« 寒い朝から、もうなんというか瞑想奔走 | メイン | 古書に埋もれた日々は遠くになりにけり »
2005年01月17日
至極寒い冬の日の日曜日の部屋の中で飲むteaの暖かさ
ドストエフスキーは言った。
かような極寒の朝に、 とりわけて日曜という日の朝に、 朝9時という時間に、新宿に就職活動のために 行かねばならないこと程の 悲劇はない。
まさに悲劇である。
今日は、P&GのMktgでした。
知った顔がチラほら。
まあ就職活動関係は、プライバシー度が高くなるので
名前は出さず。
GDの人多すぎ。12人くらい居たのでは?
とりあえず、その中で私服は僕だけ。
どんとこい。
寒い冬に、しかも雨ふってるゆーのに、
スーツなんか、着てられるか。
そういうことで、帰宅した後、
とりあえず寝る。
さて、今日は、そんなこんなで、
またも大学へ。
MWRには人が居た。スゲー。マゾか、あんたらは。
こんな雨の日に。
そして、連れ合いを再び、pick upして、
夕食。
久々にファミレスに行く。
大学の近くのジョナサンへ。
しかし、日曜の午後のファミレスの寂しいこと。
うらびれているというか寂れているというか。
物悲しい。
「物」が付くことによって、「悲しい」ということとどれだけ
差異化が出来ているのかわからないが
ともあれ、レストラン自体の発する匂いが寂しいのであろう。
静寂。
しかし、このファミレスっていいですね。
小説を書きたくなった。ファミレスだけで
完結する物語を。
現代文学でも、あまりファミレスは出てこないような気がする。
ちょうど対面の人は「アフターダーク」と言っていたが
他には、今思い当たるものでは、他に出てこない。
しかし、今、ファミレスは斜陽となり、
しかし、過去の古き90年代的な匂いを残した
この廃屋、しいていうならば、時代の忘れ物には
情緒を感じずには居られない。
原田の青春も、それぞれのタームポイントには
ファミレスがあったような気がする。
特に高校時代なんかはそうだ。
海の帰りのフレンドリーとか、
始発までのデニーズだとか、
モーニンを食べるためだけのウェンディーズとか。
特に「深夜」ってのは、ファミレスの枕詞かも知れない。
それくらいしっくり来る。
始発までの、あのファミレスの怠惰な空気。
そういえば、大学で東京に引越ししてきたとき
家に入ったのはいいが、布団がまだ届かず
2月だったので、夜がとても寒く、
寝れる次元ではなくて、朝まで、日吉のデニーズで
時間をつぶした記憶があるのだが、ともあれ、
そう考えると、大学時代も、それなりにファミレスを
使っていたような気がしないでもない。
誰かさんのブログでも、テスト勉強で朝までファミレスを
利用したとあるし。
ああ、そういえば、ファミレスってのは斜陽っていうのは
うそかしら。
いや、でも、ガストや、サイゼリアなどの比較的廉価なファミレスは
勢いがあるが、スカイラーク系列はしんどいみたいですね。
デパートの屋上の遊園地の匂いがする。
そうそう、イチゴを買った。
そもそも原田は果物はあまり食べない
林檎くらいか。理由は、目の前にないから、食べないというのが理由である。
マルチプルチョイスで答えるならば、物理的障壁である。
で、今日はイチゴの季節らしく
イチゴだったんだが、べらぼうに旨かった。
有罪。
本棚が雪崩を起こした。
現場
で、そんなこんなで日曜が終わったわけだが
テスト勉強をまったく進んでないのだが
あせらないのだが、これはいかなる精神的メカニズムだろうか。
とりあえず、Flashをガシガシ見ていました。気合だ、気合。
しからずんば、
今日のお風呂は、ミントです
昨日は檜でした。
そのようなものを人は幸せと呼ぶらしいです。
春樹ならば、小確幸、と呼んだものかも知れません。
投稿者 kaz : 2005年01月17日 01:37
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.kazlog.jp/mt-tb.cgi/1297