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2005年02月19日

アカデメディアとライブドアと高倉健の共通項

なんつーか、あれですね。
雨ですね。

さて、アカデメディアがどーんときました!
三月5日。
要チェキです。

アカデミーヒルズ萌えー
Yahoo!萌えー
原田も参加しまくりまくりまくりで、くんずほぐれつです。

ちなみに前回は、すんばらしいお土産をもらいました。
ストラップは今でもついております。

http://blog.academedia.jp/?eid=88543


今日は渋谷で、イケメン代表共和国な人に会ってきました。
あと久々にブックファーストで、本をバルク買い。
重たい。

結局、かえってamazonで買い足すのだけれど。
ドデスカデン。

その後、渋谷でT杉が、プロレタリアート的労働が
終わったらしいので、捕まえて、夕食を食ったのだが
人生のスタンスの違いの話で、血で血を洗う論争になり、
まさしく時代は世紀末であり、朝まで生ライスである。

あとさー、聞いてくださいよ。

今日、高倉健と見詰め合ってしまった
時間は13時ごろだったと思うのですが、
ええ、本当です。
ええ。

今日はたまたま昼に走っていて
芝公園から、かえってきたら
家の近くのガソリンスタンド通ったんですが
もうモウレツですよ。
なんというか、ハレンチ学園。

そのGSから、
ゴーストスイーパー的見地から言うとですね
高倉健兄がですね
黒いベンツィで、バッスンバッスンGSから
転げ出てきておりましてですね、
わたくしとしては、もうどうしていいものかと。

目がそらせず、呼吸を止めて一秒
あなた真剣な目で、どですかでんですと。
いやー、いいもんみた。
兄貴だった。萌えー
※高倉健は萌えません

さて、例の話題。

今回のLの動向は、メディアに興味ある者として、
それなりには追っているつもりだが
一番パンチのある記事は、これだった。


江川紹子ジャーナル ~ 社会のこといろいろ ~

私が昨年12月6日に堀江氏にインタビューをした際、 彼は次のように断言している。 「新聞とかテレビを、我々は殺していくんですけど、 自分たちが(新聞やテレビを)持ちながら殺していった方が、 効率がいいかなと思って」

 彼は、意識的に「殺す」という刺激的な言葉を選んでいた。40分ほどのインタビューの中で、同じ言葉はもう一度出てきた。 

「(新聞・テレビなどの既存メディアが)殺されるのは間違いない。
どうやって延命しようかってことばっかり考えているんですよ」
 


ぜひとも一読をおすすめする
非常にクリアーで読みやすい。

この記事によると、政治学的見地から見ると
堀江氏は
既存の権威(マスメディア=テレビなど)を取り込み
L自体に権威付与をし、その権威の中で
アンシャンレジームをぶち壊すという非常に
アクロバチックな行為を狙っているわけである。

その布石として、市民記者や、
ニュースのバリューの一元化という
社会学を学んでいる者としては
腰が抜けるような無茶なランキングを行おうとしているわけである。
完全にユーザのニーズだけから
参照されるニュース。

ある種、「お父さんのためのワイドショー」のような匂いもある。
メディアコムで、ワイドショーと政治や
キャスター報道を見てきたものとしては
なんつーか、すべてを無化されるわけである

完全に視聴率至上主義、
いわば、ジャーナリズムの破壊である。

非常に興味深い試みである。
個人的には、ビッチの考えだなあ、という感慨はあるが、
しかし、その試みは評価しうるものであろう。

堀江氏のスタンスを演繹すれば
国際政治のパワーゲームでさえも
非常にロジックが変わってくる。

なぜなら、国際政治の意思決定において
政府内政治理論を用いれば
個々の状況から見た決断が下されるわけであるが、
それは往々にして、世論の影響が大きい。
その世論が形成されるのは、一般的には
マスメディアによってである。
そのマスメディアが、論点をユーザのニーズだけに絞っているわけだから
必然的に、演繹すれば国際政治の意思決定も
ソースが変わってくるのである。
なぜなら、ユーザ、ここでは国民だが、
それというものは、情報弱者というのは、通からである。
それこそ、こないだのノーベル賞にあるような
情報の非対称性は、マスメディアにおいても
もちろん起こっているわけで、
そう考えると、情報弱者が情報を決めるということになる。

もちろん、これは民主主義制度のはらむジレンマと同じではあるが。
つまり、国民の選挙によって大統領が決まるとするプロセスでは
国民は、十分な知識を持ち合わせていないという前提になる。
それゆえに、トクヴィルだか誰かが提唱した
新民主主義的スタンスが必要になってくるわけだ。
 つまり、国民は政策を選ぶのではなく
あくまでも代理人を選ぶというものである。

これをメディアに当てはめることもできよう。
情報弱者である国民は、何を見たいかの十分の知識を得ることはできないのである。ゆえに、どのメディアを信頼するかどうかを決めるのが妥当である
というロジックである。
これこそ、まさに「権威」論の真髄なわけであるが
これがコスト最良のソリューションなわけで、
これが現状なわけだ。

ぴんとくるであろう。
朝日と読売の違いというのは、
報道記事の違いではなくスタンスの違いである
読むほうも記事を読むのではなく
新聞を読むのである。

それを、堀江氏は破壊しようとしている。
つまり、簡単に言えば、
国民に政策を多数決で決めさせるようなものだ。

so wahat do you say?


今日の本

これが働きたい会社だ  社員が教える企業ミシュラン
渡邉 正裕
幻冬舎 (2004/11/11)
売り上げランキング: 2,852
通常24時間以内に発送
おすすめ度の平均: 4.67
5 けっこうあたってる。
5 4年生
5 就活に是非。


世の中が就職活動ということで
なんとなく企業研究ということで買った本。

まあ、ありじゃないっすか。

でもねー、なんというか
企業を見ても、まず、そこで働いている友人や先輩の顔が
出てきて、「ああ、彼の会社か」と認識してしまう罠。

ただ、これで、色々違いがわかった。
たとえば通信とか自動車とか内部がわからなかったんだけど
ああ、そういうヒエラルヒーがあって
給与体系で、インセンティブで、みたいなものが
とりあえずこの本が提示する部分としては理解できた
真実かどうかは別として。

投稿者 kaz : 2005年02月19日 00:26

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