« すごい彼氏をつくる方法 2 | メイン | 東京タワー »

2006年02月24日

血を流す、ということ。

bili.bmp


このエントリーに感銘を受けたので、衝動的にポスト。

春樹は言う。

血は流されなくてはいけない
 と。

最近、よく目にする言葉としてリスクというものがある。

はてなによると、


資産やインフラ、プライバシーなど、価値を有するモノの一部または全部を失い、結果として損失を出す可能性。

ということ。

しかし、
この言葉も、政治的リスクや、株でいうリスク、経済用語のリスクなど
ある程度、幅を持った言葉では、ある。
 もっと平易に、英語の直訳としての「危険」という語として使われることもある。

Googleニュースでも、様々な言葉にリスクがくっついている。
Google 検索: リスク

法的リスク、食品リスク、インフレリスク、セキュリティーリスク。

個人的な解釈では、
「可能性の幅」という認識である。
これは、普遍的な意味での解釈である。

つまり、例えば、
「イスラム圏にビジネスを拡大するには、宗教リスクが存在する」
といえば、
「宗教による危険性」というRiskの直訳よりもむしろ、
「宗教が原因による不確定な可能性・選択肢が閾値を越えて大きい」というニュアンスである。

よって、リスクは限定的、という場合は
「可能性の触れ幅が、分水嶺を越えることはない」というような意味であろう。
個人的な解釈で言うならば。

それを踏まえて、
「ハイリスク・ハイリターン」という言葉。

昔から言われている言葉だ。
「虎穴にいらずんば、虎子を得ず」と同じで。

つまり「大きなリターン(利益)を得ようとするならば、
危険性を取る」というのではなく
「「大きなリターン(利益)を得ようとするならば、
触れ幅の大きいものに投資せざるを得ない」という解釈である。

ゆえに
「ローリスク・ハイリターン」は、投資のベストチョイスだと考えられるが、
この場合は、「平均より上の触れ幅(可能性)が大きく、
かつ、下への触れ幅が小さいもの」を意味する。

しかし、おおむね世の中の選択肢
「振り子」を動かしたときに上と下への触れ幅が同じであるように
リスクは、きちっとリターンに対して、すべからく存在するものである。

これは原則として、ではない。
原則としては、ローリスクハイリターンはいくらでもあるハズであるが、
実世界では、相対的に少ない。

よって、我々が何かをする際に
「ハイリターン」を願うならば
「リスク」を容認せざるを得ないわけである。

それは株とかだけではなく、
労働力の投資や、自己投資など、あらゆる投資を含む。

具体的に言えば
「アメリカ留学」に行って、英語を学ぶならば
リターンは大きい「可能性」はあるが、
多大なる費用、帰国してしまう可能性、事件事故などの可能性などの
リスクを知らなければ行けない。

言うならばそういうことだ。

故人たちはこう言った。


戦争論のクラウセビッツは言う。


血を流すことをいとう者は、それをいとわない者によって、必ず征服される


サンテデュクペリは言う。


 自由とは、いずこかへおもむく「ある人間」に関してしか存在しない。
 その人間を解放しようとすれば、彼に渇きを教え、井戸に向かう道を辿らせなければならない

ココ・シャネルは言う。


ただの人じゃなく、ひとかどの人物になろうとすると、
ずいぶん沢山の人が離れていってしまうものよ


そして、若者にとって
最大の投資というものが
「時間」である。

某FPが言っていた。


若者は、時間という武器を最大限に使えるのだから、
ファイナンスについて、もっと知るべきだ
と。

時間の持つ力は強い。
例えば。

ヤフーの株主は億万長者、こんな可能性のある銘柄は? - [株]All About

1997年にYahoo!の株を、150万で買っていたならば、それは今は2億を越える。

また、こういう有名な話もある。

コラムバックナンバー NO.25

アメリカのマンハッタン。
この島は1624年まで先住民のものだった。
しかし、新大陸に渡ってきたオランダ人と約24ドル相当の品物と交換した。
もし、この24ドルを、当時から営業していた、ロイズ銀行に預け複利運用すれば、
今はどれくらいの金額になったか、というものだ。

驚くなかれマンハッタン島とその上にたつ、
あの世界同時多発テロにより破壊された世界貿易センタービルや国連本部、
ウォールストリートなどの超高層ビル群、マンハッタン島丸ごと買える金額になりました。

というものだ。


つまり、
つまりは、だ。

若者にとって、何もしないことが一番リスクが大きいのだ。
つまり「ハイリスク・ローリターン」の典型だ。

失敗すれば、それが糧となる。
失っても、また取り返すことが出来る。

Nikeは言う。

Just Do It!

投稿者 kaz : 2006年02月24日 21:44

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.kazlog.jp/mt-tb.cgi/4783

コメント

うう。身にしみます。

その文脈でいうならば、
何かからの逃走としての自由ではなく
何かをする権利としての自由、ということもまたありますね。

そして究極、
失うことができるようなものなどに執着してはならぬ、
と思う次第。

Nikeの標語を、反語的に表現するならば。
■今一度おなじことを未来永劫に繰り返したいか?
 by Nietzsche

投稿者 uran : 2006年03月02日 00:21

>何かをする権利としての自由、ということもまたありますね。

新大陸系自由ですね。
個人的には、やはりこちらが気になる自由です。

Nietzscheの言葉良いですなぁ。
なんか、その警句が胸に刺さります。

コメントありがとうございます!

投稿者 原田 : 2006年03月02日 06:18

コメントしてください




保存しますか?


 
EDIT