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2008年01月 アーカイブ

2008年01月07日

睡魔が町にやってきた

nighrt.png

ヨーロッパに幽霊が出る――睡魔共産主義という幽霊である。

ということで、最近、睡魔に襲われた。「眠いな、眠いな」と思っていたら、知らぬ間に肩に睡魔が乗っていた。

なぜか睡魔のイメージといえば灰色の猿で。それってば、なんだか文学的。

参考:ノルウェイの森と金の猿 ~100%村上春樹ヴァージョン~: 激しい眠りと灰色の猿、16の次の数は41?

「16の次の数は?」と誰かが訊いた。

「41」と僕は答えた。

「眠ってる」と灰色猿が言った。

そう、僕は眠っている。

固い固い鉄球の中で僕は体をくるりと丸めてリスのように深く眠っている。

いずれにせよ、睡魔は灰色の猿だろうと、黄色のワニだろうと、眠いものは眠い。つまりは、べらぼうに眠いのだ。

大体年に数度くらいやってくるそのヘビィ級の眠気。ドメインの更新頻度よりもずっと多い睡魔のレター。それこそフックを顎にもろにもらったボクサーのように、足腰はぐらんと。あるいは脱水症状の箱根駅伝選手。

いずれにせよ、そういうものが、たまに体にのしかかる。そうなると、もうどうも対応ができない。何をしていても眠い。

運転していようが、ロマンスを繰り広げていようが、あるいは、勉強していようが仕事をしていようが、おかまいなく。

大体一週間弱続き、コアの部分は1日くらい。その1日はもう何をしていても寝ていてしまう。たっていても、座っていても。

そんな時は、寝るに限る、と人は言うけれど、世の中は眠い人に優しくできているわけではない。納期もくれば客人もくる。あるいは運転していかなくちゃいけないところだってあるだろう。そんな時には、ドリンク剤で、あるいは刺激臭で、はたまた爆音音楽で、なんとか眠気をしのぐ。まるでインフルエンザにかかった小学生のように、ふらつきながらヨーグルトをほおばりながら。

何かで読んだけれど、山本バナナ(作家)さんは、学生のころは毎日10時間以上寝ていたのだとか。そして大人になって急にあまり眠らなくなった。そしてその頃を思いかえして「そのころは眠って何かを蓄えていたんだ」というようなことを書いていて。ふむ。そんなものか、と思ったりもした。

いずれにせよ、睡魔は知らぬ間に忍び寄ってくる。

周期の睡魔だけでなく、短眠が続いた時も睡魔はちゃんとやってくる。たまった睡眠の債務の取り立てのように利子までとってきやがりまんもす。

1日くらいの徹夜ならまだしも、2日徹夜をすると、どうもその週は睡魔がまとわりついてきていけない。ぐっと利子分の眠気が体に重くこびりつく。

今後一生、こやつと一緒に生きていかないといけないと思うと、なかなかうんざりするけれど、いなくなったらなったで寂しいものなのだろう。

睡魔ショック(周期的睡魔の襲来のこと)の時の睡眠に負けて眠ってしまった後の、罪悪感は計り知れないものがあるけれど、同時に、その恍惚さは魔力的でもある。もっともそれってば罪悪感の表裏一体、つまりいわゆるところの「羞恥と快楽の相関関係」なのかもしれないけれど、なんだか、頭がとろけたようになって、なんとも言えない。

蛇足だけど、敬愛する筒井康隆氏は、「眠らなければいけない」体質だそうで、そういう体質の人もいるそうで。そういう人たちは10時間や12時間は平気で寝るそうで。寝ないと効率があがらないのだとか。

睡眠ってのは慣れだとは思うのだけれど、「太らない人」「汗をかかない人」がいるように「眠らないといけない人」というものが世の中にいたっておかしくない。

それこそ、睡眠の取り方というのは千差万別で。横になってから、1時間は眠れない、という人もいれば、どこででも寝れるという人もいて。私はどちらかといえば後者で、立ってでも平気で眠れる。飛行機でも、座った瞬間にベルトを締めて寝て、起きたら着陸していたということも珍しくない。いすの上で寝るのもなれて、一時期はずっといすの上で寝る生活を送っていた。それこそ旅行中なんかはバスでとる睡眠だけを唯一として一ヶ月ほど生活していてもなれた。睡眠自慢にもならないけれど、なんというか睡眠への造形はそれなりに深い。

でも睡魔との関係性だけはいつまでたってもうまくいかない。こいつをハンドリングしようとしても、いとも簡単に檻から飛び出して、睡魔パウダーを振りまいて。

なんともかんとも言えないけれど、やっぱり憎めないのが睡魔なんだろう、と。

2008年01月14日

「CakePHP」「学生社長」「介護」「恋愛」「コミュニティ」という5冊の本

書評関連もろもろです。並び順は発売順。

■Fast CakePHP

Fast CakePHP (LLフレームワークBOOKS # 4)
秋田 真宏
技術評論社 (2008/01/09)
売り上げランキング: 4133

黄金の右腕を持つ「akiyan.com」の本。

Fast CakePHPという名前の通り、いかに早くケーキを作るかを書いた、SweetsレシピLifehacks本です。

というのはモンゴリアンジョークで、当然プログラミングの本。目下、この本で実際、勉強させていただいております。CakePHPerになる日も遠くないに違いない(願望)。

akiyanは、弟切草を彷彿される「ノベログコンバーター」を含め、プログラマーとしても有名ですが、他にもカレー職人照明職人としても名を馳せておられます(というか、実際、『akiyanの新居はすごい』とよく耳にし、どうすごいのか気になるところです)。

» 田口元の「ひとりで作るネットサービス」探訪:行動力だけで生きるエンジニアの“上京物語”――はてブTV・あきやんさん (1/2) - ITmedia Biz.ID

■大学2年で社長になるということ


大学2年で社長になるということ
星野 希
ダイヤモンド社 (2007/12/14)
売り上げランキング: 6349

星野 希大先生の本。かなり好評のようでめでたい限りで御座います。

» やどかり女子大生の社長モド記

希と会ったのは、Unist関連で2003年だか2004年の初めだかくらいでしょうか。懐かしいなぁ、と思いながら拝読。

希の経営スタンスは本当に独特で(期間限定とか売上を決めないとか)勉強になります。今後、新天地でますます活躍されますことを!

蛇足ですが、ドリームエクスペリエンス.jpでもご協力を色々お願いしたのですが、その時もびっくりするほど色鮮やかにご紹介やアイデアを下さり本当に助かりました。

■介護施設にだまされるな! ―かかる費用と選び方がわかる

介護施設にだまされるな! ―かかる費用と選び方がわかる
窪田 望
ダイヤモンド社 (2007/10/13)
売り上げランキング: 12134

こちらはわれらが望の書籍。こちらも大好評のようでおめでとうございます!

» 株式会社Creator's NEXT - シルバーエンターテイメントを実現する企業です。

冒頭に記されている

在宅介護をしている人の1/2が「虐待をしたことがある」と応えているというのです。
という引用は驚愕。

高齢化する社会と言われて久しいですが、ますます今後、このようなニーズは増えてくるわけで、その点においても、この本はもちろんのこと、「老人ホームマップ」のニーズなども増えてくるのかと。このまま老いて行く個人としても勉強となります。

蛇足ですが起業の先輩として望には色々教えてもらっていて。いつもありがとうございます!

■「MBA」恋愛戦略―最強のマーケティング理論で説く彼女獲得のしくみと方法

「MBA」恋愛戦略―最強のマーケティング理論で説く彼女獲得のしくみと方法
織田 隼人
大和出版 (2006/03)
売り上げランキング: 15811

ひょんなことで献本頂いたご本。いやはや恋愛が各種ロジカルフレームを活用されて分析されています。

PDCAサイクルにファイブフォース、KSF、ロジャーズのフレームなどなどぐっすり詰まっております。

心理学を応用したものもかなりあり「オウム返し」「シンクロ効果」「うなずきの効果」「鏡の法則」あたり、好きな人にはたまらないのでしょうか。他、なるほど、と思ったのは「女性に声をかける時は、時間を明言して誘う『一時間作戦』」には、「ほー。なるほど」と。

話はそれますが「支払い時は、女性の見えないところでする」という話が記載されていて男が読むと「確かに」と思うのですが、これを女性にやられると、まさに「やられた!」という気分になります。

ちなみに恋愛関連ではLOVE理論も素敵な感じだそうですよ。

■Webコミュニティでいちばん大切なこと。 CGMビジネス“成功請負人”たちの考え方

Webコミュニティでいちばん大切なこと。 CGMビジネス“成功請負人”たちの考え方
水波 桂 平尾 丈 片岡 俊行 斉藤 徹 古川 健介 伊藤 将雄 大迫 正治 原田 和英
インプレスジャパン (2007/12/20)
売り上げランキング: 1708

最後になりましたが、拙著となります。もしも宜しければで御座います。

こちらに執筆されているロケスタ社長のけんすう博士がブログで面白い連載も始められておりますので、どうぞ!

» ロケスタ社長日記:Webコミュニティのはじめ方

※言い訳

献本いただいておきながら、まだ書評させて頂けていない書籍があり申し訳ない限りです。今後は書評ブログなどで書かせて頂ければ幸甚です。

» 読んだ本

および、以下も宜しければで御座います。

2008年01月15日

目先とずっと先と

someday.jpg

世の中には2つの日常がある。それは日常と非日常である。

同時に、世の中には、2つの先がある。それは「目先」と「ずっと先」の2つである。

日々、生きていると目先のことに取りかかることに精一杯になってしまう。たとえば、勉強で言えば「来年の受験が心配だけど、とりあえず眠いから寝よう」であったり企業で言えば、「将来は自社メディアを持ちたいけれど、とりあえずは受託開発でキャッシュを」ということがあり、あるいは「将来は、頭よくて美人でお金もちの男性と結婚したいけど、とりあえずそこそこの彼とつきあっておこう」ということがある。

この場合、目の前のことと、そのずっと先のことが一直線で結ばれていればすばらしい。今、していることが演繹すると、その先に未来が待っている。

困ったことになるのは、目の前のことと、その先のことが一致しないということである。

ふと、ある映画を見て、そんなことを思った。それは環境問題に関する映画で。実際、アメリカや欧州、日本などでは環境問題への関心はますます高まっている。

しかし、そうでない国ではまだまだ環境問題への関心が低いこともある。たとえばブラジルのアマゾンの人たちに「その木を切ると地球が大変なことになるから切らないで」と言っても「明日の飯を食うのが第一だ」と言われると、反論しにくい。

まぁ、実際、ファイナンスの世界でもお金の将来価値は現在価値になおするとめへりするわけで、そう考えると、将来の価値が実際の重きが減ってしまうというのは数値的にも、やむからぬことではある。

しかし、それと「生き方」は必ずしも同じ話で語られないというのが難しいところ。

たとえば。

たとえば「将来の目標」があって、それをしたいと思う。それをするために必要なことはわかっている。でも、とりあえず眠いし、あるいは、とりあえずデートしたいし、あるいはこの本が読んでいる途中だし、ということで、その「すべきこと」は後回しにされがちである。

そして、いつしか「いつかいつかする」ということは、結局的に「『いつか』は訪れることのない未来を指す」というマーフィの法則に収斂する。よく言われる話ではあるけれど。

そして、知らない間に、時間がたち、年をとり、あっという間に老後がそこには待っている。

「いつか時間ができたら英語を勉強して海外留学しよう」「いつかタイミングがきたら、転職しよう」「いつか白馬の王子様がやってくるまで我慢しよう」。そんな「いつか」は、確率論的には「ほぼ」訪れない。絶対とはいわないし、願わくば、「来て欲しい『いつか』」だけれども、世の中の経験則的観点からと、物理的観点から鑑みるに、そのような「いつか」はやってくる可能性は低い。

なぜなら、「今していないことが『いつか』だったらできる」という論拠は何もないからである。もっとも、この場合、「いつか=高校を卒業したら、あと2年働いたら、今度の合コンでは」というような日付を切っていれば別である。しかし、期限の設定されない目標には意味がないように、時期が記されない「いつか」は起動されるトリガーが存在しない。

名作漫画「ジョジョ」のあるシーンで、マフィアがこう叫ぶシーンがあった記憶がある。「殺してやる、と言って殺そうとするのは素人のすることだ。マフィアは、『殺す』と思った瞬間に殺している」というような台詞があった。

まぁ、わからぬことではない。つまり、「意志」だけで「物事」が成就しない。そんな因果関係があれば世の中はエスパーにあふれている。一休さんは困ることはない。

しかるべきステップがあってこそ何かは起こる。それこそ、セレンディピティだってそうだし、あるいは、チェスだってそうだし、または歴史だってそうだ(もちろん、因果律を無視した出来事や、あるいは不確定にしか特定できない粒子だって存在するけれど)。

ということで、「いつか」の言葉はNGワードにしよう、と思った。

2008年01月26日

ある冬の1日。もしも私がリスならば。

wake.gif

目覚ましがなる。7つセットした時間のうち、大体3つ目くらいが鳴り出すと目を覚ます。2度寝をすることは「あまり」ない。

この目覚ましの時間はほぼ固定で大体5時半から8時までのレンジに分散されている。まず最初になるのは携帯電話。目覚ましとしてしか存在価値のなくなったMOVAドコモの古い携帯がまず鳴り出す。ソニエリの携帯らしく電子音だ。

そして、それが2つほど鳴った後に、ドンキで購入した「爆音」の目覚ましが鳴り出す。たまにこれでさえも目が覚めることはない。音と人の眠気は相関関係にはない。関係あるのは、有事と眠気の問題だけだ。

いずれにせよ寒い時期は朝が辛い。必死で体を起こし、寝ぼけ眼のまま、パンを模索する。寝ぼけたまま、パンを探すことほど苦痛なものはない。パンがないと買いに行かないといけない。パンは全てのアルファであり、オメガである。

そして珈琲を入れながら、電力セーブされているパソコンをたたき起こす。珈琲の水がコポコポと珈琲メーカーに注がれる。珈琲の匂いをかぎながら、もさもさとメールをチェックし始める。珈琲が溜まるとともに、眠気も反比例して覚めていく。

メールのチェックが終わると、珈琲が入り終わっている。かれこれ8年間同じ珈琲を毎朝のみ続ける。少量のミルクを継ぎ足し、チョコレートの入ったクロワッサンをかじる。味がよくわからないまま、もさもさ食べる。パンの粉が机の上に落ちる。吹かなくちゃ、と思いながらブログを眺める。たまには「ふーん」と言う。

メールの次はRSSリーダに移行し、ブログの確認を行う。そして、その後の活動はその日の予定によって変わる。世の中の素晴らしい点は、昨日は今日の前日であり、明日は今日の翌日であるという点だ。同じ日が繰り返すことは原則的には存在しない。

たまには朝からジムへ行く。自転車で、六本木までの坂を駆け上がる。手がかじかみながら、冬の気持ちよい朝に目が覚めていく。ただし、寒さによってもはや思考能力はリス並だ。たまには涙を流しながら、六本木通りを自転車で走る。

ジムでは、まずランニングから始める。音量をMTVにセットしながら、レベルを2にし、ゆったりと走り始める。そして、持参した小説を読みながら、じっくり本を読む。ここで読む本はビジネス書であることはない。98%が小説である。なぜか恋愛小説かミステリーで、硬い小説はここでは会わない。MTVのBGMとランニングが合うのは、そんな小説なのだろう、と2年間の経験則で理解した。

小説の続きが気になりながらも、マシンが35分で動きをとめる。ルーティンとしてストレッチをこなし、マシーンに移動。移動する距離は大体10歩。

8種類のマシーンをテンポよくこなし、たまに埋まっているマシーンをさりげなく待つ。今日はウェイトを上げるかどうか悩みながら、やっぱり回数を上げることに注力する。人生は選択の連続である。それ1つあたりの単価や時間を上げるのか、あるいは種類や回数を増やすのか。まったくもって、仕事と同じだ。

インストラクターの人たちが挨拶に回っている。スポーツをしている人の笑顔が綺麗なのは、これは汗の効用なのだろうか?恐らく、単に体を動かしている自分の感受性が、世の中に優しくなっているからなのだろう。

マシーンが終わるとプールに移動する。すいている時間を狙うので、大体、1レーンはあいている。ゆっくりとクロールで100メートルを泳ぐ。それを何本か泳いで、ゴーグルが顔を痛めつけ始めるころ、ささやかにプールから上がる。泳いでいる間は何も考えない。せいぜい考えるのは、泳ぐシーンの小説や映画のフレーズだ。

シャワーを浴びて、髪の毛を乾かす。筋肉の付かない体を横目で見ながら、いそいそと服を着る。このあたりから、次の予定を考え出す。

心地よい疲労感とともに、ビルを出る。冬の風がぬれた髪に冷たい。目が覚めた、と思いながら坂を下る。

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