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忙しさについて考えてみた(途中で挫折)

忙しさについてふと考えることがあった。

忙しさとは善か悪か。非常に極端な命題を考えてみた。

何か抽象的なものを考えるときに極論は時に有用である。

ただし「忙しさ」の定義がここでは必要であろう。あえて定義するならば「時間が足りないと感じる心理状況」のことだろうか。もっとも物理的なタイトさと、それは非常にベン図が重なるが、それはそういうものだ。

で、まぁ、仕事で忙しいのか愛に忙しいのか家族のことで忙しいのか、によりその忙しさの種類はわけられると思うが、ここではそれは本題ではないのでおいておく。

さて、そこで再度問う。忙しさとは善か悪か。

日本では「一般的に」忙しいことは美徳だと考えられてきたように思う(主観)。論拠は肌感覚なので、強くはいえないが。もっとも最近は価値観もかわってきたので、一概にもいえない。たとえば、今までだと残業の美徳がワークスマートに代わっているようだし。

しかしながら個人的に「忙しくない状況は不安になる」という心境もある。つい、「ぼーっと」している時間を罪悪と感じてしまうことがある。

これは個人的なものなのか、ある程度、コンセンサスを得られるものかのかはわからない。

いずれにせよ、私自身の問題として「忙しさ」はそれなりに、何かしらの「ペイ」があった。

しかし、そのペイが「善」か「悪」かの判断は難しい。ここで言うならば「忙しくしていると何かしている気持ちになって、とりあえず自分を擁護できる」というものが、その忙しさの価値である。

そう考えると、まったくもって善とは言いがたい。いわばエクスキューズとしての忙しさである。

もっとも、この場合の忙しさも2種類あるので、それは一考に価する。1つは、よく言われるように「忙しいのは自分の能力の至らぬせいだ」というものだ。それはつまり、忙しくないことがベターな状況を前提として、その問題を解決できていないのは自分に落ち度があるという考え方である。

もう1つは「物理的に忙しい」といわざるをえない状況である。いくら能力があるものでも、その状況を「時間が余っている」という状況にもっていくことが想像しがたい場合に、その見方は当てはまる。ただし、そこも程度の問題なので、いわば例外事項として考えていいのかもしれない。

しかし、それでも相対的に「忙しさ」の度合いは測れるわけだから、上記の考え方は、1つのものさしとして留保しておく必要がある(つまり、外資金融は一般的に忙しいと考えられているわけだから、そうでない職業よりも、能力の問題に関係なく忙しくなる傾向が強い。ただ、これは非常に局地的な考え方ではあるが、総体で見るならば傾向は捉えることができよう)。

ということで、「忙しさの善悪」に考える場合は、上記の2パターンで考えるとする。しかし、後者の場合、考えるのは無駄である。善であろうと悪であろうと忙しいのである。そして実は前者にもそれが当てはまる。それが善であろと悪であろうと、能力がなければ忙しいのだから、選択肢はない。

そう考えると、問題は「忙しい状況に身をおいていることが、自分にとって益するか」という点で考えたほうがわかりやすい。

つまり、1日18時間ほど働くことと、1日3時間くらい働くこと、どちらが自分にとって有益か

もっともこの場合、働くの定義が必要だが、まぁ、それはマルクスさんに任せよう。

とここまで頭がウニ状になって書いていたので何がなんやらわけがわからなくなり寝る。

起きた。

えっと、なんだっけ。そうだ。いや、そもそも設問がおかしい。誰しも忙しくないことを望んでいるに違いないという方針ですすめよう。マイノリティとしてはそうでない意見もあると思うけれど、それはさておく。

で、そうなると「忙しい環境」というのは善か悪か、という点がポイントになってくる。いや違う。嘘だ。そんな環境、善ではないという意見が聞こえてきそうだ。

んーーーー。論点がややこしいな。えっと、こうすればどうか。

忙しい環境で得る経験と忙しくない環境で得る経験のどちらがより望ましいか。というところあたりか。善悪の二項対立よりも、同値比較のほうが検討しやすいかも。

でも、それも結局、中身の問題になるのか。

いやね、何がいいたいかというとですね、問題はやはり、仕事の選択肢の問題なわけですよ。

給料が良く仕事の経験もたまるけど、べらぼうに忙しい業界と、忙しくはないけど給料も良くない。でも自分のしたいことをする時間が確保できる。どちらが良いか。

これはどちらが良いものでもなく、きっと価値観の問題である気がする。

いや違う。そういう価値観比較をしちゃいけないんだった。ここに数字を入れればいいのか。つまり、そうねー、ROIを比べればいいのか。

んー。違う。

だめだ。十分に腹落ちしない。また考えます。


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コメント (8)

これまた難しい命題に取り組みましたね。

忙しくても自分が満足が行っていれば善。満足が行ってなければ悪。

という風に私は考えます。

特にクリエイティブな仕事をしている方はそういう傾向がありますよね。

結局、お金の多寡ではないとは思います。

優:

うむ。
あたしも予定がないとそわそわそわそわ、挙動不審になり、どうしようどうしようと思い始めるタチです。
でもストイックにもなりきれないので、忙しければそれなりに泣く(笑)。
“必要とされてる感”がほしいのかな、とかシュールに思ってみたりしました。

明日美:

愛する文豪さんへ、初めての投稿。「抽象的なものを考えるときに極論は時に有用である」に一票。極論はオピニオンを述べるときには常に有用だと思います。例外を気にするとオピニオンが散漫になる。だから、そのスタンスをとるなら、「マイノリティとしてはそうでない意見もあると思うけれど、それはさておく」などなどはいらないと思う。

でも、答えを出したくて書き出したものじゃないんですよね(笑)個人的には、ただただ発散していくオピニオンに読者を巻き込めたら、それは原田さんらしくて素敵だと思うのです。

原田:

>syunkan1965さん

「忙しくても自分が満足が行っていれば善。満足が行ってなければ悪。」おっしゃるとおりかもしれませんね。結局、自分が何したいのか、どうありたいのか、によるのかも。コメントありがとうございます!!

>優ちゃん

おお!だよね。時間あるとソワソワしちゃうよね。同じ匂いがすると思った。笑 必要とされている感(周りにであれ、社会にであれ)は関係あるのかも、と少し思いました。ありがとう!

>明日美さん

的確なご指南ありがとうございます!おっしゃるとおりですね。

いつも発散しすぎで困っちゃいます。これからもアドバイスいただければ幸いです。辛辣なコメントであったろうものをここまでマイルドにしてくださりありがとうございます(-:

ありがとうございました!

かなてぃ:

面白いトピックだったので、はじめてコメント書きます。

忙しいが善か悪かに関してはすべてそのQualityとPay、それに伴う満足度の問題だと思います。

Qualityに関していえば、原田さんが冒頭に述べたように、何で忙しいかということによると思います。簡単に言えば、その忙しさが快か不快かに分けられると思います。快の忙しさとは何か趣味に没頭している、イベントの立ち上げで忙しいなど、その忙しさを楽しめる場合です。不快な忙しさとは、簡単にいえば労働など、自分の本意でなく忙しい場合です。

次にPayの問題です。その忙しさから得られるもの。その大きさによっても人は耐えられるものとそうでないものに振り分けられると思います。
極端な話をいうと、奴隷という身分は忙しいです。しかし、それに見合うPayはゼロです。したがって、奴隷はPayの低い(ない?)忙しさといえるでしょう。
次に、マックのアルバイトで一日18時間くらい働いている人がいるとします。時給850円として一日18時間(6時間は寝たいですよね。)働いたとして、一日のPayは15,300円、一ヶ月30日働いても45,900円です。これを多いと思うか少ないと思うかはそこに住んでいる街の物価によりますが、東京と仮定して考えるとなかなかPayの低い職業といわざるを得ないかもしれません。
最後に外資金融など、べらぼうに稼ぐ人達もいます。彼らは同じ時間を使っても、マックの店員の数百倍、数千倍、数万倍ものPayを受け取ります。その場合、彼らの満足度は高いといえるでしょう。

ただし、ここであげた3つの職業(奴隷は職業とはいえませんが。)には違いがあると思います。つまり、人が提供できるものは、肉体的(体を動かすこと)なものか精神的(頭を動かすこと)に分けられるのです。そして、肉体的に提供できるものには限界があるということです。

そして、Qualityの高低を縦軸に、Payの高低を横軸にとって交わったところがその忙しさの満足度だといえるではないかなと思いました。そして、私なりにはその忙しさの満足度が、その忙しさの善悪を決定できるのではないかと思います。もちろん善悪を程度で表すのは難しいと思いますが、もし、善か悪かとはっきり決めたい場合は、そのグラフの中心点から斜めに線を引いたら分けられるのではないでしょうか。

これはあくまで私の考察です。
長くなりましてすいません。

ちなみに私、原田さんの前職の同期の元カノです。。(探さなくていいですので汗)

原田:

わぁ!ありがとうございます。詳細な分析を感動しました。

仰るように、質とPayの2軸できるのは面白いですね(Payはおそらく時間と単価になるので、実際は3軸の複合かもしれませんが)。

これはユニークなマトリクスだと拝見します。ちょっと考えてみますです。

あと肉体的なものが限界がある(いわゆる労働集約的かスケールメリットを生かせるか)という点も強く同意です。とはいえ俳優などは例外として考える必要があると思いますが(ただこれは知的労働と考える方向性もあり)。

あと元カノというのは非常に興味深い情報をありがとうございます。現在ではないというところが味噌かと(笑)。今後とも何卒宜しくお願い申し上げます!

かなてぃ:

そうですね、私もタレントとかはどうなんだろうと思いながら書いていました笑

原田さんならさらに深く分析できると期待しております:)

ちなみに元カノですが、原田さんには一度だけ会ったことあります。(はは。)原田さんのブログは面白いのでいつも拝見させていただいております。
こちらこそ今後ともよろしくお願いいたします☆

原田:

おお、1度お会いしたことあるとな。それは衝撃的かつ興味深いお話をありがとうございます。
宜しくお願い申し上げます!

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