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2005年01月30日

平和の国だからこそ。


こんばんわ
和英です

そういえば、原田はよく
「ぬるい」という言葉を使うのだが
これは、どこか局地での流行語?

多分、誰かが使っていたんだとは思うけど
わらない。

ただ、昨年来の流行語である。

「ぬるいよ」
1日数回は、言っているような気がする。
よかれ、あしかれ。

で、まあ、いいや。

今日はテストだったどん。
馬田の国際政治経済

馬田だけに、馬らしく
先行逃げ切り。
どんとこい。

しかも、持込すべてOKなわけで、
これはもう、穴にスタックしたデブのプーさんを
後ろからブロウジョブするくらいeasyなわけだ。

 共通のマテリアルと、マニアックマテリアルの融合。

ともあれ。

今日ね
三田の桜田門通り沿いに出来た
サンマルクカフェ寄ったんですよ
でね、クロワッサン買ったんですよ
 うまーかった。以上。
話広がらず。
 じゃあ、書くなっていう話だが
基本的に、消去だか削除なしの
ノンストップタイピングなわけで
どちらかというと
ノーモーションからの、ライトニングブロウ
 それに対する宮田君の電光石火のカウンター
しかし、この共通のマテリアルのメタファーの参照先がないわけで
非常にナンセンス。
あいーん。

まあ、それはともかく。

今日は、夜は渋谷にいってきたYO!
久々に電車乗った。
昨日以来。


あ、どちらかというと、間違えた
昨日のった電車が久々だった。
まあ、どっちでも似たようなもんだ
順不同。
工藤順
静 もえー


で、今日は、naoto君のブログで
すげいいエントリー発見。

あつい

!! Spike !!:"平和”という虚像


ある人は武器をすてれば“平和”がくるという。
しかし、例えばここに、エスノサイド、ジェノサイド、貧困、飢餓、レイプ、強奪などが
繰り返される丸で地獄のような国があるとする。

現在のダルフールのような状態である。
国葉腐敗し、もはや秩序維持の能力を有していない。
自分の持つ武器こそが愛する人を守る唯一の手段である。

彼らから武器を奪うことは命を奪うことと同じである。
あの緒方貞子は混沌とする現場に立ち次のように述べている。
「ここには食料が必要なんじゃない。武器が必要だ。」
武器をなくすことは当面は現実的ではない。

ある人は愛こそが“平和”を作るという。
特に世界で一番小さい国の代表はこれを力説する。
私も彼らの考え方は好きであるがこの考えだけには賛成できない。

今まで平和といわれる時代にはどれほどの血が流れたことか。
1648年に初めて国際秩序ができたとき、
それは200万人近くの死体の上に立てられた。

その後も然り。
“平和”はむしろ人々の涙と血の上に成り立っているようにさえ思える。

なるほど、彼らはこういうかもしれない。
「だからこそ目指すのではないか。血塗られた歴史を繰り返さないために。」

では、どれだけ我々はその崇高な目標を追い続ければよいのか。
その間にどれほどの血が流れるのか。
私はそんなに楽観的ではいられない。

そう、私にとって“平和”とは血と慟哭の上に成り立ってきたものという考えがある。
そんなに軽々しく言葉に出来るものではない。


勃起するくらい素敵なエントリーと思いません。
内容といい文章といい。
わお。
 いやー、今度、ゆっくりこの辺のお話しませうね。

で、僕も「ブランド国家論」を学ぶものとしては
平和は、クリティカルな課題なのだが、
しかし、同時に平和ってものの、いんちき臭さも感じるわけで。

例えば、ダールだったか、誰だったか忘れたが
そいつによる平和の定義は
「戦争のない状態」なわけで、
これはクリアーな定義だけど
一般的に言われている平和は「ぬるい」
あまりにもぬるすぎる。

で、この引用にもあるように
平和とは、血のあとにつくられている agree

しかし個人的には
「自由よ、そなたの名のもとにどれほどの血が流れたことか」
というスタンダール夫人だか、ポンピドゥー婦人だか忘れたが
なんたら婦人の言葉のほうが好きで
つまり、僕は、「平和」より「自由」にバリューを於く

よって、どちらかというと間違ったネオコン寄りなわけで、
さりとて、自民党を支持するわけでもなく。

しかし、そうそんなことはどうでもいいとして
なおと氏の掲げる課題、
つまり、平和とは、どのように構築されるべきか?
という課題は、非常にエキサイティングな難問なわけですが
やはり、ひとつは、地域比較政治の1つのテーゼである
「民主主義国家間で戦争はいまだ、おこっていない」という
暫定的事実は、非常に有効なのではないかと思う。

これこそ、原田が自由にバリューを於く意味なのだけど
もしかすると、自由とは平和とッ呼ばれるものの跡に
くる可能性もあるわけで、そうすると
月亭八方。

まあ、とりあえず今日はこの辺で。

国際政治、
勉強したくなってきた!

さがらさんとか、亮とかもアツイしっ
むきー。

投稿者 kaz : 2005年01月30日 02:47

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コメント

「平和とは壮大な夢である。どうすれば実現できるのか、手がかりさえはっきりとは見出せないような夢である。しかし今この世界のどこかで、人間としての尊厳を保つことさえできない現実に苦しんでいる人々がいる限り、平和という夢を捨て去ることは、決して許されない贅沢である。」


長いですがね、篠田英朗『平和構築と法の支配』っていう本の、
あとがきの言葉です。

投稿者 サガラ : 2005年01月30日 06:59

至極明言ですね。
 ぐっと来ました。
多謝

投稿者 原田 : 2005年01月30日 10:47

トラックバックありがとうございます。
何気なく見ていてびっくりしました。
こうやって自分のエントリーに呼応してもらってその人の意見を聞けるのは最高の贅沢ですな。
『「平和」より「自由」にバリューを於く』
すばらしい。今度是非鍋しましょ!

投稿者 naotoxic!! : 2005年01月30日 20:51

わおっ
ご丁寧にサンクスです。
これがブログの魅力なのではないかと思う次第です。
個別エントリーにTBできるってのもいいですよね。
うんうん、鍋しよー。
早く引越してきてねん。

投稿者 原田 : 2005年01月30日 22:26

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