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2002年11月20日
シュルレアリスム
「ちょいと粋なお姉さん、まっておくんな」
「なんぞなもし」
「ハンカチが落ちましたよ」
「ギャフン」
「おやおや、どうなさった?」
「大丈夫ですわ。ちょっと頭痛が」
「そりゃいかん、ちょいと見せてみろ」
「うーん」
「ああ、これは、ホオズキじゃ、ホオズキじゃ」
「なんと申されたか?」
「しこたま不味い。これは急がんと」
「ガンですか?」
「いや、gunじゃ」
「きゃー、なんてことをなさりまするの」
「失敬、失敬、取り乱してしもうたわ」
「なんのなんの。まだまだがってん承知のすけ」
「およよ、それはなんじゃ」
「これは、おむすびですよ」
「転がるのかの?」
「転がりませんわ?」
「なぜころがらん?」
「私の人生がころがってばかりだからですわ」
「なぜころがってばかりだ?」
「転がらなければ、苔が付きますもの」
「海苔か?」
「苔ですわ」
「蜘蛛の巣か?」
「カンジダですわ」
「それを言うならカンダダであろう」
「そうかも知れません」
「誰が言った?」
「何も言いませんわ」
「おかしいな」
「おかしいですか?」
「そうかもしれんな」
「そうかもしれませんね」
「違うかもな」
「違うかもしれませんね」
「やや」
「いかがなされましたか?」
「ややもって、はこたまわらん」
「なんのことやら?」
「まことに遺憾」
「ああ、それはいかん」
「そうですわね」
「そうともさ」
「よもさ」
「せっぱ」
「ああ、いずこへ」
「izukoとは?」
「昔の女ではない」
「どうかしら」
「人の過去なんて誰がいえよう」
「反語かしら」
「半魂胆ですわ」
「あらそうね」
「あ、ああ・・そうね」
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ピンク
[ ピンク ]
<前回までのあらすじ>
男と女はかれこれ、高校の友人であった。
男は、女にずっと恋心を寄せていた。
高校を卒業してから10年間ずっと。
それまで、自分に課した貞操を守り続け、本心を隠したまま「友人」の関係は続いていた。
逆に女は、男に不自由をしたことのない「女」であった。
同窓会の帰り、二人は帰路が一緒になる。
酔いつぶれた女を、男は家まで送っていくことになる。
女の家まで、男は女を運ぶ。
ドラマのように、酔いつぶれて立てない女を、女の部屋まで運ぶ。
<最終回; 男と女のラブゲーム>
「ほら、水を飲め。ここにおいとくよ」
陳腐な言葉は、女の部屋に虚ろに響き、観葉植物のための二酸化炭素に変わる。
女は、酔いつぶれた身体で、つぶれた声を出す。
「うーん」
「じゃあ、俺は帰るからな」
男は、そう言って、立ち去ろうとする。
「パルプフィクション」のミアの部屋に行ったジョントラボルタのように。
女は魔性。
よく言ったものだ。
「ねえ、気分が悪い。これ外してちょうだい」
女は、ベッドの上に倒れたまま、男に背を向け、そう言う。
まったく、腐ったドラマのような展開。
男は、戸惑いながら、女の背中をさする。
とてもぎこちなく、まるで、スイスの羊がロンドン橋を渡る時のように。
「気分がわるいの」
その言葉を、3回反芻し、男は女の上着を脱がせる。
上着と同じブランドのシャツがあらわになり、白いシャツには、薄くアンダーウェアの形が浮かぶ。
女の額の汗と同じように。
「まだ気分がわるいか?」
女の背中をゆっくりとさすりながら、男は、震えた声を出す。
さすっている指先は、機械的に動いているだけで、心は別のところにある。
女は、うなずいているのか、呻いているのか、あえいでいるのか。
苦しそうな呼吸を続ける。
男は、別の意味で苦しそうな呼吸をかみ殺す。
女は、自分でシャツのボタンを外す。
男は、その動作の一挙一動を傍観する。
右手は、女の背中でひらがなの「の」の字を描きながら。
その時、ベッドで仰向けになった女の手がベッドテーブルを弾き、水の入ったコップが、弧を描いて、女の上に、ゆっくりと落ちた。
男の溜飲とともに。
ぬれた女のシャツ。
ぬれた男のパンツ。
女は「冷たい」と、苦しそうな呼吸。
男は、「まったく」と義務的なつぶやきをしながら
水でぬれた女のシャツを脱がす。
自分の勃起を隠しながら。
下心を隠しながら。
長年秘めた思いを隠しながら。
上着とシャツを脱がされた女の上半身は、
酒で赤く染まり、水と汗で、じっとりとぬれていた。
男は、何も見ていないように努める。
昆虫採集の小学生が蜻蛉を捕まえるときのように、不自由に。
「苦しい」
女は、かすれた声を出す。
「くるしい」
声はかすれる。部屋の水槽の浄水機がコポコポと音をたてる。
男も擦れた声で問い返す。
「どうしたら?」
女は言う
「苦しいの」
男の長年の恋もさぞ苦しかっただろう。
そして次の女の力強い言葉で男は、足腰が砕けた。
長年の恋も砕けた。
「ぶっとい浣腸して」
苦しかったのは、ベンピだったとさ。
ちゃんちゃん。
2002/11/05(Tue)
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ペンギン
むかし、むかしあるところに
一匹のペンギンがいた。
ペンギンは、空を飛べず、
ただ歩き回っている。
時には、滑って頭を打つこともある。
ドリフの「あの音楽があれば」と思うこともしばしばあっただろう。
ただ、空を飛べないことは、少し悲しく。
生きるためには、食べねばならない。
人間はパンのみで生きるにあらず。
今日もペンギンは魚を探す。
一生懸命探すけれど
結果は付いてこない。
かれこれ、2,3日、歩き回っているけれども、
魚はいない。
彼の頭に魚は海にいるものだという意識はない。
魚は、エラがあって、変な顔だという意識しかない。
「てんぺいそくだなあ」とは思ったかもしれない。
でも、ペンギンはえさを探す。
人間の世話にはならない。
なぜなら、ペンギンは人間じゃないからだ。
エサを与えてくれる人に飛びつくということは、
彼にとってペンギンの放棄を意味した。
ペンギンは、たとい 空を飛べなくとも、
たとい 馬鹿とは言われようとも
ペンギンであることを誇りに思っている。
ガムの登録商標に使われようとも、
一向に気にしない。
人間のすることには興味がない。
しかし、腹は減る。
プライドだけで、人は生きるに非ず。
「でも私はペンギンじゃないものなあ」
とも思うが、その信念は捨てない。
いいものは、いいと言うのだ。
たとえ人間の言葉であっても。
友人のトサカペンギンは
「武士はくわねど 高楊枝」
と言ってたのを思い出す。
トサカを見て、こりゃ、ちょんまげは無理だな、
と思ったのを覚えている。
いや、実際のところ覚えていないのだが、
別に、そのこと自体は、彼の人生をなんら変えはしない。
ペンギンは、今日も道を歩く。
ひたすら歩く。
はだしだから、釘を踏むこともあろう。
豆ができることもあろう。
ただ彼はこのときほど「河童」でなくて良かった、と
思ったことはない。
皿なんて、割るためにあるのだ、と彼は考える。
昔は、空を飛びたいと思った。
高く空を悠々と飛ぶヒバリをうらやんだものだ。
美しいツバメを嫉妬したものだ。
美しい声のホトトギスに憧れたものだ。
なぜペンギンは歌にならないのだろう?
なぜペンギンは和歌にでてこないのだろう?
なぜペンギンは童話にならないのだろう?
そんな悩みが若いころは彼を苦しめた。
しかし、今更、悩んでもしかたあるまい。
私はペンギンなんだ。
空を飛べない生き物なんだ。
愚鈍かも知れない。うすのろかも知れない。
So WHat?
でも、そんなコンプレックスは
彼にある友人を作った。
にわとりさんである。
鶏も、鳥のくせに空を飛べない。
二人は意気投合した。
ただ、にわとりにはあの美しい鳴き声があった。
それが、ペンギンには悔しかった。
でもあるとき鶏が言った。
「でもこの声がうるさいって言われるときもあるのよ」
隣の芝生は青い、そんな言葉を思い返し、
隣の柿は青い、と考え、
隣のお姉さんは綺麗ですか?と自己問答した。
隣の客はよくばけらった、とよく解らない妄想もした。
ともあれ、
生きてれば悩むことは尽きない、という哲学を
メモに書き残した。
でもまた、翌日になれば
鶏が卵を産むことを知った。
なんて素晴らしいのだろう、と思った。
人間の役にたってる。
人から必要とされるのは、とても嬉しいことだ。
だから、ペンギンは、鶏をまたうらやんだ。
昨日、書いたメモのことなんて忘れて。
でも鶏は言った。
「でもあなたは、泳げるじゃない」
当たり前の事実に、あたり前の幸せに
人間は、サガとして気づかないものだ。
それがペンギンには当てはまらないと誰がいえよう?
ペンギンは今日もあるく。
なぜ山に登るのですか?
「そこに山があるからだ」
ヘンリー卿はそう言った。
ペンギンも今日もひたすら歩く。
なぜなら今日も、私は生きるんだ。
そこに山がなくとも、私は歩き続けよう。
魚が見つからなくとも、このまま餓死しようとも、
誰が私の生き様を拒否できよう。
立ち止まってはならぬ。
私はペンギンなのだ。
空を飛べない、歌を歌えない生き物なのだ。
自由よ、そなたの名のもとにどれほどの血が流れたことか。
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言葉
私は言葉を愛する。
どれくらい言葉がすきかと言うと、
程度の差はあれ、
英語、スペイン語、アラビア語、フランス語の授業を取っている。
勢いあまって、C言語、Javaまでとっている。
(計週13時間半)
HTMLも、まあそれなりに。
古文は「源氏物語」を古語で読めるし、イタリア語、ポルトガル語も、簡単な言葉だったらニュアンスも読める。
中国語とドイツ語は少しだけ齧った。漢文も読める。
昔の杵柄で、義太夫の「外郎売」もそらんじられる。
ソシュールもヴィトゲンシュタインもハイエクも、たいていの哲学や心理学は齧った。ジョイスを愛読すれば、カントも読んだ。
広告におけるキャッチコピーの勉強もしたし、倫理学もした。
言葉に関する蔵書は200を有に超える。
「禁忌の歴史」「差別語」「Eメールの書き方」「敬語」「言語起源」「散文」「詩」「比喩・隠喩・換喩」「発音」「英語関係」「テクニカルターム」「流行語」「韻」「言語デザイン」「記号論」「構造主義」
それくらい言葉が好きだ。
しかし、アメリカで色々思ったのだが、
やはり日本には、「言葉に出す」ということが、少ないように思う。別にアメリカ一番を掲げるつもりは毛頭ないし、日本の奥ゆかしき文化も好きだ。
確かに、人間のコミュニケーションにおける言語の役割は3割に満たない(確か)。
しかし、その3割が非常にクリティカルであることもあるのだ。
非常に重要なことだってあるのだ。
認知科学という授業をとっている。
認知言語学をする。
非常に興味深い。
認知言語学の底に流れる二元論は、人間だけがなぜ言語をしゃべれるかに集約されるように思う。
言葉を愛すれば、愛するほど、言葉は口に出せない。
しかし、言葉にしないと、どうしようもないことだってあるのだ。
黙ったまま死ぬこともできる。
しかし、それは「容易」なのだ。
黙るより、言葉にするほうが、どれだけ難しいか。
どれだけ辛いか。
どれだけ痛みを伴うか。
どれだけ怖いか。
言葉にすれば、それの全責任が自分にのしかかる。
取り消すことは容易ではない、確かに。
誤謬もあるだろうし、歪曲だってあるだろう。
どう受け止められるかは、相手次第である。
つまり、「言葉が通じる」というのは、つまるところ、共同幻想しかない。
それくらい、言葉というのは厄介なのだ。
しかし、同時に、だからこそ言葉があるのだ。
「愛する」という言葉があるのだ。
喋らないというのは、ひとつの方法だ。
ひとつの意思表示でもある。
ある意味、一つの言葉だろう。
しかし、たいていにおいて、
「喋らない」=「拒否」なのだ。
同じ言葉を喋る者は喧嘩をしないということわざがある。
なければ、今、僕が創ったのだろう。
しかし
イスラエルとパレスチナ
イラクとアメリカ
インドネシアとティムール語
チェチェンとロシア語
ケベックとカナダ
スペインとバスク
パキスタンとインド
日本と韓国
全部、源流の言葉は異なるのだ。
トルコが、20世紀初頭、ムスタファケマルが言語政策をしたように、
はたまた日本が日本語教育を隣国に強いたように、
台湾が、敢えて大陸と違う言語を話すように、
「黒板」の書籍にあるようにビスマルクが言語政策を被制圧国に強いたように、
マクルーハンが「メディアとは言語だ」と言ったように、
ベネディクトアンダーソンが、言語の起源が国の起源だと言ったように、
言葉というのは、我々である。
「始めに言葉ありき」
旧約聖書にもあるように、
言葉は、全ての始まりなのである。
極論を承知でいうが
言葉を使わないと、存在価値がないのである。
一生「無言」のまま、過ごすわけにはいかない。
言葉にしないというのは、人間であることの放棄である。
なぜ、こんなことを
ダラダラと、
さも自慢げくさく、
あほくさく、衒学くさく、
自分でも読みたくない、
自分でも嫌気がする、
吐き気がする、
エセインテリくさい馬鹿露呈の、
いちびり、そんな文章をなぜ、書いたかというと、
それだけ、ちゃんと言いたかった。
卑下ではない。言葉が好きだからこそ、
できるだけ、自分の身丈にあった言葉を使いたい。
こんなインチキ臭い言葉は使いたくない。
「インテリ」なんざ糞喰らえ。
えらぶりなんざ糞くらえ。
知識人なんざ、糞くらえ。
私自身、残念ながら自慢できるほどの知識は持ち合わせていない。
言葉にするに値する言葉さえも持たない。
私は、浅学の徒は重々承知である。
でも、
でも
やはり前置きを置かないと、ダサいメタファーだろうと、ペダンティックな陳腐な言葉だろうと、言葉を重ねたかった。
説明したかった。
伝えたかった。
空振りに終わろうとも努力をしたかった。
言葉にしろ、と。
言葉にしないのは、ある意味、拒絶でしかない。
言葉にしないということは、人との出逢いの拒否だ。
どんな言葉であれ、
言葉にするというのは、コミュニケーションの礎なのだ。
全ての始まりなのだ。
ポジティブであれ、ネガティブであれ、
言葉にすることから、交流は始まる。
討論であったっていい、批難でも、反論だっていい。
そこから、理解への一歩が生まれる。
No words?get out of here
てめえの口は assholeか。
亞か?
言語障害か?S
uck your tongue
である。
ただの愚痴である。
度重なることが、ついこうなってしまった。
ただ、言いたかった。
色々思うところもある。ららら。
別に特定の人にむけた言葉ではない。
ちょっとばかし、何かに駆られて書いてしまった。
もう読み返すのもあほらしい。
では
※何も見ないで書いたから記憶に間違いあるかも知れませんが、その辺は御容赦あれ。
言わんとすることは、間違ってはいない。
たとえ、誤解されようとも。
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哲学思考
なんだか、哲学チックなことを今まで避けてきたのだが
(くどくなるので)ふと、書いてみようかしらん、と思う。
今日、ちょうど、スペゴの授業でハムレットの to be or not to be をやって、先生の語る口調のアツサに惚れたのもあるけど。
存在意義というかレゾンデートルというようなものを考え出したのは、中学校のころだったように思う。
もちろん、深くは考えていなかったけど。
で、もやもやしてて、高校に入ってから、さらに悪化した。
まじめに太宰を読んでしまった。
特に「残酷な微笑」という短編が、役者を目指す主人公の日記で、自分に重なり、結構はまった。
僕のHPにも使ったタイトルである。
で、「死ぬために生きている」という
誰もが青春期におちいるニヒリスティックな結論に至って、こりゃいかん、ということで模索した。
「その答えを探すために生きている」という言葉をどこからか見つけ出してきて、自分で納得もした。
しかし、結局、身体で身にしみて感じるってほどまでにはいかんかった。
「意味など、ない」というシニカルな答えも出してみたが、寂しいので取り消した。
「生きる意味は、死ぬときにやっとわかる」というような、なんだか妥協案みたいな詭弁のような答えにもたどりついて、少しがんばろうかしらん、とプロテスタント系の思想にもたどりついた。
そのころにキルケゴールも読んだような気がする。
あと、宗教に少し興味を持ち、「ドストエフスキー」に少しばかり傾倒した。
「罪と罰」で最後、ラスコリーニコフが牢獄に入ることが決まり、恋人のソーニャが「待つ」ということを彼に伝え、
彼の牢獄は7年なのだが、その時に言うせりふ
「たった7年!」という一行が、頭をクラッシュさせた。
人生とはなんぞや、と再び考えさせられた。
哲学書では、やはり、ニーチェが好きだったが、その頃はあまり理解もできなかった。
どちらかといえばシェークスピアの、ベターに
「世の中はすべて舞台。すべての男も女も役者にすぎない。ヒトは人生で何役もこなすもの」のほうがしっくりきた。
そういえばジェームスレッドフィールドの「第9の予言」を読んだ。これには結構影響された。発売当初ベストセラーだったので読んだ。ちょうど、シドニイシャルダンの「天使の自立」が発売されてそれを読んだのと同時期。この二冊は、結構くらった。
天使の自立は、親の娘が事故にあい、生死の境をさまようくらいの状況での、親の心理が延々と上下にわたり語られる。 これによって、生というものの大切さを実感させられた。エンディングには涙までした。
「第9の予言」は運命論的な本で、今でも意識化で影響されてると思う。けっこう、やばめのハマル本。
人生を教えられたといえば「阿刀田高」の本読んで、結構の難しさを知った。まじめに、結婚とはオソロしやぁぁぁ、とぶるった。
村上春樹は好きだが、人生変えられたか?というとそうでもない。
永沢さんは別格だが。
古典にも感謝してます。
やはり「平家物語」は捨てがたいが、一つだけを挙げるなら、方丈記だろう。今でもたまにぱらぱらとみます。彼の生き様に惹かれるのよねえ。
高校んときに、NYに行った時、結構、またもや「生」について悩んでいて、それについて考えるのが邪魔臭くなって、日本を飛び出たというエピソードも実はある。どれだけ、生きることに邪魔臭くなっていたかと言うと、健康サンダルとTシャツ1枚しか持たず(着替えほかにまったくなし)しかも、宿も取ってないからマンハッタンで野宿を2泊したというくらい、生を結構放棄してた。
で、shihoさんに助けてもらった。
そしてもう独り、NYの同じドミトリーで出会った人にこんな言葉を言われた。もう、それは天変地異の衝撃だった。
「そんなグダグダなやむな。
悩むくらいなら風俗トライアスロン(ソープ、イメクラ、ヘルスだったか、ピンサロだったかは忘れた)いきゃ、そんな悩みふっとぶぞ」
これほど、救いになる言葉も、そうそうあったもんじゃない。
結局、深く考えてもしょうがねえなあ、と思った。
それでも、51氏などと夜を徹して色々アツく語ったものだ。
今思えば、青春じゃったのぉ、と思う。
他にも学生紛争に思いを馳せてみたりもした。
野島シンジにははまったなあ。
安田講堂の本は、けっこう集めた。ビデオまである。
危ないやつだ。
で、そのような紆余曲折を経て、
結局いまの暫定結論は
人生とはゲームである、としているのだが、
これは誰かに吹き込まれた記憶はない。
経験則に照らしあわして、そう思ったんだろう。
人生、まじめに考えるのも、非常に良いと実際思う。
9年ほど悩んだ経緯を思い返すと。
でも、やっぱり、真摯に考えていると、最近は
何もできなくなってくる、という恐怖もある。
結局、人生って「やったもん勝ち」だよなあ、とも
勝手に自分で思っている。
他者の意見は知らない。
ただやっぱり思うのは、いくら能天気そうに見える友人たちでも、各々が心に地獄を抱えている、というのは
実感する。
その地獄にはまっちゃうと、やばいのよね。
鬱になるどころか、廃人になる恐れあり。
誰しもが。
だから、無理やりでも、今日も犀を振ります。
ちんちろりん、と。
GOGOGO、と、叫ぶ日々でありまする。
付録
中原中也の詩で、くらったやつを一発おまけ。
盲目の秋
Ⅰ
風が立ち、浪が騒ぎ、
無限の前に腕を振る。
その間(かん)、小さな紅(くれなゐ)の花が見えはするが、
それもやがては潰れてしまふ。
風が立ち、浪が騒ぎ、
無限のまへに腕を振る。
もう永遠に帰らないことを思つて
酷白な嘆息するのも幾たびであらう……
私の青春はもはや堅い血管となり、
その中を曼珠沙華(ひがんばな)と夕陽とがゆきすぎる。
それはしづかで、きらびやかで、なみなみと湛へ、
去りゆく女が最後にくれる笑(ゑま)ひのやうに、
厳(おごそ)かで、ゆたかで、それでゐて佗しく
異様で、温かで、きらめいて胸に残る……
あゝ、胸に残る……
風が立ち、浪が騒ぎ、
無限のまへに腕を振る。
Ⅱ
これがどうならうと、あれがどうならうと、
そんなことはどうでもいいのだ。
これがどういふことであらうと、あれがどういふことであらうと、
そんなことはなほさらどうだつていいのだ。
人には自恃があればよい!
その余はすべてなるまゝだ……
自恃だ、自恃だ、自恃だ、自恃だ。
ただそれだけが人の行ひを罪としない。
平気で、陽気で、藁束のやうにしむみりと、
朝霧を煮釜に填めて、跳起きられればよい!
Ⅲ
私の聖母(サンタ・マリア)!
とにかく私は血を吐いた!……
おまへが情けをうけてくれないので、
とにかく私はまゐつてしまつた……
それといふのも私が素直でなかつたからでもあるが、
それといふのも私に意気地がなかつたからでもあるが、
私がおまへを愛することがごく自然だつたので、
おまへもわたしを愛してゐたのだが……
おゝ! 私の聖母(サンタ・マリア)!
いまさらどうしやうもないことではあるが、
せめてこれだけ知るがいい--
ごく自然に、だが自然に愛せるといふことは、
そんなにたびたびあることではなく、
そしてこのことを知ることが、さう誰にでも許されてはゐないのだ。
Ⅳ
せめて死の時には、
あの女が私の上に胸を披いてくれるでせうか。
その時は白粧をつけてゐてはいや、
その時は白粧をつけてゐてはいや。
ただ静かにその胸を披いて、
私の眼に輻射にてゐて下さい。
何にも考へてくれてはいや、
たとへ私のために考えてくれるのでもいや。
ただはららかにはららかに涙を含み、
あたたかく息づいてゐて下さい。
--もしも涙がながれてきたら、
いきなり私の上にうつ俯して、
それで私を殺してしまつてもいい。
すれば私は心地よく、うねうねの暝土(よみぢ)の径を昇りゆく。
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日記
目覚まし時計の電子音が鳴り響く。
男の右手が、空を彷徨う。
時計は、音を吐くことを辞める。
CDデッキから、音が溢れ出す。
有線のB-31。
朝よりは、夜に向いた音楽。
その音も、たとい、
ヴォリューム37であっても、決して男の眠りを覚ますことはない。
先日よりひいている風邪の反省から、新しく押入れから引き出された布団は、男の身体から離れ、部屋の隅に蹴り上げられる。
僅かに、身体にまとわりつく5年来の毛布でさえも、男の身体を
包むことはできない。
9度を下回る外気が男の身体に流れ込む。
それでも、男は目を覚まさない。
小鳥がさえずりも、基地外じみた早さのゴミ出しおばはんの音も、ただ、部屋の静寂を破ることはない。
その時、電話がなる。
CANONのFAX付電話だ。
しかし、親機ではない。寝室に置かれた子機がか細く音を出す。
5回、6回、コールは止まない。
8回のコールで留守電に切り替わり、コールは止む。
そこで男はうつらと目が覚める。
再び、子機が申し訳程度に音を出す。
3回、4回、5回目のコールで男は子機をとる。
なぜか、コールが止んでいる時でなく
コールしている時に電話をとるのは人間の生まれついたメカニズムなのか。
ともあれ、電話に出て、男は目を瞑ったまま耳を澄ます。
かすかに聞こえる相手の声で、男はいつも目が覚める。
いくらタイマーをセットしても、いくら音量を上げても、どんなに用事があったとしても、男は、電話より前に起きることはない。
いくら努力しても、機械的なものには、拒絶を示してしまう。
たとえ、ラジオから聞こえる声が、甘い吐息であったとしても。
子機を置き、男は、まだ自分の体温の残る布団を恨めしそうに見る。一週間に一回は、ここで誘惑に負けて、二度寝をしてしまう。
後悔するのはわかっているのに、
授業があるのはわかっているのに、
何度懲りたことか、
それでも、ここでの二度寝の快楽は、セックスとはまた違った快感を呼び起こす。
罪悪感があるゆえに、二律背反するゆえに、その眠りは心地よい。
しかし、今日は、なんとか誘惑に耐えた日であった。
男は、寝室から出、居間のカーテンを開ける。
幸い、秋晴れの、目がくらむような晴天。
朝日に顔を蹂躙されたまま、男はしばし、その温もりに全身をゆだねる。
まるで映画「ショーシャンクの空に」のポスターのように。
(シャーションクだったっけ?)
なんてことを考えながら、男は脚の指先でテレビの電源をける。
今朝も、何も変わらず、朝の司会さんは、きびきびと気を吐く。
この番組が、「いつもと」違ったのは、去年の秋だけくらいだな、
と回想する。
回想しながら、寝ているのかも知れない。
ともあれ、男は、そのまま、冷蔵庫へ向かう。
途中、ドアで左足の小指をぶつけるも、
寝起きの男には、痛点は存在しない。
そして、冷蔵庫からアイス珈琲を出し、一気に飲み干す。
喉も渇いていないのに、夏からの癖はまだ直らない。
いや、それとも、目を覚ますための通過儀礼なのかも知れない。
さて、と男はようやく、目を8割まで開ける。
残りの2割は、くびれを見るためにとっておく。
そして、いつもの変わらない朝、
いつもの幸せ、
何も変わらないことの幸せを感じ、
男は、新聞を取りに行く。
ああ、今日の夢はなんだっけな、と思い返しながら。
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ある晴れた日に(ばなな風)
最近は、なぜだか、どうしてだか
やたらめったら忙しくて
ゆっくりする暇もなくて、
まるでそれは、雨季のバンコクのメコン川のように
日々は流れていった。
しかし、ふと、エアポケットのように
休息をとることができた。
昨日。
私は、休息に「何かをする」のは大嫌いだ。
遊びにいったりショッピングしたり、そのような
「ストレス解消」は必要ない。
ただ、「何もしない」時間が欲しい。
富士のふもとに捨てられた空き缶のように、
何の意味も持たない存在時間。
村上氏の言葉を借りれば
僕は、ネジをまかない。
お休みの日には、ネジはまかないのだ。
よく晴れた日なら尚更、良い。
朝一に目が覚めて、洗濯機を回す。
冬はしんとしている。
そして張り詰めた空気。肌を刺すのだけれど、それがまた
脳を目覚めさせ、うっとりとする。
冬の朝は、やはり白樺の中で過ごしたいという希望はまだ叶えられていないけれど。
そして朝食を作る。
ベーグルを丁重に半分に切る。
実はこれは意外とコツがいる。ベーグルは縦に見れば
シンメトリーではない。ドーナツでは、ない。けっして。
もしベーグルがなければマフィンでもいい。
ともかく、アツイ珈琲を入れる。
珈琲メーカーのコポコポいう音を聞きながら
ベーグルにクリームチーズを塗る。
たまにはブルーベリーも挟む。
トースターは3分半、きっかり。
それより長くもなく、短くもない。
そして、新聞を取りに行く。
お隣さんを見ても新聞は刺さったまま。
朝の帝王の気分。
ゆっくりと新聞を読みながら
朝食を済ませ、パソコンを立ち上げる。
「さあ今日は何もしないぞ」と
二回つぶやきながら。
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言葉と名言
その2,3日分のパワーを一気にぶち込みます。
覚悟しろ。
やっぱりこのサイトの名目でもある「若者」について、一発いったれ、いてこましたれ、ということで。
「若者」について薀蓄たれてもしょうがないので、
「言葉」と「若者」ということで。
ちゅーことで、今まで僕が読んだ本から
まめにピックアップしてた「言葉集」から
「若者」関係のを網羅。
一応注釈ですが他のサイトからコピペしたのではないので、
著作権系は問題なし。どうじゃ。
怖いものなし。
あと、一応、有名な人を選んどいた。
読めるもんなら読んで見やがれ、と喧嘩。
若者ってのは、とても厄介なものである。
ポールニザンの言葉を借りれば
「 僕は二十歳だった。
これは人生で最も美しい年齢だなどとは、誰にも言わせはしない」
であり、
藤村操の辞世の句を借りれば
悠々たる哉天壌
遼々たる哉古今
五尺の小躯を以て此大をはからむとす
ホレーションの哲学
ついに何等のオーソリチーを価するものぞ
万有の真相は
唯 一言にして尽くす
曰く
「不可解」
我 この恨を懐いて煩悶
終に死を決す
既に巌頭に立つに及んで
胸中何らの不安あるなし
初めて知る
大なる悲観は
大なる楽観に一致すると
である。
大人にとっての若者への意見としては、カフカの審判から
「なるほど私は非常に驚きはしたが、しかし人間この世で30にもなり、それが私の運命だたように、独力でこれまで切り抜けてこなければならなじゃったとなれば、不意打ちなどに対しては、もう十分に鍛え上げられ、そうそうつらいこととも思わぬものだ、ということなんです。とくに今日の不意打ちなんかはそういうことですね。」
しかも若者はよく悩む。
例えば友達。
「Q坂本龍一さんにとって友だちとはどういう存在でしたか?
僕は今現在友だちといえる人は殆ど居ない。多分友だちが必要なのは自分が確立してないからだろう。まず、自分にやることがあれば、時間がもったいなくて、わざわざ友だちに会う為に、一時間もかけて学校にいくわけない」
である。
あるいは、「恋」
いのち短し、恋せよ乙女
紅きくちびる、あせぬまに
熱き血潮の、冷めぬまに
明日の月日は、ないものを
「セックス」では山田詠美から
私はセックスには何の興味もないよ。動物にだって出来るものだものね。よく、男でさ、自慢そうに、オレは何人の女とやったなんて言う奴いるじゃん。私馬鹿かと思うよ。セックスなんて、いくらやったって、何の自慢にもならないよ。そんなの食べることや眠ることや排泄することと一緒でしょ。やっぱりねえ、人間でなければ出来ないメイクラブをしなくちゃいけないよねえ。
「社会」フランスの今はなき巨人、ピエールプルデュー
君たちは言葉の上では、大きな飛躍「大躍進」をすることができるかもしれないが、その間の飛び越された段階、つまり、その下に横たわっている社会は、急ぎはしないのだ。
「生」への葛藤
村上春樹から引用すれば、
「彼女とはどうなったの?」
「別れたね」
「幸せだったの?」
「遠くから見れば」「大抵の物は綺麗に見える」
「今はどうなの?恋人はいるの?」
「いや」
「寂しくないの?」
「慣れたのさ、訓練でね」
「どんな訓練?」
「僕は不思議な星の下に生まれたんだ。つまりね、欲しいと思ったものはなんでも必ず手に入れてきた。でも、何かを手に入れる度に別の何かを踏みつけてきた。わかるかい」
「少しね」
「誰も信じないけど、これは本当なんだ。三年ばかり前にそれに気付いた。そしてこう思った。もう何もほしがるまいってね」
「それで、一生そんな風にやってくつもり?」
「恐らくね。誰にも迷惑をかけずに済む」
「本当にそう思うんなら、」「靴箱の中で生きればいいわ」
辻人成の詩から
ここでは時間が怠慢で脚がなかなか動かない。
ここでは空気が澄みすぎて、いのちが結構絶え間ない
耳を澄ませてみるのも悪くないがほっとくほうがもっとよい。
晴れたり降ったりするけれど傘などささないほうがいい。
死んだり生きたりするけれど笑って踊るにこしたことはない。
夕焼けは思い出させてくれる 幼い頃の空の高さを、
もう一度 連れてってくれる 望まずとも生きられる 喜びに。
春樹さんがでたので村上龍のほう
不安材料というのがあって、それを無視するような人はただの馬鹿だ、メンタルといったが身体的なモノと、肉体や整理と、精神を区別することは本当はできない。
神経が露出して骨を削らなくてはいけないほど、歯が痛いときは、タフになるのがとても難しい。
タフなやつというのは逆境に強い者だが、それは単に気分の転換が早いとか、そういうものじゃない。
不安材料と戯れることの出来る奴、それが本当のタフネスなのだ。
プレッシャーを楽しむことの出来る奴だ。
そして、不安材料の全くないやつは、メラネシアやポリネシアや一部のアフリカ以外ではほとんどもてない。
一歩でも深く踏み込もうとすれば必ず不安材料というモノは発生するものだ。
不安材料がなければ人間は深く考えない。
世界との違和感でコリンウィルソン
「既に死んでしまって今は死後の生活を送っているような気持ちです」と、書いてあるが、この非現実感は、ときとして晴天の霹靂の如く人を襲うのである。一度それを見た人間にとっては。世界はもう二度と、依然と同じまともな場所とはありえない。安楽なブルジョワの孤高世界にあって、自分が観たり触れたりするものを、現実として認めながら生きることの出来ない人間が「アウトサイダー」であることを、バルビュスは示した。「彼はあまりにも深く、あまりに多くを見通す」のだが、その眼に映るものは、本質において混沌である。ブルジョワにとっては、世界はまず整然とした場所である。不合理で身の毛がよだつような不遜な要素もなくはないが、一途に現実のみ気を奪われているブルジョワはそれを説明することができる。が、「アウトサイダー」にとっては、世界は合理的でも順序だってもいない。ブルジョワの自己満足的な世界認容の態度に歯向かって「アウトサイダー」が無政府主義的な感情を吐露することがあれば、それは、ただ世間の見栄を思い切り侮蔑してやりたいという気持ちからだけでなく、どんな犠牲を払ってでも真理をのべなければならぬ、そうする以外に究極の秩序の回復は望得ない、というぬきさしならぬ思いから発しているのだ。たとえ前途に望みをかける余地がまったくないとしても、真理は述べられなければならない。「アウトサイダー」は混沌に気付いた人間である。
「家族」でポールオースターの「リヴァイアサン」
お前のお父さんは素晴らしい人だったろうよ。あれで別の人だったらね。
「自由」としてカミュのカリギュラ
弁護の必要はない。この世界は下らぬものだ。そしてそのことがわかった人間こそ、自由を獲得するのだ。そうとも、他でもない、おれがお前達を憎むのはお前達が自由でないからだ。このローマ帝国ひろしといえども、自由なのはこのおれ一人さ、喜びがいい、お前達のもとについに現れたのだ、お前達に自由というものを教えてくれる皇帝がな。退くがよい、ケレア、そしてお前もだ。シピオン、友情などとお笑い種だ。さあ、行ってローマに告げるがいい。ローマの自由は今こそかなえられた、そしてその自由とともに大いなる試練が始まるのだと。
「人間関係」で、サン=デュクペリ人間の大地
真の贅沢というものは、ただ一つしかない。それは人間関係の贅沢だ。
「世界観」チェーホフ
風邪をひいても世界観は変わる。ゆえに世界観とは風邪の症状に過ぎない。
「人生」アナトールフランスの神々は乾くから、
人生はいかにも味気ないものなので何はともあれ気を紛らさなければなりませんし、前項はさしておもしろくもない気晴らしであるとはいえ、他イもっと楽しい気晴らしがない場合いは、われわれが自分に与えることのできる気晴らしの一つだからです。わたしは傲慢から、そして貴方に対して有利な地位をしめるために、しているのです。ようするに、万事をじぶんの方式で割り切ろうとする頑固な精神から、そして無心論者にもどんなことができるかということをあなたに示して見せるために、私はこんなことをしているのです。
「自由」 自由からの逃走by フロム
利己主義と自愛は同一でない。利己主義は貪欲の一つ。不充足感を持ち、そこにジ本当の満足は存在しない。根本的な安定と満足を書いている。
「哲学」桜の園
男が哲学を並べると、それがすなわちフィロソフィスティクス-つまりその、こじつけになるわけだが、女が独り、または二人で哲学を並べたとしたら、こりゃもうてっきり-私の指を引っ張ってね、ということなのさ。
「自尊心」ヘミングウェイ
それをやりにおれが生まれてきた。そのことだけを考えればよい。
「孤独」モンテーニュ
私が孤独を愛してこれを説くのは、…従属と恩義に縛られることを死ぬほどきらうからである。人の多いことよりも仕事のおおくなることを嫌うからである。
「がむしゃら」白河楽翁
憂きことのなほこの上に積れかし
限りある身の力ためさん
「挑戦」フーコー
真の勇気とは、人の見ていないときに示される
「戦争」アドルノ
アウシュビッツ以後、詞を書くことは野蛮だ
若者といえば、「希望の国の・・・」
日本人みんなが何か共通なイメージっていうかお互いにあらかじめ分かり合えることだけを仲間内の言葉遣いでっと話してきたってことなんじゃないかな。その国の社会的なシステムが機能しなくなくなるってことは、その国の言葉遣いも現実に対応できなくなるってことじゃないのかな。大人には自然に刷り込まれていることが、子供には理解不能だったりわけでしょう。昔は良かった、戦前は良かった、大家族制度のころはよかった、高度経済成長のころはよかった、みたいなことをね。時代に取り残された連中は必ずいうわけだけどね。子供は今の時代しか知らないわけでしょう。自分たちにとっては当然でも、相手が違えば、当然のことではなくなる、ということにはなかなか気付きにくいんだよね。大前提があって、共通のイメージがあって、阿吽の呼吸で分かり合える方が楽にきまっているもんね。
「国」デリダ
私でも、世界でもない中間的な存在
「時代」ヘーゲル
だれでももともとその時代の息子であるが、哲学もまた、その時代を思想のうちにとらえたものである。
「喧嘩」ゲーテ
いかなるときにも
口論は禁物
バカと争うと
バカをみる
「貧乏」カミュ
貧困は僕にとって必ずしも忌むべきものではなかった。なぜなら、太陽と海は決して金では買えなかったから。
「人生」方丈記
行く河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
澱みに浮かぶ泡沫は、かつ消え、かつ結びて、久しく留まりたる例なし
世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。
「言葉」ポパー
人間のもろもろの特性を生み出すのに預かって大いに力のあるのは、人間の言語だと私は推測する。
「自殺」エピクロス
人は周囲の状況に不満を抱く必要はないにも関わらず、いつ果てるともしれない欲望の追求、そこでは欲望はしずまるどころか、苛立つばかりである、にみずからつかれてしまって、自殺をはかる
「母親」
ショーペンハウエルの母親は自分が天才だと思っていた。一家に天才が二人もいるはずがない。そういう理由で息子を家から追い出した。
そんな感じ。
ふうつかれた。
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残像に口紅を
[ 残像に口付けを ]
あしたの
今頃は
上手くいけば
駅に向かう
お前に
関西弁の
きわどい
苦悩を
結婚までの
言葉の数々を
去るあなたに
静かに
滑らすことを
誠実に語ろう。
それまでの
高いけれども
中途半端な
積もり積もった
丁寧な言葉と
時を思う。
何もなかった
二回目の夏に見た
濡れた頬の
眠れぬ夜を
ノストラジックな
半端な思い。
一つだけいえるのは
二人の道は
平行線。
本当の
道は
無数の
迷路に
もがくだけ。
やわな
許しをこう
呼べば
楽になるさと
理性はいうが
縷々と積もった
歴史の中で
路頭に迷う
私と
を
んな。
2002/12/03(Tue)
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告白
さて、世の中には勘の鋭い人と鋭くない人がいる。
できることなら、彼氏・彼女には、鋭くなってほしくないものである。
ともあれ。
で、いわゆる六感というのは、女性が優れているという。
あらゆる状況を、無意識的に分析して、答えを求める。
男はその点、非常にドンくさい。
馬鹿である。
例えば、浮気なんざ、勘の鋭い人にしてみりゃ、一発でばれる。
何でばれるか?
例えば、電話でばれたなら、言い訳が怪しいかも知れない。
しかし、このような論理的な思考は実は男性が得意だ。
時間やタイミングがおかしかったとしても、論理的に出した「おかしさ」なら男性のほうが得意である。
しかし、ここから女性の本領発揮である。
女性は声のトーンで、「あやしさ」を見抜いてしまうのである。
そんなことをされた日には、こっちはまさに「ぐう」の音も出ない。黙って家かえって芋くって屁こいて、寝るしかない。
他にも一説では、フェロモンとか、体温とか体臭とかもあるらしいが、ま、それは「トンデモ」系の話としておいておこう。
他にも、嘘を付くときは脈があがったり、唾液の質が変わったりと色々ある。
しかし、女性には嘘をつこうとは思わないほうが良い。
逆に、男性が女性の浮気を見つけても、問い詰めるのは至難の技である。これは、いわゆる女性の三段論法が炸裂するからだ。
あるいは逆切れされる。あるいは、涙を見せられる。
もうまいっちんぐである。
どうしろと?
ま、この辺の話は昔から言われてきた話だ。
では、「隠し事」というのはどうだろう?
あなたには秘密があるだろうか?
人には、多かれ少なかれ秘密というものがあるものだ。
それは、めんどくさいから言っていないだとか、相手のためを思っていっていないだとか、恥ずかしいから言っていない色々事情はあるだろうが、ま、何かしらはあるものだ。
しかし、同時にその隠し事は、リーサルウエポンにもなりうる。
他の誰もが知らない事実を、ある一人だけが知っているとすると
その二人は、何かしら、関係を持つものだ。
それは、悪い関係であることもあろう。
しかし、日常においては、たいてい、秘密共有はプラスの関係を作る。
いわゆる、「私たちだけの秘密」共有感情だ。
例えば、その隠し事が悪いことなら、共犯者の感覚である。
子供たちが大人に秘密で犬を飼ったりするのもそんな感覚。誰でも覚えがあろう。子供たちだけの特権。
あるいは、それがプラスのことならば、と仮定するも
実は、それはあまり意味をなさない。
なぜなら、プラスのことはたいてい隠し事にしないからだ。
何かしら隠すには、後ろめたさではないとしても、マイナスの事情があり、黙ることが大いに多い。
例えば「実は私は男」「実は昆虫採集オタ」「実は子持ち」
だからこそ、それを共有するというのは
誰も知らない「つながり」を創るという意味で有効である。
同時に、だからこそ、それは他者に教えることに、大いにためらいがあろう。
隠し事なのだから。
そのリスク、つまりその隠し事を人に教えるリスクを冒してまでも
その秘密を開示することができれば、あとはしめたものである。
それに対し、相手が嫌悪を抱くか、逆に感謝するかは相手の受け取り方次第であり、自分には知ったことではないからだ。
そのリターンは、さっきも言ったように、共犯者になることができる。
もし、相手がその隠し事を受容できれば、それは、もう硬い絆になると言えよう。
しかし、そこに甘えてはいけない。
それにより、相手の裏切りも存在しうる。
相手に、自分を殺せるナイフを貸すようなものだ。
自分のクレジットカードの番号を教えるようなものだ。
女子高生の制服をこっそり着るようなものだ。
そのリスクを冒してまで、あなたは隠し事を他者に教えますか?
何のために?
実は、隠し事を創るということには二つの意義がある。
ひとつは自分の身を守るためである。それを知られたくないから。
しかし、隠されたもう一つの効用は、
他の誰かと強く繋がりたいための道具になりうるということだ。
なぜなら、そんな隠し事、人に教える必要ないではないか!
よしんば、教える必要があったとしても、そのリスクを軽減する方法はいくらでもある。
しかし、それでも教えるというのは、相手の信頼の証となりうるのだ。
相手を信用していることを保証する小切手となるのだ。
相手を愛することのビザとなるのだ。
相手を必要とする約束手形となるのだ。
こういう意味において、
人間は何かしら隠し事を持っておいたほうがいい。
と私は推奨する。
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言葉2
調子にのって第二弾。
世界で最初の職業は何かご存知であろうか?
一説には「情婦」という話がある。
政治においては権力闘争、つまり「政治家」であった可能性もある。ハタマタ預言者という説もある。
ただ、私が信じているのは
「語り部」
である。
古来、人間は、書くべき媒体を持たなかった。
言葉が伝達の全てであり、
先祖から脈絡の続くただ、縦の流れだけが、言葉の羅列だけが
歴史を作ってきた。
だからこそ、言霊が宿ると考えられ、また、
「タブー」などもできた。
また、聖書にもあるように
「語呂合わせ」というのが重視された。
ジョイスの本を読まれた人はわかると思うが、あのような言葉遊びは、古来、とても重視された。
たとえば、
「el(エル)」という言葉は神を意味した。
だから聖書には、ミカエル、ガブリエル、ダニエルなどの言葉が飛び交う。(語尾が全てel)
日本の日本霊異記にもこんな話がある。
ある男がいた。ある女もいた。
ある女は、男の家に来ては寝て、来ては寝てしていた。
古語でいう「来つ寝」の繰り返しである。
で、オチはその女は実は狐であったというようなものだ。
そんな「言葉遊び」は古来より真剣に議論された。
本当に言葉に命が宿ると考えられた。
round sircle などの言葉がなぜこういう言葉か考えたことがあるだろうか?
r や cは、字面どおり、丸いイメージがある。
そのような帰結で、roundなどに、r という語が選ばれた。
表意文字は実は、漢字だけではない。
アルファベットにおいても、字面が重要視もされる。
また、こんな話もある。
ある女の子がいた。
英語と日本語、両方を流暢にしゃべる。幼き頃より。
で、その女の子が20歳になったとき、
インタビューされた。
「将来なにになりたいですか?」と英語でたずねられ、彼女はまず、英語で答えた。
「私は、バリバリのキャリアウーマンになりたいわ」
と。
で、後に、日本語で同じコトを聞かれ彼女は日本語で答えた。
「私は家庭を大事にしたい。大和撫子に憧れる」と。
これはやらせではない。
つまり、英語と日本語の回路が、思考さえも変えてしまう。
それくらい、言語には力がある。
昔から言われているように、英語をしゃべると論理的になる。実際。また、スペイン語などを喋る時には、
その文がどれだけ信憑性があるかによって変わったりする「接続法」のせいで、その真偽値を考えたりもする。
(アラビア語にもあるが。確か仏や独にもあったような気がするが知らない)
手垢に塗れた構造主義にもあるように、
言語が文化自体を拘束する。
よく例にあげられるのは
あるアフリカの部族においては
牛の呼び名が数十ある。
それは、その部族においては、牛が文化にとってとても重要だからだ。
あるいはドイツ語では虹は5色しかない。
言葉がなければ、対象さえも存在しない。
ひどいところだと、色も10色以下の語彙しかもたない。
いろんな色を認識することはできる。
しかし彼らは深緑と緑の区別さえ、
はたまたオレンジと赤の区別さえ持たない。
そのように、言語は人間を定義する。
我々のありようでさえも、言葉によって変えられてしまうのだ。
政治家において、その言葉はさらにクリティカルである。
昔は、政治家といえば弁論家であった。
キケロに代表される雄弁家が、ステータスであった。
ソクラテスも、言葉を重要視したからこそ、
あそこまで対話を重ねた。
カエサルがあれほど強大な大国を作り上げたのは、
今でものこる「賽は投げられた@ルビコン川」「ブルートゥスお前も課」などの言葉にもあるように、上手に言葉を利用できたからだ。
ビスマルクの「鉄の血の演説」によって、第一次世界対戦が起こったといっても過言ではなかろう。
今のアメリカはワシントンの言葉によって成り立っているといえよう。キング牧師の言葉も、アメリカを変えた。
ヒトラーがあれだけカリスマ性を得たのは、
ひとつは、心理作戦に長けていた。あるいは、声が素晴らしかった。そして、何よりも言葉を上手に使ったからだという話がある。
ベトナム戦争では、どれだけジョンレノンの言葉が叫ばれたか。
言葉は、歴史でさえも、変えてしまうのである。
鼻が2センチ低かったらの次元の話ではない。
たった一つの言葉、それが歴史の流れを変えてしまう。
言葉は古来より、全てであった。
現代においても実はそれは変わらない。
ある意味、時代は回帰しているとも言えるだろう。
マテリアルワールドの時代が終わり
情報化の時代がきた。
その時代とは、言い換えれば、言葉の時代なのだ。
8ビットであれ、2進法であれ、
表象されうるものは、言葉である。
サービス業は言葉を重視し、
企業はブランドイメージを一言で言い表すために苦心し、
言葉のあるなしが裁判の是非を決める。
今、言葉復古の時代である。