« 2007年07月 | メイン | 2007年09月 »

2007年08月 アーカイブ

2007年08月01日

(宣伝)BizGpがなんだか面白いことをなさるようですよ。

ラブリー龍吾が率いるBizGPですが、おもしろさげなことをするようです。

井上塾

本気で起業したい学生、もしくは、本気でビジネスを成功させたい学生起業家を対象に、事業計画の立て方、ビジネスの考え方を講義します。講義終了後、最終プレゼンテーションにて秀逸なプランには、井上が個人的に投資をすることもあります。

だそうです。

「このビジネスプランゴイスー」という人は参加されてみてはいかがでしょうか。いろんなもん教えてもらって、さらに投資してもらえるかもです。うらやましい。

対象は学生に限らず

1. 学生(大学生・大学院生・専門学校生)  (既に法人を持つ学生起業家の場合は役員社員含め5名以下の場合のみ可) 2. 真剣に起業したいと考えている方、若しくは真剣にビジネスに取り組みたい方 3. 住・健・学・働・金の5つの分野で人の暮らしをよくするビジネスを行いたいと思っている方

だとか。

なお9日締め切りだそうです。

応募締め切り 8/9日(木) 23:59 書類選考の後、面接により井上塾入塾の合否を決定いたします。 書類選考、面接の結果は、メールにてお伝えいたします。 募集数 5チーム (個人でもチームでも応募できます。)

ご興味ある方はご応募されてみてはいかがでしょ。

2007年08月02日

運とか奇跡とかセレンディピティとか

少し前、はてブ界隈で運の話が話題になっていたような気がする。

大前さんだか、出井さんも「成功するのに大切なのは運だ」というスピーチをしているのをどっかで読んだ。

で、調べたらあった。

運と機会を味方に「1人でも企業を変えられる」--出井氏が贈る起業家へのメッセージ:ニュース - CNET Japan

で、もう1つはこれか。

POLAR BEAR BLOG: 「計画された偶然」という姿勢

つまり、物事を成功させるためには運がかかせないが、その運とは

「計画された偶然」理論では、「運も実力のうち。幸運が訪れたときに逃さないように感度を高めたり、幸運が訪れるような努力を行うことが大切」と説くわけです。

というものに裏付けられる。

まぁ、これを聞くと麻雀とかを思い出す人もいるのでは。

どたんばで無茶苦茶ヒキが強い人がいますけど、そういう人たちってのは、どう考えても「運を引き寄せている」としか思えなくて。

やはり、おりる時は降りているし、場を読んでいるし、なんか、ちゃんと計画された運って気がする。

わたくしめのの考えとしては、科学的に考えて純粋な意味での「運がいい人、悪い人」というのは存在しないような気がする。

なぜなら運というものに価値を与えるのは主観でしかないわけで(つまり「いい」「悪い」)、そんなものは科学的に傾向がうまれようがない。

では、なぜ「運のいい人悪い人」がいるかというと、人間がそうラベリングしているからそう見えるだけである。つまりは、これも前に書いたけど、心理バイアスの問題ですな。

で、加えて、その「いい」「悪い」が「人間の視点から見て偏っていた」という場合だとしても、確かに「運のいい人、悪い人は存在する」という仮説を考えることは可能である(つまり、チリ人とコロンビア人とコスタリカ人の3Cの国には美人が多いという言説を論証するのと同義)。

しかし、これも結局、たまたま可能性の問題として「ここぞ」という時に「良いと判断しうる運」をひっぱってくるタイミングが重なったわけで、そう見えるだけである。

つまり、長期の平均でならせば、その「運の良さ」は局地的な単なる運の偏りでしかありえない。

この辺は行動ファイナンス理論 なども参考になろうか。

で、まぁ、それはそれとして、でも、しかし、そのような運が「偶発的」なものならば、逆にその「偶発性」を準備することは可能ではないか?ということを検討する余地があるのも至極当然。

で、それが冒頭の「計画された偶然性」になるわけだが、この言葉を聞くとセレンディピティを想起する人は少なくないかと。

何かを探している時に、探しているものとは別の価値あるものを見つける能力・才能を指す言葉である。何かを発見したという「現象」ではなく、何かを発見をする「能力」のことを指す。

具体例として以下のようなものが挙げられている。


# アルバート・ホフマンによるLSDの幻覚作用の発見

# 田中耕一による高分子質量分析法(MALDI法)の発見

# スモーリー、クロトー、カールによるフラーレン(C60)の発見

しかし、こんな高尚なものでなくとも、もっと卑近な例はいくらでもあると「個人的には」考える。

たとえば、「めがねを探している時に、前に失っていたワッペンを見つける」だとか「失恋して映画を見ている時に、その映画から新しいビジネスアイデアを思いつく」だとか。(超適当ですが)。

で、このような偶発性は、まさしく計画できるものである。

つまり「偶然」が起こる可能性は前述のように、なべて均一だとしても、その均一に訪れる運を、うまく活用できるかの素地作りができる、というか。

つまり「誰でも人生で5分間はヒーローになれる」とウォーホールだかチャップリンだかは言ったけど、その5分間を、最大限活用できるするようにするには、個人の裁量にかかっている。

たとえば、「キャンベルスープの缶」を見て、それをアートだと思い新しいポップアートを生み出してしまう人がいる一方で、それは食べ物にしか見えない人がいるというような。

そして先ほどの卑近な例でいえば、「めがねを探しながらサングラス」を見つけるには、サングラスをなくしたという事実を覚えておく必要があり、あるいは「映画を見てビジネスアイデア」を思いつくには、常日頃から、それに関して考えておく必要があるのと一緒で。

で、ここで久しぶりに原田ライブラリより奇跡を引用。

私たちの生き方には二通りしかない。奇跡など全く起こらないかのように生きるか、すべてが奇跡であるかのように生きるかである。

この言葉が重みを持つのは、まさしく、この奇跡を生み出したアインシュタインからの言葉であるからに他ならない。

もっともアインシュタインは、不確定性原理(だったっけ?)という奇跡(偶然)を認めなかったという逸話もあるそうですが、それはご愛嬌。

で、何がいいたいかというと、やはり、森羅万象、我が身に起こる奇跡や偶然が、「たまたま」だとしても、あるいは「計画されたもの」であったとしても、やはりそれは「天からの僥倖だ」と捕らえたほうが人生、ハッピーに生きれるに違いない、とかおもったのだ。

2007年08月11日

とんてけてん

最近のいろいろ

■プチ同窓会にて

ある出版業界に勤める姫が申しました。

そろそろ男性が子供を生む時代になってもよいと思うんだよね。

この言葉になんかピンときた。激しくピンときた。

そうだよねー。男性が主夫する時代。女性がお仕事ばりばりされる時代。じゃあ、もう、男が子供を生んでもいいよね。てか、うまないとフェアじゃないよね。

子宮とかもろもろ移植したら可能なのかしら?まぁ男性の腹が出ているとビジュアル的にNGという課題があるとしても。

■プチ同窓会にて2


宇宙の果てのことを考えていると、2晩眠れなくなった

これもわかるような。

時に人間って哲学的になるよね。まぁ、主に作業を終えたベッドの上とかでは特に(謎)。

昨今も、やれ「ものが浮くようになった」とか「タイムマシンの原理がほにゃらら」などのトンデモ系なのか、どうでも系なのかわからないネタがブックマーク業界を騒がしていましたが。

まぁ、でも、やはり個人的に1番気になるのはお化けかしら。怖い。

■生水を飲めるか

ふと。

日本の生水って飲めるのかしら?と思った。昔はがぶがぶ飲んでいた気がする。

しかし、知らない間に「水が売られる」という非常事態が常態となり、ミネラルウォーターがわれわれの需要を喚起し、それを受け入れる私たちがいた。

そしていつのころからか、水道水を飲まなくなって久しい。

しかし、実はのめんじゃね?と思った。

てか飲まないといけない。体を甘やかしてはいけない。

スーダンのカメに入っていた水を飲んでいたころの自分に申し訳ない。あるいは、スイスのチューリヒの駅のトイレの水道水をがぶがぶ飲んでいた自分に申し訳ない。「おぉ、これぞアルプス(違う)の水道水!」なんて。

ということで飲んでみた。いまんrところ異常はない。カルキ臭さが問題なだけか!?でもおいしくないような気もするという大問題。

おいしい水って本当においしいですよねえ。錯覚かも知らないけど。和歌山の高野山の山奥で湧き出てくる水とかってべらぼうにうまいのよねえ。

■NOKKO

たまたまNOKKOの名曲 人魚を聴いた。やっぱりいいなぁ、と思った。

iTunesでないかと探したら、ナミエアムロドットコムがカバーしていた。そこまで悪くない。ついでにヒルズの上では、スカイアクアリウム開催中とのうわさ。

ついでに、さかきばらいくえさんの「夏のお嬢さん」をiTunesで探したけどなかった。悲しい。

■IKEA

今頃、初IKEA@港北。カート6連結したった。

何がひどいって帰りの渋滞。

■ウェンディーズ

ウェンディーズのハラペーニョバーガが辛い

■スリッパを買いました

新宿、東口の無印良品でスリッパを買いましたよ。480円だったかと思いますよ(税抜き)。

でも、結局、はかないんだよねー。トイレとか、机の下にそのまま放置されてかわいそう。

2007年08月18日

エスとエムと

エスとエムに関して

飲み会や合コンなどでたまに座を沸かす話題の1つに「血液型は?」といふ質問がある。その派生として「星座は?」「出身は?」「性別は?」などといった個々のプロフィールに属した質問は時に格好の話題となる。

しかし、もっとも吟味しうるべき問いの1つとして「エスか、エムか」という命題がある。これは、何もイニシャルトークの話ではない。人間の尊厳をかけた崇高たる性癖のことに関する議題である。

もっともprovocativeでセンシティブだからこそ興味深いテーマとなり、国際サミットでもよくアジェンダと設定されることはむべなることかな。

さて、エスアンドエム。学術的にはサド、マゾとも呼ばれ、その隠微なる響きとともに、ジャーゴンめいた言葉の余韻は耳にするものに暗澹と狂喜と戦慄を喚起せざるを得ない。
マゾ、いわゆるところのマゾヒズムとはWikipediaによると、


、肉体的精神的苦痛を与えられたり、羞恥心や屈辱感を誘導されることによって性的快感を味わったり、そのような状況に自分が立たされることを想像することで性的興奮を得る性的嗜好の一つのタイプ
とのこと

対してサディズムとは


加虐性欲ともいい、相手(動物も含む)に身体的または精神的に苦痛を与えることによって性的快感を味わったり、そのような行為を想像したりして性的興奮を得る性的嗜好の一つのタイプ

のこと。

人間は大別すると、どちらかに属するように思える。しかしながら「ニュートラル(中立)」の人もいれば両方の人もいる。それこそ、まるで人間の性別のように。

ただし、「ニュートラル」と自分が思っている人でも、単にその人が「気づいていない」というだけのことも多くあり、ほんのちょっとしたことでその才能が開花され大器晩成へのつながることもあり油断はできない。

また山田詠美女史は

良質のマゾは良質のサドでもあるのだ。
というような箴言も残している(ぼんやりとした記憶だけど)。

そう考えると、自分をマゾ、ないし、サドと定義してしまうのは危険だけでなく機械損失でさえもあるのだ。

また、これらの概念を禁忌として押さえ込むのも非常に危険である。

たとえば、自由からの逃亡で有名なフロム先生はこういっている。

マゾヒズムにおいて、個人は絶えがたい孤独感や無意義感に動かされているということを意味している。彼は(肉体的でなく、心理的なぜんたいとしての)自分自身から逃れることによって、それに打ち勝とうとする。その方法は自分自身を小さくし、悩まし、まったく無意味な者にすることである。

このようなサドマゾを捕らえると、もはやそれは心理機構としての欠かせざるギミックであり、そしてアウトプットであり、そしてエナジーでさえも兼ねることになるのだ。

ちなみにググったら、こんなのを発見。サドマゾ度を判断してくれるそうな。

性格診断★サドorマゾ診断

ともあれ、話を戻すと、人間が生きるうえで、このSかMかという傾向は欠かせざる話題なのである。特に恋愛においては、それは非常に大きな議題となりうる。両方がエス、両方がエムというのは、もはやシェイクスピア悲劇でも歌われるような悲劇でもある。

ドストエフスキーもアンナカレーニナの冒頭でこういっている。

サドの性癖は押しなべて同じだが、マゾの性癖はことごとく異なっている
と。(少し嘘つきました)。

つまり、両方がSorMというのは、まさに磁石での「S」同士、「N」同士というような反発が反発を生み、まさに原爆のごとき核分裂を引きおこし、その惨劇たるや、ぺんぺん草も生えない。

このSMの相性が合わないことと性別が合わないのとは同レベルといってもさしつかえないほど大切な課題なのだ。

もし双方がSならば2人はテルマ&ルイーズのごとく2人での犯罪をおかしてしまうだろう。もし双方がMならば間違いなく心中の道を歩き出すこと必至。

さて、ここで思い返してみたまえ。

今までの自分の恋人を。その者の性癖を。いかがだろうか。自分のSM属性とは逆の人が多かったのではなかろうか。もしそうであるならば、あなたには自分のSM傾向を正しく把握しているということだ。そして、その嗅覚が非常に高いということである。

ともあれ、話をまたも戻そう。

酒の席でたとえば相手にSM度を聞くと、たいてい、相手はどちらかを「ぼんやり」と認識していることが多い。

また、ちょっとしたゲームで、それらを判別するという遊戯も可能である。しかし、この推測というものが非常に明快である場合とそうでない場合がある。たとえばわかりやすいのは、性格はきつそうで、見た目はエスにしか見えない人でも、性癖というレイヤーではMの場合がある。逆に、なよなよしていていじめられっこが、隠れた本性ではサドという場合もかなりある。

これがSM度の面白いところであり、人間の偉大なところであり、人間賛歌であり、ライフイズビューティフルなわけである。

結論としては、自分のSM属性を知っていることが、ソクラテスの言うところの「善き生」につながるのであり、ひいては、ハッピーライフにつながるのであり、結果的に世界が平和になるのである。

ゆえに、自分のそれを把握することは世界平和のためにも有効。

2007年08月26日

僕らはいつか土に還ってしまったね

タイトルは岡崎京子と江國香織をイメージしたもので他意はない。

先日、Mr.childrenさんの歌「くるみ」が好き、という人がいて。

iTunesに入っていた気もするけど記憶にないのでYouTubeで調べてみた。するとなかなか良かった。

ベタベタなんだけど、このオジイチャンのテンション素敵。

てっきり「くるみ」という歌だから、木の実がタワワにざれごとを歌う歌かと思っていた。「君たちキウイパパイヤマンゴだね」みたく。

そこでMr.childrenさんの話。

女性受けするミュージシャンなんだろうか。周りでも、好きという人は昔から居たような気がする。

特に「LOVE」という歌を好きな女性が多い気がした。少なくとも4人は知っている(1人の顔は思い出せず)。どういう歌かというとこんな歌のようでした。

LOVE Mr.Children 歌詞情報 - goo 音楽

一言で言うと、「分かれたカップル。でも、分かれた後も男は女が気にかかる」的な。まぁ、確かに「一般的には」男性は、過去の彼女を特別視する傾向があると言われているような気がしないでもない。

歌詞を引用すると以下。

なにげなく なんとなく

他の誰かに君を染められるのが気にかかる

ということらしく。

いわく、「男性の恋愛は別名保存、女性の恋愛は上書き保存」の証左的な歌詞。

(cf 別名 上書き 男 女 - Google 検索
これが意味するところは男性は、分かれた後も、過去の女性のことは特別に思っている。女性は綺麗さっぱり忘れて、今の恋にしか興味がない、ということで。

つまり、これは男性はちゃんとバージョン管理するけど、女性はしないからバックアップ必須という示唆(違。

で、まぁ、この名言もある程度、まとを得ているところはあるのだろうな、と思うわけで。周りの声や環境を踏まえる限り(主観を入れるとややこしくなるので横においておく)。

しかし、面白いのは、そのような表現をした歌を「女性が好き」ということがあるということである。

つまりは女性もちゃんとバージョン管理して日付やクライアント別でファイルをソートする人がいるというわけである。当然ながら。

まぁ、だから何?という話でもないのですが、ミスターチルドレンつながりということ思い出した話。

で、それ繋がりで思い出したフレーズ。

高校生のころ、結構、インパクトを受けた一文が以下。

永遠なる欲望の果てに 誰もが土に戻るなら

「my confidence song」歌詩

この土ってのがピンときた。死ぬとか、消えるとかじゃなくて、土になるわけで。

人間って有機物なんだな くさるんだなぁ みつを

ってなもんで。そこでエスミマキコ姉さんの

同じゴミでも私は燃えるゴミだ!
という名言を思い出した。まぁ世の中が燃えないゴミな人たちで溢れていることを皮肉った言葉だけど。

で、人間は恐らく、くさるわけで燃えるゴミだ。すべからく。ただコンビニ食が多い人は保存料が体に蓄積されていてくさらない、燃えないそうだけど、それこそ萌えない。

まぁ、土になるのも悪くない。まったくもって誰しも土になるなんて、平等な世の中だなぁ。素敵。

2007年08月30日

マルチタスクs

自転車をこぎながら右耳でiPodを聞いて左耳で電話をして、タバコを吸いながら信号無視をする人を見た。

なんだか人生は儚い、と思ってしまった。

そこで、ふと「トイレには必ず本を持って入る」という友人を思い出した。トイレの必要時間がそれだけ長いというよりも、トイレでの時間を無駄にしたくないそうな。

また、「お風呂には必ず本を持っていく」という友人もいる。風呂に入る前に本棚の本を吟味するというのは、いかんせん風情がある。

そんな時代にわれらは生きる。

とはいえ、二ノ宮金次郎大先生は歩きながら本を読んでいたわけで、昔からそういう人もいる(ちなみに野暮だけど言っておくとこれは若干のアイロニーである)。

逆にシングルタスク鉄槌派も少なからず。

たとえば食事中は飲み物を飲まず、まずは炭水化物からやっつける、なんて。

でも、そういう人に限って恋愛はマルチタスクだったり(言っておくがこれは当然、他意なきジョークである)。

で、さらに話は飛ぶけどトイレで電話をする人ってかなりリスクテイカーだと思って少なからず尊敬している。

リスクは2つ。

1.電話相手に何かしらのノイズが聞かれる
2.トイレでの同じ空気を共にしている人に話の内容が聞こえる

いわゆるこのコピペ

トイレに入って便器に腰を下ろしたその時、隣から 「オウ、元気?」と声がしたんです。
普通、トイレで見知らぬ人と話をすることなんかあります? しかも壁越しに。
どうしていいか分からんかったので、ためらいがちに「まあまあだよ」と答えました。
すると隣人は「そうか……それで、今何してるの?」と言うのです。
変だな?と思いましたが、邪険にするのも何なので、
「そっちと同じやん。うんこしてるんだよ!」
って、言ってやりました。
すると、隣の変な男は小さい声で

「オイ、あとで電話かけ直すよ。隣の個室に、俺の話にいちいち答えるアホがいんだよ」  だってさ

まぁいいや。

まったく他意なきエントリでした。

連絡先

esegentleman.png

関連リンク

注目エントリー

写真

www.flickr.com
This is a Flickr badge showing public photos from kazuhide. Make your own badge here.
あわせて読みたい
track feed