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2005年02月18日

月を取りに行け たとえ取りそこねても、そこから星を目指すことが出来る

今、ビジネスにフロンティアはあるのだろうか。

おしむらく、考えたこともあるかと思われる。
たとえば、今、Livedoorやサイバー、楽天などの
ネット企業の勃興を見るにつけ、
ネットの世界で大企業をつくるのは、もう無理だ、と
考える人もあろう。
 ニッチでは、可能かも知れないが、
M&Aの嵐の中では、もうSONYをつくることなんてできないよ、と。

思えば、歴史とは、まさにそのような歴史だった。

新しいビジネス、新しい世界、新しい需要が生まれ、
そして、淘汰され、その上に新しい波が生まれた。

考えても見たまえ。
どの世代においても、一線を越える人たちはいるのである。

今たまたま、BOSSがあるので、そこでのデータを活用すると(敬称略)
第一世代
孫(ソフトバンク)南部(パソナ)澤田(HIS)
第二世代
三木谷(楽天)新浪(ローソン)ユニクロ(玉塚)
第三世代
堀江(L)藤田(サイバー)
こういう人たちが、飛びぬけた人たち(らしい)。

ちなみに、第四世代になるかどうかわからないが
ネットレイヤーでみると、
家入(ロリポ)内藤(ドリコム)などをちらちら耳にする

ともあれ、どの世代にも、ないし、どの世界にも
そういう人々は居るのである。

つまりは、たとえばビジネスの話に移れば、
今後、第二、第三のSONYになる会社は
どんどん生まれる可能性は秘めているのである。
(SONYを比較対照として適切かどうかは別として)

無論、やりやすさやリスク幅で見れば、時代における
違いは出るが、それは結局、どのレイヤーで見るか
変わるだけである。

すなわち、たとえば、ネットで一発あてようとする者は
少し前より今後は、可能性が低くなる。
コンペティターが増えるからである。

しかし、逆に、そのような流れはいつもあるのであり、
少し前だと、広告やコンテンツなどの、第四業種(コミュニケーション業)
がその流れであったし
その前は当然、第三業種(サービス業)であり、その前は第二である。

つまり、今は、第四の中でのネットの世界のフロンティアが開拓されているだけであり、
その先は、無限に広がっているのである。

一般的に言われているのは
バイオや、宇宙などの分野、あるいは中国、BRICSなどの
世界などが、今後が開拓される金山であろう。

考えても見たまえ。
宇宙ビジネスを。
堀江云々はともかくとして、
その世界が、リアルになるのは、わかっているのである。
ピンとこないだけだ。

ちょうど一昔前、
「インターネットなんて」
「ユビキタスなんて」といっていたのと一緒だ。

その世界は、訪れるのである。
望もうと、望まぬとも。

「宇宙船の中での食料」
「月の重力を利用したアトラクション」
「宇宙船でのネットインフラ」
「宇宙栽培の小松菜」などなどのビジネスが
50年後は、デファクトになっているのである。

少し前のネットの世界に飛び込んだ人々は
それに気づき、跳んだだけなのだ。

今、宇宙を出したが、
宇宙だけではない。

たとえば、法律の流れを見ればいい。

たとえば、日本は今後移民は避けられない。
可能性としては、日本の人口の半分が移民だという可能性を
検討すればいい。
そこには、無限のビジネスチャンスがあるだろう。

あるいは、世界はグローバル化しているといわれるが
まだまだmだmだだmだmだmだdまである。
本当のグローバル化が進めば、
世界は、また別の様相を見せる。


まだ見ぬ世界が、そこにはあり、
そして、今、動いている誰かがそこにはいる。
あるいは、そこで眠っていて、いま起きようとしている。

これから、どんぴしゃ(dead on)の時代が始まる
全員がコンペティターとなるのである。


それこそ、原田が「帝国」などを読んだりして
考えている200年後あたりの世界なわけだが。
ゆえにブランド国家論を検討しているわけだし
国をつくるといっているのである。
その世界は、必ず訪れるのだ。

私自身の展望も、末筆ながら、語らせてもらおう。
私は、大体30年後にフォーカスを当てて動いている。
30年後、自分がどうありたいかをベンチマークとして、
いま、動いているのである。
 国を作るのは、150年から200年のレンジなので、
それに焦点を当てるに、ささか難しい。

特に最近、まわりが就職活動でかしましい。

Think

周りを見ると、外資、マスコミ方面の友人が多い傾向にある。
そして、もうひとつのクラスターが、ベンチャーである
彼ら、彼女らは本当に勇ましい。
行きたいところにどこでもいけるような実力を持ちながら
ベンチャーを選んでいる。
そのチャレンジングは、格好よいなあ、と心底思う。

文美も以前ブログで言っていたが、
リスクをとる人間は、文句なく美しいのである。

無論、主観である、一般論ではない。
ただ、リスクをとる、というのは
その不確実性にbetするということであり、
いわばギャンブラーである。

いかにヘッジしようとも、ボラタリティを減らそうとも
リスクというのは、不確実性である以上、
限定的とは言え、high risk、high return
easy come, easy goの世界が原則である。

さて、20年後、もっともcoolな業界はどこかしらん。

ちなみに、この場合、一番リスクを限定的にしながら、
リスクをとるやり方とは、
もっとも、確実性が高いときに、動けるように
その状況が訪れるまで、最大限の環境を整えることである。

つまり、「20年後ブレイクする」業界が見えるとき、
dead-onで動き出せる環境を整えるのがbestである。

あ、ちなみに、原田は
「就職するの!!??」と、よく言われるのだが
現状ではする方向である。

このまま自分で食っていけないこともないような
あるようなないような気もするのだが
まあ、いざとなれば肝臓でも腎臓でも売る覚悟はあるゆえ、
そういう意味で、己の足を食ってでも生きることは
できると思うのだが、
20年後、鉱山をBingoさせるには、今、betするのは得策では
ないのすよ
もちろん、周りの意見、御師匠様の意見などのことも加味した
結果なので、それだけではないのですが。

射精も溜めれば、溜めるほど気持ちよいのと同じで
(例外とか限度はある)
エナジーは溜めれば溜めるほど、高密度になるわけですよ。

具体的には、人脈、ノウハウ、金、その他もろもろだろうけれども、
一番大きいのは、切羽詰らない状態が留保されるというのが
一番大きいのではないかと思う。

つまり、上にあげた色々ってのは、
独立していても、養えるわけですよね。
でも、しかし、独立していると自分で食わねばいけないわけだから
必死ゆえに吸収は早いかも知れないけれど、
切羽詰っているゆえに、視野が狭くなる可能性が非常に大きい。
10年後の10億の案件よりも、まず今月の1000万の案件の方を
こなさないとどうしようもないわけですから。

だから、バランスだとは思うんだけど
やはり、この死にはしない環境ってのは
視野的に非常に有用ではないのかと思うわけです。

また某氏に伺った貴重なお話として
「企業ってのは、人数の多さで、組織ががらっと変わる。
たとえば100人、1000人、万人で」
とおっしゃっていた。

そう考えれば、1万人の組織のマネージメントを知るってのは
今、組織に入るか、自分で作りあげるしかないわけで
そう考えると、今のタイミングってのは
組織を学ぶ上でも重要ではないかと。

また、私の大敬愛する
筒井康隆大先生のお言葉が大きい。
「小説家になりたけりゃ10年は社会で働け」
という言葉。

合点承知である。ふむ。

で、まあ、何が言いたいかというと、


いわく
「邪魔しないでください。僕らの事は歴が評価する」

投稿者 kaz : 2005年02月18日 01:00

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