
最近、やたらと夢を覚えている日々で。
大抵がナイトメアと形容されるソレに属するようなもので、
いささか厄介。
夢ってのは良い夢、ナンセンスな夢を見る分には
非常に豪華絢爛な奴だが、
やんちゃをする事もあり、非常にトラブル。
ともあれ、そんなヘビィな寝起きを
毎朝してられんな、と思うわけで
やわになっている、と思うわけである。
今日は、なぜか意味もなく唐突に5時に120%の力で起きてしまい
(寝たのは3時)、
朝から、謎にパワフルな寝覚めをもてあましていた。
気がついたら、全力で脳が回っているような目覚めなわけである。
二度寝したくとも、体は5速に入っている状態。6000回転ですよ。
仕方ないので、冷蔵庫から卵のサンドイッチを取り出して
珈琲メーカーのスイッチを入れた。
牛乳を買うのを忘れていたので、ブラックにした。
そして、洗濯をして、PCで作業をしていたら、
唐突なる「何か」に襲われて、気付くまもなく落ちた。
まさに、事故のような眠りだった。
ダンスダンスを思い出す。
でもそんなことをぼんやり考えているうちに突然眠りがやってきた。
舞台の暗転みたいな一瞬の急激な眠りだった。
眠りに落ちた瞬間のことを僕はちゃんと覚えている。
巨大な灰色サルがハンマーを持ってどこからともなく部屋に入ってきて、
僕の頭の後ろを思い切り叩いたのだ。
そして僕は気絶するみたいに眠りに落ちた。
ともあれ、そんなでもっぱらの私の敵は夢であり、
ガチコンいわせなアカン。
夢でライブラリ検索。
ゴッホの名言。
一番美しい絵は寝床のなかでパイプをくゆらしながら夢見て、決して実現しない絵だ。
なんとリアリストで皮肉屋でクールなのだろうか。
しかし寝床でパイプくゆらすと火事になりますよ。
夢を続けましょう。
ラルフローレン。
私は洋服をデザインするのではなく、夢をデザインする
いいんじゃないかな。
そして我らが国木田独歩先生。
男女相愛して肉欲に至は自然なり。
肉欲なき恋は真実にあらずして空想なり。
醒めてあとは夢の如し。第三者の目より恋する男女をみれば、ひとつの痴態にすぎず。
されど恋する男女にとりてはその痴態も真剣なり真面目なり
なんて素晴しい文章を詠むのだろうか、とうっとりするなぁ。
しかし、こないだのボニーピンクの歌詞といい、
この「肉欲なき恋は真実にあらずして空想なり」という断言と言い、
極論は時に非常に心地よく刺さってくるもんだなぁ、と思うわけで。
J・L・カーさん
あの穏やかな日の続いた季節-すべては夢のように消えてしまった
なんとヘビィな事を言うんでしょう、と思うんだが
まぁ、万物流転とアリストテレスが喝破したように
万物は「夢」のように消えるから良いのである。
しかし、問題は
「ツワモノどもが夢の跡」といわれるように
跡が残るからそこに水溜りが出来雨がフリ
鍾乳洞が出来、観光客が訪れ、饅頭が売られだすことになるのであろう。
しかし、あれですよね。
加齢と共に涙もろくなるのは盛者必衰の如く自明のモノではないかと思うのだけど
どうだろうか。
いや、別に何かを思い出して、とかいうよりも、
単純に何かに心揺さぶられる系の。
スポーツは当然としても
あまりにも雄大な自然や、
あるいは友人の日記の一行が、なんかシナプスをスパークさせやがる場合とか
なんか諸々。
あるいは単純に目が疲れているだけの可能性もかなり大きい。
一気に視力が悪くなってしまった。とほ
やわになってるなぁ。
チベットとかソマリアとかアイルランドとかパレスチナとか
キルギスとかクルド人とかプエルトリカンとかウイグル人etcetcとかは
私の頭からいつ出て言っちゃったんだろうか。
下記、再度、ダンスダンス。
何か主張するくらいなら、言われたとおりに何でもやってやろうというような気になっていた。
その方が楽なように思えた。
やわになっている、と僕は思った。
疲れてやわになっている。昔はこうじゃなかった。
昔はもっと真剣に腹をたてていた。
ジャンクだろうが煙草の煙だろうが電気カミソリだろうが、そんなもの気にならなかった。
年をとったんだ。
弱気になっている。
この言葉って、ひどく胸に突き刺さる今日この頃で。
仕事とかじゃなくって、なんというか社会的な人間という意味で痛感する。
つまりですね、
昔は、もっとパレスチナとイスラエルの宗教問題とか、
格差問題とか、少子化への問題意識とかずっと強かったんですよ。
それが、今はどうしたことだ。
日常に忙殺されて、日々をこなすことで一杯になってるわけで。
昔は、空腹だったし、金も今よりもなかったし、何もなかったけど
ひたすら、やり場のない怒りを世界にぶつけていたような気がするなぁ。
マスメディアだとか、政府だとか、国だとか、教育だとか、甘えだとか
片端から怒っていたような気がするんだけれど。
マザー・テレサは言ったよ。(有名な言葉だけど)
愛の対義語は、憎しみではなく無関心だと。
昔はこの言葉聞いても、ふーん、としか思わなかった。
そもそも愛ってのが肉欲だと勘違いしてしまうような頃だったからかも知れないけれど。
最近、やっと、この言葉の意味をおぼろげながら解かるようになってきたわけ。
「あなたの言う国を作るってのは、マザーテレサ云々」と指摘されて
改めて思い出したわけで。
無関心というのは、原罪としてしまうには
あまりにもevilである。
そして、無関心でもしょうがないさ、と
達観するのは、より極悪である。
諦めという概念は、時間という次元の否定であり、
同時に、故人たちが追及してきた人の可能性というものの排斥である故の、先達たちへの冒涜であり侮辱ですらある。
最後も、ダンスダンスに締めてもらいましょうか。
なにもやらないよりは動いた方がいい。
何か試してみた方がいい。
理力が僕とともにありますように。
May the FORCE be with YOU
講談社 (2004/10)
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コメント (4)
私も涙もろくなりました。
再放送のドラマの決め台詞なんか、結構良いこと言って泣けるし。
日常は侮れない。
無関心といえばカミュの「異邦人」を思い出すな。そしてストレンジャーはギロチンになったよね。
昔友人に私はこの主人公に似てる、と言われたことがある。
病気になる前で体調が異様に冴えなかったから全てがめんどくさいと感じてしまっていた、と言い訳出来るけど、最近もめんどくさい、って言葉がチラホラ出没するから体調管理気を付けます。
カズも頑張ってねー、仕事
投稿者: マチコ | 2006年06月27日 19:52
日時: 2006年06月27日 19:52
私も涙もろくなりました。
再放送のドラマの決め台詞なんか、結構良いこと言って泣けるし。
日常は侮れない。
無関心といえばカミュの「異邦人」を思い出すな。そしてストレンジャーはギロチンになったよね。
昔友人に私はこの主人公に似てる、と言われたことがある。
病気になる前で体調が異様に冴えなかったから全てがめんどくさいと感じてしまっていた、と言い訳出来るけど、最近もめんどくさい、って言葉がチラホラ出没するから体調管理気を付けます。
カズも頑張ってねー、仕事
投稿者: マチコ | 2006年06月27日 19:53
日時: 2006年06月27日 19:53
おじゃまします。
歳をとるごとに関心事が自分の身の内、内に狭まっていくような気がしております。
両手で囲ってその中に入る範囲。
それが自分の器なんだなと最近悟ったが故なのですが、
5年後にどう思っているかは分かりません(笑)
投稿者: たいこ | 2006年07月01日 10:00
日時: 2006年07月01日 10:00
>マチコ
おお、マチコもそうか。
涙もろくなるよねえ。同じ年だしねー。
異邦人ってば、名作だすねえ。
太陽が黄色いから人殺す人の話だね。
ともあれ、ぼちぼちいきませう。
コメントありがとう!
>たいこさん
まさに、仰るとおりで。
悲しい限りです。
ただ手を広げて収まる範囲のものを
がっちり守るというのも重要で
どっちがいいのかわからないですね
コメントありがとうございますー。
投稿者: 原田 | 2006年07月02日 20:00
日時: 2006年07月02日 20:00