絶叫と絶望がこだまする谷。デスバレイもビックリ。無論、ターミナルには、大体そういう密集地帯があるようですね。新宿の歌舞伎町の奥のほうとかもそうですね。 いま調べたら、こういう分布があるようで。 一例として、渋谷、新宿、池袋、新大久保、鶯谷、錦糸町、蒲田、大塚、湯島、新小岩、川崎、横浜、新横浜、関内。 まぁ、大体風俗街は備えているということですな。大阪ですと、難波の南海駅方面の高速道路の向こう側とか、梅田、天王寺などにちゃんとある。名古屋とかは車利用じゃないといけないんじゃないかと思うけど、詳しくは知らない。蛇足だけど、上海でお会いした名古屋嬢が、某名古屋の大手ラブホは盗撮カメラがあると言っていたけど、経験者としては風説であることを願う。あ、そういえば、六本木はないんですよねえ。あれは不思議だ。なぜないのだろう。大体大きなターミナル駅にはあるはずだけれども。渋谷に行けということか?防衛庁跡地でしろということだろうか?うーむ。
■いく場所を決める
エリアが決まったならば、ホテルを決めなければいけない。行き着けのソレがあるならば、いけばいいが、いつも開いているとは決まっていない。飯屋などと違って部屋の予約も出来ない。出来るところもあるのかも知れないが、基本は出来ない。そもそも、予約には電話番号が必須であり、そんな無駄に個人情報をだだ漏れさせるリスクはヘッジしたいところ。週末の深夜を過ぎたころだと、ホテル難民が世界を覆う。これは、現代における南北問題の一環であり、日本政府も、移民問題として頭を抱えている。需要と供給がマッチしていないというわけではなく、需要のピークが非常にピンポイントで回転が悪いために起こる現象であり、いわばフェーン現象のようなものだ。だからこそ、渋谷の谷によく吹くのである。この難民になると、目も当てられない。酒気帯び運転と同じく絶対に避けたいことの1つである。しかも、その相手が勝手知ったる君ならばまだましだが、Firstインパクトとかだったりすると、もうジャックケルアックよろしく路上かよという勢いになり、救いがたい。さらには、難民同士のカップルが、同じ場所をぐるぐるするわけで「うぁ、また会った」と、恐怖の同情と共感を感じてしまうという現代病の一種を併発し、トラウマ(PSD)になることも多いように思われる。そのため、週末なんぞは、あたりをつけたら、さくっと入るのが吉であり、本望だと山田が言っていた。チェーン店は間違いないが、人気もある(関西だとピエロとか、チャペルが有名だけど関東だとどこになるのだろう。ドルフィンとか?)。
単発にしようと思ったら、思ったより増えたので続く。
投稿者 kaz : 06:37 | コメント (4) | トラックバック
東京合同入学式
光井勇人という希代のイベンターがしかける東京合同入学式のホームページはコチラです。
========
マルシェビズの星野希からのご連絡ですよ。
かなり大掛かりなイベントのようです。
4月23日にベルファーレ。
2006年4月23日(日)に、学生団体Age主催の、関東主要大学合同
で行なわれる新入生歓迎会『東京合同入学式2006』の開催が決定しました!!
ゲストは、倖田來未の妹で、3.29発売ソロデビューシングルが初登場4位と絶好調の
misono(day after tommorow:vo.)が生LIVEを披露してくれます。
また、2004・2005年度ミス東大、2005年度ミス慶応、2005年度ミス青学、
Can Cam・JJ・Ray・ViViの読者モデルが、ファッションショーに出演します。
今回は出演モデル1人に対して厳選された1人の学生クリェイターが
本人のためだけにデザインした世界に一つだけの服を創り出します。
さらに、現在ベンチャー成長率日本18位と絶好調の、株式会社スピーディアの
並里社長の基調講演も行われます。
そして、2006年ドイツW杯台風の目間違いなしの、フットボールフリースタイル球舞
が出演!
勿論、ダンス、チア、男祭りをはじめとする学生トップパフォーマーによるLIVEもあ
り、
次代のトップランナーを走る同世代からのメッセージありとコンテンツは盛り沢山な
ので、
新入生だけではなく、大学生や社会人の方々も楽しめる内容になっております。
■ AGEとは ■
“僕らが本気で生きた時代。僕らの世代が次世代に残していきたい場所。”
をコンセプトとし、発足した学生団体。
大学生活を決定づける瞬間。
それは、新歓期でないだろうか。
大学に入っていちばん最初に何を見るか?どんな世界に触れるか?
自分らしく輝ける場所、本気になれる場所を見つけるために…。
AGEは大学生活の無限の可能性と本気になれる“キッカケ”を
全ての同世代に提供すべく立ち上がった。
大学生がプロデュースする‘ニュウガクシキ’
夢に向かってひたむきで、でもちょっと不器用で。
それでも前に進み続けようとする等身大の大学生の背中を見てほしい。
****************************************************************************
*******
AGE ―東京合同入学式2006―
【日時】 2006/4/23(sun) Open 18:00 / Start 18:30
【会場】 六本木velfarre http://velfarre.avex.co.jp/index.html
【料金】 当日チケット 学生\2,500 一般 \3,500(当日券の販売開始は17:00~)
【出演】 GUEST LIVE…misono(day after tomorrow 2006.3.29 solo debut)
FASHION SHOW…ミス東大、ミス慶應、ミス青学、Can Cam,JJ,ViVi読者モ
デル
PROFESSIONAL PERFORMANCE…球舞、Dance、Cheer,etc
【主催】 AGE
【協力】 avex,SOGO TOKYO,Tokyo Walker,velfarre
【公式HP】 http://www.age-nt.jp
【問い合わせ先】info@age-nt.jp
【特別協賛企業】株式会社SPEEDIA
****************************************************************************
*******
大学生ならネットが無料!
のキャリアンBB
5/31までにお申し込みいただくと、
卒業するまでプロバイダ料金無料
でお使いいただけます!
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****************************************************************************
*******
投稿者 kaz : 06:05 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月10日
マラソン祭りで御座いますよ!
我らが皇帝、多苗尚志御大が、
マラソン祭りをするそうです。
それは行かねばならぬでしょう。
親の死に目とどっちを優先するかってな按配です。
蛇足ですが、多苗さんにお会いしたことない人は
人生を損しているとJAROが言っています。
蛇足(2)ですが、多苗さんとサイトにある
多苗尚志を呼んでくれには、腹上死するほど笑いました。
曰く、
金正日は1200余の呼称があると今日報道されておりました。
ということで、金さんを超えるべく、多苗御大の呼び名が一覧になっております。
一部太字を抜粋。
地球温暖化の主要因のひとつとして数えられている熱い多苗様
部長レベルでは話にならん、多苗、多苗を出せェーッ
1975年に人間としては初めて世界遺産に登録された漢
戦後最大の疑問符
それはともかくとして
マラソンです。
詳細はコチラです!
多苗尚志の友のいる人生KI: 【宣伝】PARASAIYO CUP2006
ただのマラソンじゃありませぬ。
今大会は、いくつかのボランティア団体等と協力して開催する
チャリティーマラソン大会です。
なのです。
5人走ると1人の孤児が1年間学校に通える計算です。
主催側も当然、収益に貢献します。
なんて、ロマンテック!
エントリーはコチラからです。
::::::::PARASAIYO CUP 2006::::::::
投稿者 kaz : 22:50 | コメント (0) | トラックバック
優雅な日曜日
それはそれは優雅な日曜日であった。
たまには、目覚ましのない朝も良かろう、と思い
目覚ましをセットしないまま、布団に入った。
目覚ましの存在しない朝ほど、貴重なものはない。
しかし、気づくといつも通りの時間に目が覚めてしまっていた。
6時10分前。
外は、既に明るい。
新聞も既に届いている。
良い天気の日曜日は、
ペパーの効いたベーコンのように
扱いが難しいものである。
メールをチェックし、ブログを書いて、
さて、今日は日曜日だ、と再認識する。
いつもよりも珈琲が心なしか甘い。
気のせいには違いないが。
ツナと卵のサンドイッチも心なしか
エネルギッシュ。
日曜日は、いつもよりジムが遅く開店する。
宮部みゆきを読みながら、それを待つ。
ひとたび開くと、暇をもてあますオヤジさんたちが
トレッドミルを支配する。
僕は、それを横目で見ながら、
MTVを聴きながら、「模倣犯」の最終巻を読みながら、
汗を流す。悪くないスタートな日曜日。
帰宅し、
「さて、何をしよう」と
突然手にした大金のような
日曜日を扱うに戸惑う。
とりあえず、
スーパー「ポロロッカ」に出かけ、
ティッシュペーパーと食材を買い込む。
レタスとツナの簡単なサラダを作り、
簡単なランチを食す。
料理というのは、クリエイトであり、イマジンである。
個人的には、料理は嫌いではない。
腹ごなしをすると、
散歩に出かけたくなる。
ipodを耳にし、カメラを片手に持ちながら
部屋を出る15時過ぎ。
ipodからはJohn of Lennonが流れ出す。
赤羽橋の交差点を過ぎ、東京タワーに向かう。
初めて、ふもとの建物に入った。
cafeがあるじゃないか。
ハーゲンダッツまで!
今まで来なかったのを反省する。
しかし、観光客が多すぎて
うんざりする。
写真だけを撮影し、そのまま桜田通りへ抜ける。
ロシア大使館は、いつものように警官が
退屈そうに警備を続ける。
そして、そのまま飯倉公園ででキャッチボールする少年たちを
見ながら部屋に帰り、模倣犯の続きを読み始める。
そんな優雅な日曜日。
下記、そんとき撮った写真。
僕は撮る写真が変わったならば、
それは視点が変わったんだろうか、環境が変わったのだろうか。
投稿者 kaz : 06:25 | コメント (5) | トラックバック
2006年04月09日
走りつづけるんだ

今、手元にマガジンハウス社の雑誌、
「BRUTUS」がある。
日付は、1999年の6月1日のものだ。
僕は、「紙」ベースのものをずっと保管しておく癖がある。
捨てられないのだ。
実家の倉庫には、
まだ北斗の拳が描かれているころの少年ジャンプが
山積みになっていたりする。
関西Walkerなんて、創刊号から5年分全てそろっているハズだ。
オカンか誰かが処分をしていない限り。
レシートや書面も、大体数年は保管して、
3年くらい経てば一気に処分する。
紙を捨てるのが怖いのである。
ともあれ、そんなこんなで
僕の部屋は紙に満ちている。
話は戻って、
BRUTUSの1999年6月号。
表紙は、安西さんの絵で
村上春樹が走るシーンが描かれている。
そしてリードとしてこう書かれている。
「村上春樹さんは、16回のフルマラソンを走り抜けて
『肉体が変われば、文体も変わる』と言います。」
この雑誌は、僕を市民ランナーにさせてしまった一冊である。
この号を読んで、
僕は定期的に走ることを決めた。
それまでは、単発でしか走らなかった日々に、
定期的な労働=ランニングが組み込まれることになった。
それ以来、7年の月日が流れたが
この雑誌は、定期的に読み返す一冊だ。
それなりの数の春樹のインタビューは目を通してきたが
この号のソレは、白眉である、ように思う。
春樹関係で26ページも割いているのだが、
そこにはトライアスロンのレビューや、春樹の走りクロニクルも含まれる。
今、僕の激しいマイブームは
「アンチエイジング」なのだが、その脈々と続く流れとなる。
いくつかピックアップ。
-インタビュアーが走るのは辛くないのか?
と聴いた質問に答えて。
でも「やるのが当たり前」という習慣をつけてしまえば、
なんとかなっちゃうものなんだ。
人生のつらさに比べたら、1日に10キロ走るくらいたいしたことじゃない。
この習慣にしてしまえば、なんとかなるという考え方は
大いに共感できるところで、
いつのころよりか、
「継続は力なり」を金科玉条に挙げる私にとって、
この言葉は、「そうだよなぁ」と深くうなずくことになった。
-忙しそうだが、時間は大丈夫なのか?という質問に答えて。
僕は1日23時間しかないんだというふうに計算してやっているわけ。
どんなに忙しくても、もともと23時間しかないんだから、
という感じで、スポーツする分の時間は取り分けておく。
そうしないと運動なんてできないよ。
この余りにもストイックながらも、明確なある種の認識に対して、
青臭いながらも春樹に傾倒していた高校生の私は
電撃を受けたように思えたのだった。
その後の受験期を迎えても
ずっと走るころができたのは、
たった1人の、こんなシンプルな言葉があったからだったと言っても
過言ではないように思う。
これは、今でも、自分を規律する言葉の1つで、
「時間がない」というのを言い訳にしないメカニズムを持っている。
ゆえに、会社が始まった今でもジムの優先順位をかなり上げることになる。
人が
「よく行く時間あるね。仕事終わってから体力あるね」と言って下さるが、
「行くもんだ」という哲学と
「1時間はジムのために存在する」と考えていれば、
「行かざるを得ない」わけである。
-100キロマラソンに関しての質問に答えて。
ひとりじゃけっして走れない。そんなものじゃない、と言う。
そして、
それが60キロを過ぎたあたりから考え方を変えないと走れなくなくなってくる。
これまでの走り方をしていると、足がもう動かないんだもの。
そう、まさしく。
40キロは普通に超えて、そこから気合で、50キロまでは行く。
でも、60キロになると、そこからフルが1本あるわけだ。
もう精神がもたない。
50キロまでは、「とりあえず50キロ走ろう」と走るわけだが、
もう60キロの時点では、足が崩壊しているのだ。
そこからは体力の問題ではなく精神の問題である。
そういうどうしようもなくしんどい時にね、
自分の中で何かが変わっていくのが解かる。
その時走っていてガラっと変わったというんじゃないのだけれども、
とにかく変わったという記憶みたいなのが
尾をひくんだよね
これは、100キロを走った僕としても
多いに共感できるわけである。
何が変わったとは言えないのだが、
死にたくなるほどの精神的負荷と
信じられないほどの足への負荷のハザマで
精神のトランスミッションが変わるのだろうと思う。
100キロとなると足の筋肉だけで走れない。
曰く
足以外のものをそっくり使わなくちゃいけない、なんてね。
つまり体じゅうのあらゆる部品が、みんなで足をカバーするわけ。
まさしく、身体中のミトコンドリアが総動員されるわけです。
Evaじゃないけど、もう白血球から大脳新皮質まで
フルスロットなわけですよ。
それはそれで気持ちよかったけれど。
何が言いたいかというと
たった一冊の雑誌が、
時に人生を変えることがある。
本がそうすることがあるのと同じように。
映画がそうすることがあるのと同じように。
そして、友人がそうしてくれることがあるのと同じように。
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2006年04月07日
エンドルフィンを放出させる海外の美術館・博物館 12 下
エンドルフィンを放出させる海外の美術館・博物館 12 上の続き
■5位 メトロポリタン:NY:アメリカ
マンハッタンに行ったならば、ここは欠かせない。
でかさ抜群。
セントラルパークの東側に位置するというわかりやすい立地条件。
料金は任意。みなは大体1ドルをいれている。
雨宿りに、遠足に、友人の観光に、と何度も足を運んだ。
エジプトから、宗教画から、日本画から
ありとあらゆる「アート」が存在し圧倒的。
グッゲンハイム美術館も近くにある。
建築様式が素晴らしい。
■4位 オルセー:パリ:フランス
パリの現代美術館。
印象派のコレクションが素晴らしい。
何より、ロートレック大好き人間としては、
4点ほど(曖昧な記憶だが)ここにあり、萌え死んだ。
印象派といえば、もちろん、
モネ・マネ・ルノワール系も充実していた記憶がある。
ゴッホもあったような。
パリはやはり前衛芸術が熱い。
同じくパリにあるポンピドゥーセンターの美術館のセンスが最高。
近代から現代まで。
ダダイズムから、キュビズム、シュルレアリスムなどカテゴリー別に
並んでいた。
ライブラリも充実。
■3位 テートモダン:ロンドン:イギリス
そりゃイギリスならば、大英博物館の方が有名ですけどね。
ロゼッタストーンやミイラとかね。
でも、美術館としてはテートモダンが白眉。
モダンテートといいそうになるけど。
行くのに、ロンドンブリッジフォーリングダウンで迷子になったけど。
まぁ、この美術館をひいきするのは
それは、僕が現代美術に惹かれるからに他ならない。
著名作品よりも、無名の現代アートの方が当時は多かった気がする。
あと吹き抜けが印象的だった。
目の前が川で、その間にも巨大オブジェが製作されていた。
肌感覚だけど、村上隆に通ずるものが、ここにはあった。
あと同じくロンドンのナショナルミュージアムでは
ゴッホのひまわりが(他の美術館でもあるけど)。
これを見たら「泣く」といわれていた。
■2位 ルーブル:パリ:フランス
いやー、大きさでいったら世界最高峰でしょう。
1日ではとても回れない。
僕は、朝一から回ったけど、走り続けて、やっと日暮れに完走した。
しかも高いし、人多いし。
見所としては、サモトラケのニケやミロのビーナスがあるけど
もっとも有名なのは、モナリザですわな。
ダビンチコードでも有名になりましたが。
ここは、いつも大混雑。
みなの意見に共通するのは
「思ったより小さかった」。
しかし、本当に迷路。
ドラクエ5の最終ダンジョンみたい。
行き止まりも多いし階段も多いし。
ジャンプ、アップダウン、ストレート。
■1位 MoMA:NY:アメリカ
ランキングでは、
一カ国で1個にしようと思ったけど、MoMAはやはり別格でしょう。
(同じ理由でルーブルも別格にしてしまった)
現代・近代美術館は世界に数多くあれど、
ここまでの知名度と価値の持つ他はなし。
比類なき孤高の美術館。
カッティングエッジ。
星月夜はさすがにパワーが違う(ような気がした)。
ミュシャと初めて出会ったのもココ。
ミニマリズムや日本画のコレクションもしっかりしていたような「気がする」。
何せ遠い昔。
マンハッタンの場所も最高。
大きさも適度。
メトロポリタンいかずに、こちらだけ行く人も少なくない。
投稿者 kaz : 06:22 | コメント (2) | トラックバック
名前を覚えることが出来ない
遺伝子に
「名前を覚えるスキル」が備わっていないのではないか?
と思う程、人の名前を覚えることが出来ない。
原則として、基本的に、根本的な意味で、
名前を覚えることが出来ないのだ。
昨日もブランニューな方々と
曰く、
「自分のすでに居る友人の名前とリンクさせて
覚えればよい」ということだが、
自分の友人の名前は、そもそも
「コードネーム」として頭に入っているので、
それが名前とリンクしないのだ。
最近は
苗字と名前を聞くことは諦めて、
「通称なに?」ということで
コードネーム・ニックネーム一本やりで
覚えようという努力はしていて、
それは、それで、
ややこしいニックネームだと
海馬にカスりもしない。
そもそも親友や恋人の名前でさえも
何度も間違っているわけだから、
これは、もう遺伝子的に覚えることが
出来ないと判断しても良いのではないかと思う。
そもそも、
認知言語学的に言うならば
「認知」する前に言葉が出ているわけで、
つまりは、反射神経的に錯誤が発生しているわけである。
言語学的に言うならば
シニフィエ(記号)とシニフィアン’対象)が一致していないのである。
むしろ、そこに接合性は必要ないと思っているからかも知れない。
なぜなら、呼び名とは、往々にして
「オプショナル」であり、それがなくても話は通じることがある。
つまり、ある話の中で人の名前というのは
そのコードが何であれ、「文脈」から把握することは
難しくないからである。
もっとも、確かに、そこからほころびや誤解が
生ずることは多いにあるが、
しかし、「効率性」を重視するか、あるいは
「正確性」を重視するか、という場合に
折衷するとしても、どちらに重きをおくかによって
その誤差を想定の範囲内に収めることが出来るならば
速度を優先するのも、ある種の合理性を持った
対応であるように思えるのである。
すわなち、私の場合
「名前」を絶対に間違わないようにしゃべるならば
話がいっこうに進まないのだ。
よって、ある程度の間違いは許容するにしても、
そのまま突っ走るほうが、パフォーマンスは高いと
主観的に判断しているわけである。
で、何が言いたいかというと
名前を覚えることができないということの
言い訳をしたかっただけ。
投稿者 kaz : 04:21 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月06日
余計なものは要らない
傾向として
合理主義者というか、
効率至上主義的なところがあった。
だから、遠回りとか、
冗長なものは苦手だった。
それゆえ、ロシア文学も苦手だったという
三段論法も可能だが、ここでは、述べない。
ちなみに、このパラグラフは遠回りである。
たとえば。
例えば、推理小説。
推理小説では、風景描写なんて
必要なかった。
そんなのは純文学に任せておけばよい。
推理小説では、適切な謎の提示と
回答さえあればよかった。
しかし、往々にして、推理小説の大半は
余分なもので出来ている。
そんなのを、カッ飛ばしていたから
速読できたのかも知れない。
オッカムのカミソリが私の
人生指針であり、基本原則だった。
「現象を同程度うまく説明する仮説があるなら、
よりシンプルな方を選ぶべきである」
だから、レストランで食事を
選ぶのも、とても大変だった。
いかにシンプルたれ、という原則に従えば、
「白飯」が、ベストソリューションだからだ。
それゆえに、今も、飯のオーダーは
優柔不断である。
これは、エクスキュージョンであり、
蛇足である。
さて、そんな推理小説の骨格だけを求めたとしても、
別のジャンルには、またある種の遠回りを
求める傾向があるのは
反証として、認めざるを得ない。
例えば、村上春樹を読んでしまうわけだが
彼は「オプショナル」な修辞法で満ちている。
いわば、シンプルではない。
それでも、その「余り」に惹かれてしまう。
これは分析するに
その余りがメインになっているからこそ、
の構造である。
すなわち、本筋たる「ドラマトゥルギー」が
余分な存在として存在してしまうのだ。
だから、ノルウェイの森の最後が
仮に直子が生きていようと、いましと
どちらでも構わないし、
スプートニクに至っては、
あの電話が夢であろうと、現実であろうと
どちらでも構わないのだ。
人生も、
the simpler, the better the life
という按配になるのだろうか。
昔はそう考えていた節もあるが
最近では、人生はそもそも
「オプション」であるゆえに、
人生から無駄をそぎ落とすと
何も存在しえなくなるのではないか、
という存在論に関わる疑問に気づいたため
深く考えるのを辞めた。
でも、やはり
世界から余分なものを取り除くと、
ありとあらゆるものがなくなって。
最後に残るのは
なんだろうと考えてはみたけれど、
ヒトサマよりも、とりあえずサボテンのほうが
地球に優しいという意味で
残るのだろうと思った。
投稿者 kaz : 05:16 | コメント (2) | トラックバック
2006年04月05日
エンドルフィンを放出させる海外の美術館・博物館 12 上
12シリーズ。第8弾。
今回は、これが「エンドルフィンを放出させる海外の美術館・博物館 12」
ということで、すなわち=今回は、
「美術に、そんなに詳しくもないの素人が
えらそうに寝言を語ってみせよう」のコーナーと化しています。
・2005年、原田の脳髄を刺激した小説12冊
・原田の股間を刺激した漫画12冊
・涙腺を亀甲縛りにする青春映画12本
・90年代後半の青春を彩った音楽12曲
・最強の現代青春小説 12冊
・青春の時間を奪い去ったRPGゲーム 12本
・12人の天才たちのエピソード 前編
・12人の天才たちのエピソード 後編
ちなみに調査母体は
海外の50前後の美術館・博物館。
圧倒的に美術館が多かったけど。
多くはないけど許して。
番外として
個人的趣味で、とてもよかったのは、下記。
野口英世記念館:アクラ:ガーナ
#ほんの一室。でもアフリカで見れるなんて。行くのに大変だったけど、
なぜか泣けた。おかあちゃんからの手紙が凄いんだってば。
森鴎外記念館:ベルリン:ドイツ
#春樹のドイツ語の冊子が謎に売っていた。
ちょっと解かりにくいところにあった。
ジョイス美術館:ダブリン:アイルランド
#ジョイス先生。ひとつの家で展示。客は少なかった。
ダブリンにはこのために行ったようなものだ。
ドストエフスキー記念館:サンクトペテルブルク:ロシア
#英語の解説があって助かった。
「賭博」関連の解説が多かったように思う。
Tシャツまで売られていたのは興ざめ。
ミュシャ美術館:プラハ:チェコ
#素晴らしすぎる。アールヌーボーの雄。
アルフォンス・ミュシャと永遠の名作たち、アール・ヌーヴォー、パリ、プラハ、ミュシャ美術館、モラヴィア、チェコ、mucha、alphonse mucha
ただでさえもプラハは、ダンスとか舞台で素敵なのだが、
ミュシャがあり、さらに号泣。ビデオまで流してくれていた。
マウスパッドやカップまで買ってしまった。
そしてプラハは
なんとカフカまで生んだ町である。なんて、ファンキー!
嗚呼、矢もたても貯まらぬじゃ。
思わずカフカTシャツまで買ってしまった。
あと、中東(アンマン)で出会ったプラハ人と、偶然、道端で再会。
■12位 ブリュッセル王立美術館:ブリュッセル:ベルギー
ベルギーには、ここに行くためだけに寄った。
案の定「しょんべん小僧」は、見るバリューゼロ。がっかりしすぎた。
※世界三大がっかりの1つが「しょんべん小僧」
ここでは、シュルレアリスムのマグリットが大量に存在。
ここはそれにとても強くて、デルヴォー、ヒエロニムス・ボスなどもあり、
狂喜。ちょっと個人的趣味入った。
■11位 アムステルダム美術館:アムステルダム:オランダ
天下のフェルメール。
数少なし天才。
その美術館。
てか、アムスはオシャレ。
さすが、かっとんでいる町。
ゴッホ美術館もあるし。展示も押さえ気味で美しい配置だった。
あとレンブラントの「夜警」は教科書で見ていたよりも
ずっと大きかった(この美術かんだったような気がするが、記憶が曖昧)。
■10位西洋美術館:ブダペスト:ハンガリー
広場の一角にそびえる美術館。
でかい吹き抜けが印象的。
エルグレコ、ルーベンス、ラファエルなどなど。
宗教画にも強し。
蛇足だけど現代美術館は
小さいけど、アバンギャルドでよかった。
映像駆使。
ちょうど、鳥がTVの中で延々と飛んでいる映像とテレビが
あって、それを、必死で見ている小さい女の子が印象的だった。
街中にあるのでアクセスも良い。
■9位 Neue Pinakothek(ノイエ・ピナコテーク):ミュンヘン:ドイツ
ゴッホ、ゴーギャン、ドラクロアなど(日記参照)
クリムトもいらっしゃいました。
確か、向かいにも巨大な対となる美術館があった記憶が。
現代美術館。
名前がこれまたイカス。ピナコテークですよ。
ベルリンのテクっている美術館も素敵だったけど、名前でこちらに一票。
なぜか、ポップアートに強かったベルリン。ウォーホールが大量にあった。
■8位 Uffizi Gallery:フィレンツェ:イタリア
ボッティチェリの「ヴェーナスの誕生」をどうしても見たかった。
観光客多し。プリマベーラも素晴らしい。
イタリアでは、バチカン博物館が評価されることが多いが
アートは、やはりこちらが強い。
ウフィッツィと読む。
■7位 サンパウロ美術館:サンパウロ:ブラジル
数は少ないが質は高い。
ラファエロ、レンブランド、ヴァンダイク、ルーベンス
モネ、ルノワール、ゴッホ、セザンヌ、ゴーギャン
ロートレック、マチス、エルグレコ、ピカソなどなどそうそうたる顔ぶれ。
ちなみに一番感動したのは
ヒエロニムス。シュルレアリスムのぶっちぎりさきがけ。
ちょうど、その話を、アルゼンチンで再会した方にお話したら
共感して頂いた覚えがあり、印象深い美術館でもある。
■6位 プラド:マドリッド:スペイン
マドリッドのMuseo Nacional Centro de Arte Reina Sofíaも良い。
ヨーロッパ三大美術館だそうだ。
スペインでも、画家は多く生まれている。
エルグレコ(ギリシア人でスペイン移住だったっけ?)とか
ベラスケスとか。
国立ソフィア王妃芸術センターも素敵だが
プラドは、なんせ「ゲルニカ」があった。
最近、日本にきてたよね?
投稿者 kaz : 06:10 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月04日
文房具
文具が好きだ。
確か、小学校のころから好きだった。
MONO系雑誌や、ブルータスでも
まれに文具特集をしていた記憶がある(嘘かも)。
ともあれ、以外に文具好きな人は多い。
特に男性に多いような気がする。
鉛筆のこだわりから始まって、
それこそ、ハイテクな宇宙でも書けるペンや
万年使える万年筆に惹かれたりと
興味の対象は問わない。
日記だって、
毎年リフィル式のを使っているとは言え、
春先に、ハンズなどに並ぶ手帳を見ていると
わくわくする。
無駄に二冊目を買ってしまったりする。
ボールペンも、
こだわりが出てくる。
個人的には、100円のペンでも問題ないのだが、
太さは、0.5ミリじゃないと嫌だ。
妥協できても、0.7.
そして、グリップもシャープでなければいけない。
個人的には万年筆も好きなのだが
使う機会が、難しい。
シャーペンは
もう数年使っていないような気がするが、
今でも小学生はシャープペンシルなのだろうか。
ロケットペンは逆に
最近、よく目にする。
あと、ノリが好きだ。
スクラップを大量にするので、
ノリにはこだわる。
やはりトンポのノリは優秀だと思います。
そして、リーマンといえば
クリアファイルですよ。
ええ、バインダーですよ。
ファイルですよ。
たった1つのファイルのために
ロフトで1時間も悩めるわけですよ。
そういえば、
アメリカではよく見かけた
2つ折のファイルで、ゴムひもでとめる奴が
日本では、いまはほとんどない。
あってもマジックテープ。
先日、港区の文具屋をあさったが
全部、「入荷してないなあ」ということだった。
しかし、以外にハンズの新しいDSラインが
それに似たものだったので、それを購入。
あと、胸に挿すペンっすよ。
こだわりは。ええ。ええ。
とめどないので、この辺で。
ちなみに文房具を登場人物たちに配した
筒井康隆大先生の「虚航船団」は、マストバイ。
ガルシアマルケスなみの壊れっぷり。
新潮社 (1992/08)
売り上げランキング: 70,172

素晴らしき虚構想像力
大好き!
完全変態さなかの羽濡れアレキサンドラトリバネアゲハ
投稿者 kaz : 06:35 | コメント (4) | トラックバック
2006年04月03日
クリッピングな朝
クリッピングを整理していた。
■男前は空気よめない?
30代女性会社員の気になるニュース:ハンサムだと、空気読むスキルが磨かれないことがある - livedoor Blog(ブログ)
こういう男の人は明かりのあるところでのコミュニケーションにおいて、
マグロでも女はいくらでも寄ってくるのだ。
凄いロジックだけど、とりあえず、おもしろかった。
■ブログの収益
あなたがブログを始めると、どれくらい儲かるのか計算してみよう
月間PV×CPM×0.001で、一ヶ月の大体の利益(ドル)が割り出せるらしいです。
ほー。
■体内時計
Dr.米山の活脳塾 嫌なことを長く感じるのは脳の中の「体内時計」のせい - nikkeibp.jp - 健康
タイミングが重要なのは同意。
■携帯はツールではない。
日本人にとってケータイは“自我の一部”
だそうです。
で、
元来“ツール”であるべきものが、“自我の一部”になってしま
ってると。
ふーん
そして、日本の若者に「メル友はいるか?」と尋ねると、ほとんどの若者が「いる」と答えます。
オーイ、ソースはー?
■18切符
青春18きっぷ1日分でどこまで行ける? - [鉄道旅行]All About
こういう阿呆なこと好きです。
■タイムトラベラー
西暦2036年からのタイムトラベラーが出現!? [ GARAKUTA ICHI ]
2010年 中国の台湾・北朝鮮・韓国・日本併合化
あと5年ですな。
投稿者 kaz : 06:23 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月02日
写真とカメラと春ですね
写真関係のまとめエントリーです。

少し前、一眼のデジタルカメラを買った。
Nikonゲットである。
D70s。
デジタルじゃない一眼は、Canonだった。
デジカメは使っていたが、一眼ではなかった。
やはり全然違いますね。
素人なので、詳しい違いはわかりませんが、
アウラ的なものが。
そんなこんなで写真撮影にはまっているわけですが。
#追記
一応言い訳しておきますが、ド素人なので、
そこはご寛容をば。さらに言い訳すると
奇麗に取りたいというパッションよりも、
何をとるかというパッションのほうが強いかんじ。
■
あと、1年弱前から
某方とこっそり、こんなブログをしています。
Flickrの気に入った写真を、紹介系。
Flickrの写真のライセンス形式が特異だからこそ出来る芸当。
(著作権的にひっかからないということ)
前は言葉つけてたのだけど、手がまわらなくなった。
でも、こういう写真を見ると、
もうなんというか、写真の力に感動するわけです。
蛇足だけど
Flickrの犬の写真だけを公開している
こんなブログも。
他にもサンセット限定とか
近代の遺産限定写真ブログとか
色々あってFlickrは楽しめます。
■
あと、田口さんの日記などか何かで拝見した
この写真。
圧倒的・・・
桂林
■
あと、どうでもいいことですが
僕のブログで使っている、下記のようなポラロイド風写真は
著作権の都合上、僕が撮影した写真であったりします。

あと、写真はFlickrにガシガシUPしていますが、
SNSの利点を生かして、友人まで公開の写真も御座いますので、
もし、Flickrしてはる方、いらっしゃったらリンク頂ければ、これ幸いです。
■
おまけくらげ
投稿者 kaz : 15:29 | コメント (2) | トラックバック
2006年04月01日
SO902iを購入

ついに、SO902iをゲット。
購入してから数日が経ったが、特に不満もなく
愛用。でか、溺愛。
わたくし、携帯は、SONYモノしか使わないのだ。
MOVAは、SO505だし(もらった)、
AUもソニーエリクソンのジョグダイヤルである。
文字入力が強い。
しかし、ボタンが小さめで、505からの移行だと
打ち難い。
ボディはシャープ。
「見開き」ではないので、一動作が省略できる。
ただ、僕の性質として誤ダイヤルをしてしまいそう。
そんな僕のために「いつでもロック」機能がある。
背骨が曲がった感じが可愛い。
赤外線も、お財布携帯機能も、カメラも問題なし。
ただ、処理速度が少し遅いような気もする。
5年前のFOMAを使って電波の最悪具合に
辟易していたのだが、大分改善された模様。
ただし、今でもMovaとのDual対応で乗り切る。
プッシュトークを、使いたいのだが、
周りで、902を利用している人がまだ少なしで、使えない。1度5人でやってみたい。
カンケリとかしながらだと良いのではないだろうか。
そういえば、携帯メールでのおすすめサービス。
・月形半平太メールサービス
ここに登録しておくと、
雨が降りそうなら、2~3時間前に携帯メールで教えてくれる。
朝に、その日の天気を教えてくれる機能もある(予報)。
素敵。







