狂信的にポジティブになるということ

世の中にはポジティブな人とそうでない人がいる。いわゆる「ネアカ」と「ネクラ」とでも言われるような。
ただ基本的に人というのは、平均値を保ち、場合によってはポジティブになり、そしてネガティブになる。ただ、その平均値が人より高いか低いかでそれはわけられる。
もっとも場合によっては平均値は他の人と同じ程度だけれども、ネガティブの深さが極端に深い人もいて、そのような人は欝気があるとする。もっとも逆もしかり。
そして、その触れのサイクルが短い人は気分屋とも呼ばれ、ころころ変わる表情を世界に提示する。
このように、一口に「気分」といっても、いろいろな人がいる以上、いろいろな気分が存在する。
確か筒井氏いわく「躁鬱の幅」というものは人によって異なり、数日単位の人もいれば、長い人だと50年の人もいる、というようなことをエッセイで書かれていた気がする(記憶なのでうろ覚え)。
そう考えると、人生前半がハイテンションで後半がダウナーというのは、そのような気分のサイクルのせいなのかもしれないと考えると、非常に興味深い話である(もっとも50年は例外だとは思うが)。
いずれせによ。
いずれにせよ、世の中ではポジティブな人の方が何かと益は多いように見受けられる。たとえば、攻めの姿勢であったり、あるいは中傷を受け流すスタンスであったり、あるいは、幸せを世界にばら撒くことの効用であったり。
「ネガよりポジの人の方が笑顔が多い」と前提を置いて(経験則より)、さらに「人は人が笑顔であるほうが気分が良い」という2つ目の前提を置くならば(ケースバイだが主観より傾向として)、3段論法として、ポジティブの人は世界を気分よくさせるわけで、そして世の中のまごうことなき摂理として、人は「気分よくされた人のことはそうでないよりも良い印象を持つ」というものがあるわけで、さらには「良い印象を持たれたほうがそうでない場合よりも、人とのコミュニケーションが円滑」という定理をはさんで、そして最終的に「人とのコミュニケーションが円滑のほうが何かと便利(人間は社会的動物より)」というテーゼより、結果、ポジのほうが、ネガよりも益することが多そうではある。
もちろん一概には言えず、時には、ネガティブになった方が良い場合もある。
たとえばそれは、以前書いたように
リーダーは楽観的でなければならない。その理由は簡単、もしそうでなければ他に楽観的になる者は誰一人いないからだ。
と同時に
目の前の危険が大きくなったとき、必要に応じて悲観的な姿勢をとるという選択をしていた、という事実だ。
という指導者のセリフからもよみところことができる。
ただ、相対的にポジティブのほうが益するところが多いならば、当然たどり着く結論は「むりくりにでもポジティブになるのはどうか?」というものである。いわゆるポジティブ思考などのような言葉がもてはやされてから早10年以上になり、数多くの施策や方法、啓蒙書が出されているが、それでも世の中にはネガの人が耐えない。
とすると、ネガをポジにする根本的な施策はないのではないか?という仮説が出てくる。もっとも、ネガの人にそのようなソリューションが届いていないというだけなのかもしれないが、まぁ、いずれにせよどちらでも良い。ポイントは、世の中には一定数のネガな人がいるということである(もちろんこの事実は定義をどうおくかによっても異なるが自分も含めることになる)。
しかし、ふと周りのポジティブな人をみていて思うのは生まれつきポジティブな人もいるけれども「ポジティブたらんとす」というような人もいることだ。
つまりポジティブであるためにそれ相応の意志をもって努力によってポジティブにしている。
これは経験則から言えば、非常に危険ではあるが、それはそれで1つの生き方ではある(何が危険かというとゆり戻しが非常に大きい。そして気が抜けない。気が抜くと、ドツボダウナーコースのどまんなか)。
そして事実問題として、ネガをポジにするのはそうたやすくはないが不可能ではない。つまり死んだ人を生き返らせるよりもよっぽど容易なことなのだ。
そして、そこへの挑戦にリスクはない。できなかったとても失うものは「基本は」ない(上記の通り、危険な場合もある)。
そして、ネガからポジになる方法はいくつかあれど、個人的に好きなものが1つ。それは「smile」というもの。
それで思い出したのだが「人は笑うと病気を直しやすくなる」というような話があった。何かで実証されていた気がするが、詳細は忘れた。抗体が増えるのだか、治癒速度が速まるのだか、なんかそういうものだろう。病は気から、という話にもあるように、人は外面によって内面は影響を受ける。
よって、自分からスマイルをむりくりにでも作っていれば、いつかは心もスマイルになるんじゃないかしら?とかなんとか。
そして気が狂ったように笑い続ければその先には狂信的ポジティブが待ち受けているんじゃないかと。
以上、「狂信的ポジティブ」というフレーズを思いついたので、それを元に作成してみました。




