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走りつづけるんだ

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今、手元にマガジンハウス社の雑誌、
「BRUTUS」がある。

日付は、1999年の6月1日のものだ。

僕は、「紙」ベースのものをずっと保管しておく癖がある。
捨てられないのだ。

実家の倉庫には、
まだ北斗の拳が描かれているころの少年ジャンプが
山積みになっていたりする。
関西Walkerなんて、創刊号から5年分全てそろっているハズだ。
オカンか誰かが処分をしていない限り。

レシートや書面も、大体数年は保管して、
3年くらい経てば一気に処分する。
紙を捨てるのが怖いのである。

ともあれ、そんなこんなで
僕の部屋は紙に満ちている。

話は戻って、
BRUTUSの1999年6月号。

表紙は、安西さんの絵で
村上春樹が走るシーンが描かれている。
そしてリードとしてこう書かれている。
「村上春樹さんは、16回のフルマラソンを走り抜けて
『肉体が変われば、文体も変わる』と言います。」

この雑誌は、僕を市民ランナーにさせてしまった一冊である。
この号を読んで、
僕は定期的に走ることを決めた。
それまでは、単発でしか走らなかった日々に、
定期的な労働=ランニングが組み込まれることになった。

それ以来、7年の月日が流れたが
この雑誌は、定期的に読み返す一冊だ。

それなりの数の春樹のインタビューは目を通してきたが
この号のソレは、白眉である、ように思う。
春樹関係で26ページも割いているのだが、
そこにはトライアスロンのレビューや、春樹の走りクロニクルも含まれる。

今、僕の激しいマイブームは
「アンチエイジング」なのだが、その脈々と続く流れとなる。

いくつかピックアップ。

-インタビュアーが走るのは辛くないのか?
 と聴いた質問に答えて。

でも「やるのが当たり前」という習慣をつけてしまえば、
なんとかなっちゃうものなんだ。
人生のつらさに比べたら、1日に10キロ走るくらいたいしたことじゃない。

この習慣にしてしまえば、なんとかなるという考え方は
大いに共感できるところで、
いつのころよりか、
「継続は力なり」を金科玉条に挙げる私にとって、
この言葉は、「そうだよなぁ」と深くうなずくことになった。

-忙しそうだが、時間は大丈夫なのか?という質問に答えて。

僕は1日23時間しかないんだというふうに計算してやっているわけ。
どんなに忙しくても、もともと23時間しかないんだから、
という感じで、スポーツする分の時間は取り分けておく。
そうしないと運動なんてできないよ。

この余りにもストイックながらも、明確なある種の認識に対して、
青臭いながらも春樹に傾倒していた高校生の私は
電撃を受けたように思えたのだった。

その後の受験期を迎えても
ずっと走るころができたのは、
たった1人の、こんなシンプルな言葉があったからだったと言っても
過言ではないように思う。

これは、今でも、自分を規律する言葉の1つで、
「時間がない」というのを言い訳にしないメカニズムを持っている。
ゆえに、会社が始まった今でもジムの優先順位をかなり上げることになる。

人が
「よく行く時間あるね。仕事終わってから体力あるね」と言って下さるが、
「行くもんだ」という哲学と
「1時間はジムのために存在する」と考えていれば、
「行かざるを得ない」わけである。

-100キロマラソンに関しての質問に答えて。
ひとりじゃけっして走れない。そんなものじゃない、と言う。
そして、

それが60キロを過ぎたあたりから考え方を変えないと走れなくなくなってくる。
これまでの走り方をしていると、足がもう動かないんだもの。

そう、まさしく。
40キロは普通に超えて、そこから気合で、50キロまでは行く。
でも、60キロになると、そこからフルが1本あるわけだ。
もう精神がもたない。
50キロまでは、「とりあえず50キロ走ろう」と走るわけだが、
もう60キロの時点では、足が崩壊しているのだ。
そこからは体力の問題ではなく精神の問題である。

そういうどうしようもなくしんどい時にね、
自分の中で何かが変わっていくのが解かる。
その時走っていてガラっと変わったというんじゃないのだけれども、
とにかく変わったという記憶みたいなのが
尾をひくんだよね

これは、100キロを走った僕としても
多いに共感できるわけである。
何が変わったとは言えないのだが、
死にたくなるほどの精神的負荷と
信じられないほどの足への負荷のハザマで
精神のトランスミッションが変わるのだろうと思う。

100キロとなると足の筋肉だけで走れない。
曰く


足以外のものをそっくり使わなくちゃいけない、なんてね。

つまり体じゅうのあらゆる部品が、みんなで足をカバーするわけ。

まさしく、身体中のミトコンドリアが総動員されるわけです。
Evaじゃないけど、もう白血球から大脳新皮質まで
フルスロットなわけですよ。
それはそれで気持ちよかったけれど。


何が言いたいかというと
たった一冊の雑誌が、
時に人生を変えることがある。

本がそうすることがあるのと同じように。
映画がそうすることがあるのと同じように。
そして、友人がそうしてくれることがあるのと同じように。

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コメント (4)

とても、素敵な文章ですね。上から下まで。
なんか楽しくなってきたぞー。

原田:

わぁ。そんな素敵なお言葉を頂けますと
こちらこそ楽しくなる所存で御座います。
ありがとうございます!

日曜日は良いですね。
ほんとに。
今日なんて天気も良いから、
うずうずしちゃいます。

ジムは、さっき行ったので、
写真撮影散歩でもいこうかなぁ、と思案中。
でも休日のジムは混んでて嫌でしたねん。

走りだしたきっかけは春樹さんと、
Brutusだったんですね。
ここまで思い入れされると企画立てた人も大喜びでしょう。
(それにしても26ページはすごい。。)

このエントリーで僕も走りたくなってきました^^

原田:

コメントありがとう!

正確に言うならば
「定期的に」走り出したきっかけはこの本ですな。
春樹はもちろんのこと。
ブルータスは、素敵よねえ、やっぱり。
最近はトント買ってないけどマガジンハウスには
やはり惹かれるものがあります。

是非橋って下さいませ。
気持ちよいよー。
10日くらいすれば慣れてくる。

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