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えっと虹に関してです。ども。

虹です。

こないだ、土曜日かしら。南麻布の方を自転車で走っていたら、虹が出ていた。

あ、虹だ、と思った。

周りの人たちが騒いで、カメラを出していた。携帯カメラだけでなく、ザクティのようなものを出している人もいた。マナティじゃなくて良かったけれど。

そして、みな写真をとっていた。誰かは携帯からメールで写真を送っていたのかもしれない。twitterを見れば「虹だ」という書き込みが溢れ、2chではスレッドもたっていたようだ。

虹か、と思った。

地元では虹をよく見ていた記憶があるけれど、東京では確かに、虹をあまり見ないかもしれない。

でも、と思う。

人はなぜ、虹をみて写真をとるのだろう。その情報を共有するのだろう、と考えた。そんなに珍しいものでもないし、あるいは、それが持つ情報価値はないし、ないし、それをもらった方が返せる回答は限られている。

それがたとえば、ツチノコだったり、あるいはカズノコだったりすると、なかなか話のネタとしては面白いし、もしくは、ウナギとかだったら「地震がくるかもしれないね」みたいな流し方もあるのだろうけれど、虹というのは、なんというか、それ自体が完結した存在でございます。

つまり
「ああ綺麗だね」という感じか
「僕もみた!」というような感想しかできない。

でも、人は虹を共有する。

それは体験の共有か、感想の共有かで話は変わってくるのだろうけれど、ひとつマチガイナイのは、それが「共有のマテリアル」であるという点である。

つまり。

つまりは、人は「虹」という素材を使うことによって、便宜的にそれを共有する。

その情報をもらった人も「虹を送られることに別の意味」を時には付与し、あるいは「虹だね」という同意を得ることで、コミュニケーションの豊穣化を図る。

つまり、人はコミュニケーションを求めている。そして、普段はきっと人々はネタを探しているのだろう。

時に、火事などの野次馬も、それへの好奇心だけでなく、それを体験共有することを求めているのかもしれない「こわいですね」「大丈夫ですかね」と、時に人は、普段ではない日常においての交流が何かしらの潤滑油となる。

だから。

だから、虹はきっと、それ単体で完結しているからこそ交換道具としていいのだろう。

「ほんとだね」といった、ささやかなあなたの一言が虹の持つ価値なのだろう


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