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会話とは「聞く」と「話す」のトランザクションではない

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なんて速さで頭が回転するなのだろう、と圧倒される事がある。
なんてシャープでソリッドなんだ!と。
それは往々にして話をしている時が多い。

こちらが全てを言い終わる前に、答えを返される。

いや、寧ろ私が
口を開けて、最初の単語を言い終わらないうちに
こちらが何を言いたいかを把握して回答を見つけている。
そして的確に私の単語に被せられる。
マウントポジション。

いわば、言うならば
こちらが喋っている間に
「話の内容を認識」「内容を理解(認知科学的にはこれは把握とは別だったような)」「適切な回答を設定」「回答に適したデータをDBにクエリをかける」「適切な回答を見つけ出す/評価する」
「アウトプット」の6つを行うわけである。

なんてファンキー。
石田衣良の小説の1シーンを思い出した。

「ある時、彼は、パーティでテーブルの上のグラスに手をひっかけ
テーブルの上からグラスを落としてしまった。しかし、そのグラスが地面に着く前に
彼は、ひっかけた手で、そのままグラスを捕まえた」と。

つまり、それほどのしなやかさと敏捷さが、会話の其処にはある。
しかも、その回答がこちらの意図せざるを得ないものだと
尚更、感服せざるを得ない。

言葉を言い終えないうちに、把握できるのは
きっと、それまでのコンテクストやこちらの表情、あるいは間の取り方等から
理解している為に、言葉を聞くまでもないのだろう。
コミュニケーションにおいて言葉が持つ力の割合はせいぜい7%程度
という話もある事だ。言葉以外の表象される何かから、物事を理解しているのだろう。

そういう人たちは、きっとCPUが違うんだろう、と思う。
こんな時に「対話」というのは代用の効かないものだなぁ、と。
そんな畏怖するような体験は本やネットでは得られないものなのだ。

今回のエントリは対話の話なので、下記、全て友人の語を利用し文章作成。

連休中の土曜日に友人Aが言っていた。

会話とは球技である
と。

古くからのメタファーだが
それは的を得ているからこそ、今でも使われる。

つまり、会話とはサーブがあり、レシーブがあり
あるいはトス/ボレー/スマッシュ/ダブルドリブル/オフサイド/犠牲フライがあるわけである。
言うならば。

そして金曜日、別の友人Bが言っていた。

こちらの問いかけの返事がいつも混沌とした人がいる。
まるでこちらがラケットで打ったボールを足で返す人がいる。(原田一部デフォルメ) 

と。

つまり、ブッシュを突付くようなレスポンス。
問いの回答には決して届かない、ぼんやりとした言葉の塊を投げ返す。
こちらの問いを代名詞で、あるいは比喩で返す人。
つまり、「もどかしい」回答を返す人。

確かに、そのような語は、文学においては有効だろう。
しかしビジネスでは、そのような返信は
言葉のブレを生み、コミュニケーションの往復分だけ
その乗数分、ズレが生まれ続けていく。
揺れが揺れを生み、いつしかその言葉の海に飲み込まれる。

つまり、言葉においては
華美とaccuracyは両立しない。原則としては。

さらに別の友人が日曜日に言っていた語。

「旅行って好きかね?」と聞くと
「嫌いな人はいないのではないか」

という即答。

これは反語と演繹法を駆使された秀逸な回答ではある。
しかし、これを上記のズレを生む会話で返すとこうなる。
「例えば、旅行が好きというのが海外の雰囲気を味わうのが好きという意味ならば
 そのようなものを好きな人は多いと思う」というようなレスになる。

ともあれ、「コミュニケーション能力」なんていう曖昧で
抽象的で、便利で、ふざけた言葉が流行る昨今は、
しかし、それでも社会がそのような「会話」を成り立たせるための礎を欲している事の
片鱗なのかも知れない。

誰の言葉だったか。
戦争を止めることが出来るのは対話だけだ、と。

心理学で有名な話でこういうものがある。
例えば喫茶店で隣の奴が貧乏ゆすりをしていると非常にイライラする。
しかし、それをしているのが友人だと、「相対的には」イライラしない。

つまり、相手を知っているかどうかで自分の心理は相対的に揺れ動く。
それを成り立たせる方法が対話である。

ちなみに原田ライブラリには、このようなメモもある。

対話中の相手の仕草で相手の心理を見抜くホゲホゲというもの。
どっかの心理学の本から拝借した。

左の部位は相手が会話中に触っている場所

肩 相手が効き手で反対側の肩を触ると嫌な気分がおそっている。
顔 気分的に受け入れがたい衝動が襲った時
口 疲労感を感じている
目や目じり 考えることを嫌がっている
耳 何かを決断した。しかし本人にとって喜ばしい内容でない
胸のあたり 気持ちがいいときに
頭 後悔の念が襲った。自責の念。失敗に気付いた時
腕、手 話に同意できない。批判的
膝 焦燥感を感じてい

勿論鵜呑みに出来ないが時に身体は正直という可能性もありうるという話。
しかし、もしこんな話が本当ならば、モナリザは何に焦燥感を感じているというのか。
ともあれ、他にも目が右上、右下、左上、左下でどう動いているかを分析する方法もある。
これは生態的?に出ている分析なので意外とあたったりする。

そういえば、早苗(だった気がするのだが)がこのような事を言っていた記憶がある。

私が「女性の会話と男性の会話は明らかに違う何かがある」と言った(もう少し
アグレッシブな何がだったが)事に答えてこう言う。

それは違うのは当然だ。
男と女は会話の目的が違う。
男は会話の結果を楽しむ。しかし、女は会話のプロセスを楽しむのだ。
と。

それを聞いて、成る程、と妙に得心した覚えがある。
そして、お決まりのライブラリからの引用を。

ジョジョの中のセリフ


「オレの知り合いか? おや! 全然違ったあああ だが なぜ他人の部屋に入り 荷物へ手をかける?」

「ジャイロ・ツェペリを探してる どこにいる?」

「おっと 会話の成り立たないアホが ひとり登場~~ 質問文に対し質問文で答えると テスト0点なの知ってたか? マヌケ」

確かに、質問文で質問で答えるというのは
高等なテクニックの1つではなる。
そういえば、金曜日の打上でも、望がこの高等テクニックを使っていた記憶が。笑

そしてモーロア。

幸福な結婚とは、婚約から死ぬまで、退屈しない長い会話のようなものだ

誰かが、恋人の条件で
「ディズニーランドで3時間スプラッシュマウンテンに並んでいても、退屈しない人」を挙げるように。

そして、私の最愛すべき映画「パルプフィクション」の秀逸なシーン。
これを見た当時、中学生だった私は、
「なるほど、沈黙とはそういうものなのか!」と意味もなく合点した覚えがある。
沈黙を破るための会話の是非。

パルプ・フィクション(心に残るあの台詞)


ボスに頼まれて、さみしがり屋のボスの妻ミアの相手をする事になったヴィンセント。50年代風のクラブ・レストランでのふたりの会話


ミア:こういうの嫌い?
ヴィンセント:何が?
ミア:気まずい沈黙 それを避けるためにくだらない事をしゃべる?
ヴィンセント:そうだな 面白い疑問だ
ミア:好きな相手だと 話をせず 黙っていても気づまりじゃない
ヴィンセント:僕たちは初対面だから仕方ないよ


そして最後に。
ジョンブラウンの言葉

会話の名手とは、相手の言ったことを覚えてる人ではない。
相手が覚えておきたいことをいう人である


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コメント (6)

Morry:

初めまして。興味深いタイトルだったので、
お邪魔してしまいました!(NYコミュより)
さらに、マイミクのマイミクに知り合いを発見してビックリしました。

面白いネタを色々ご存知ですね…!
最後のジョン・ブラウンの言葉よいですね。
会話していて「この人頭よい!」と感じるときはありますが、
知っていたり・分かっていたりしても、
(相手の気分を害さないよう)あえて知らないふりをするのも
頭のよさ、のような気がします。

Anonymous:

お久しぶり!
お元気?私は元気だー!

そんで言葉の問題、そう、難しいよねー!

最近私は姉とよく、「真剣に話す気がしない」などという感覚で合致してしまった・・・

楽しい方が、優先・・・

結局言葉に実体がない以上、どこを頼りに理解と呼ぶのかは、本当に自分と相手に依存してて、とにかく、通じるか通じないかは、ホント、言葉の責任ではないなと。

私が好みの人を聞かれたら、真っ先に「同じ言語を持った人」と答えたい。

つまりは笑うツボ、っていう簡単な話しなんだろうけど。

それで最近私は、少し混乱するときがある。

無意識は言語化されることによって意識され得る、みたいなことどっかで聞いたけど、その言葉に実体がない感じがしてきて、最近私は、笑いたくなる程、お手上げです。

だから結局、口が自動的に動くままにしゃべってる感がする。
そんな言葉に重みがなくて、どこまで自分のものなのか怖い気さえする。だからある時は、本当にしゃべりたくないのに、ある時は必要以上の説明をしてしまう。

とにかく、通じない人には、いくら説明しても外国語よりも通じないなー、と。

ということで、話しが長くなりそうなので、そろそここの辺で・・・・

お仕事頑張って!!!

私は体調とてもいいです☆

中崎より:

会話とは球技である

は、言い得て妙ですね。職業的にそういう会話が仕事の成否を分けることが多いものですから納得です。どんな仕事でもそうかもしれませんが。

ただ、会話が球技だとすると、それは言葉の中身だけでなく、人それぞれに得意のポジションがあるような気がします。野球の投手と捕手のように。時々しか出番がないけど、大切なときに矢のような返球をする強肩の外野手とかもいますよね。

冒頭の原田君が圧倒されたという人が誰なのか、大勢いるのかごく少数の人なのかわからないけど、もしかしたらその人たちは捕手のような人かもしれない。ふとそんなことを考えました。

久しぶりに(申し訳ない!)ブログを拝見したので、ごあいさつまで。

マチコ:

何か私がコメントしたものの投稿者がMOrryとかなってるけど、なんだろ。

マチコ:

度々失礼・・・・

あの、annomymousが私のコメントでした。

未だにドジしてます。

失礼。

原田:

>Morryさん

コメントありがとうございます!

>あえて知らないふりをするのも

成る程。これまた高等技術ですね。というか、これは、確かに難しいなぁと。
ジョンブラウンの言葉は、かなり秀逸ですよねぇ。

>マチコ
ども!ありがとう。

>、通じない人には、いくら説明しても外国語よりも通じないなー、と。

確かにそれはあるな。
よく聞く話で、日本人で英語とか喋れる人はかず多く居るけど、結局、彼がその英語をうまく喋るかどうかはその人が母国語の能力に依存するというか。

共通言語を持った人、ってのは同意!

>中崎さん
ご無沙汰しております。ありがとうございます!
ポジションとは、これまた上手いメタファーですね。
個人的には、スリーポイントシューターが苦手です。キャッチもタッチも出来ない!

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