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風の歌を聞け

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オオ友よ。

昔、「風の歌を聞け」という歌があった。
イニシエの歌だ。
答えは、風の中にあると人は言った。

答えは風の中にあるのだろうか、と思った。

風の歌、と聞いて、
はるかネパールで出会った女性のことを思い出した。

名前は、ドゥオーモだか何だか、そんな名前だった。
覚えていないのではなく、
認識しづらい名前だった。
 だから、僕は「D!」と読んでいたものだ。

彼女は、ネパールに生まれた
チベット人だった。

チベタンは、ある場所においては
虐げられた生活をしている。
言葉が不適切かも知れない。
フェアではない場所に身を置いた日々を送らされている。

だからこそ
「Free Tibet」という標語が生まれる。
そして、そのTシャツを僕は買うことになる。
 自由という価値は、米国の専売特許ではない。
日本の片田舎の少年が叫んでも、知財法で訴えられることはない。

すべからく自由は絶対的な価値を持つものであり、
悠久の歴史を持ちながらも血にまみれた言葉だ。

ともあれ、Dは、
そんな環境に生まれ、20年間生きてきた。
僕と同じ年齢だった。

頭が抜群に良かったので、
ネパールではなく
インドの大学に奨学金で行くことが出来た。

しかも、デリー大学。
日本でいう東大だ。

そして、パスポートを持たない彼女たちは
パーミッションだけで、越境し、インドに向かう。

その道のりは平坦ではない。
牛に揺られ、窓のないバスに揺られ2日間かかる。
もっとも、実家に帰る時のルートだけれど。

彼女は、彼女の一家だけではなく
血縁すべてを担っていた。

だからこそ、かも知れないが
彼女は自分の道を疑いもっていなかった。
稀有なることだろう。

だからこそ、たまたまバスで一緒になった僕にさえ
「従兄弟の子なんだけど、養子にもらってくれる人を探してくれ」と
日本にまで手紙と写真を送ってくる。
写真現像代だって、馬鹿にならないだろうに。

勉強をしながら、バイトをし、
そして、プリクラを取っていた。

なぜ、風の歌で彼女を思い出したのかは
よくわからない。

ただ、ネパールのポカラに吹く
アンナプルナ山からの風は、とてもつめたかったのを覚えている。

風の中に答えがあるのかどうかは知らないけれど、
答えを求めない人がいるというのは、その時知ったように思う。
比喩的な意味で言うならば。

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コメント (2)

裕:

原田さんの日記はとても詩的で好きです。

19世紀末に生きた早熟の少年詩人
アルチュール・ランボーを思い浮かべさせられます。

病や苦難があろうとも
様々な人間のドラマは自然で穏やかな風が流れてる
そんなイメージを感じました。

含めて
過酷をいかに楽しむか

考えさせられます。

原田:

暖かいお言葉ありがとうございます!

ランポーとは、これまた大御所を
ありがとうございます。僕がゲイでないのが残念です。

基本的に、
「文章にすれば、あらゆる苦難は美しく見える」
 と、そのような哲学を、どこかで学びました。
だからこそ、言葉の力を
信じたい昨今です。

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