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A U HAPPY?


チャールズ・レブソンはこう言った。


競争に勝つのではない 叩き潰すのだ

格差社会や希望格差、下流社会などと騒がれる昨今。
かしましい昨今。

大学2年のころ、
「格差社会」のゼミを履修していた。
 土曜日の朝9時から始まるヘビィな時間割だ。

先生曰く
「人数を少なくするために、そうしてるんや」と言う。
関西弁ではなかった気がするけれど、
ともかく、サングラスをかけたヤクザのような先生だった。

実際、履修していたのは3人で、
大体2人くらいしか来ていなかった。

天気の良い日には、喫茶店で授業をしていた。
授業中に、珈琲を買いに行かされたのは片手で効かない。
もともと、某新聞社の記者の人だ。

その授業で、日本が持つ構造的な問題を扱った。
それが格差社会だった。
 とはいえ、当時はその言葉が確立されていなかったから、
「1億総中流社会の崩壊」といったニュアンスだったけれども。
慧眼であろう。
生の声で、日本が持つ教育格差や、給与格差を叩き込まれた。
天邪鬼としては、必死で反論したけれど
(どちらの立場でもよかったのだけど、とりあえず反論をするのがセオリーだ)
太刀打ちできなかった。

それから、4年が経った。
NEETという言葉が出来、格差が自明のものとなった。
厳密に言うならば、本質的に内在していたデバイドのアーキテクシャが
露呈してきたのが現状ではないかと個人的には思う。

世界でも、
デジタルデバイド、南北格差、軍事格差・・・
世界では格差を叫ぶ日々だった。

立花隆はこう言った。
「現代が、今までの歴史と明らかに違うのは
テンポラル(一時的)な仕事で生きていけるということですよ」(うろ覚え)

つまり、
今まで、生きていくには、「飯」の金を稼ぐことが第一だった。
飯を食わねば、ならなかった。
 しかし、今はバイトや派遣などの短期の労働でも
十分に飯は食える。
ゆえに、「必死で」生きなくとも良い。

「生きることなんて召使に任せろ」とは、先日引用したばかりの言葉だけれど、
まさに、現代は
「生きる」ことは容易である。
 つまり、飯を食う、ということは。
飯を食い、排泄をし、住む、ということは。
 そして、この容易という意味は、あくまでも過去との相対的な意味で、だけれども。

しかし「生きづらい」世の中とも言われる。
椎名林檎は詠う。
「世知辛い世の中」と。

本当のところ、世界の見方は
100人の中には101通りあるように、
結局のところ、世界は
「タフでなければ生きていけない」のか
「 AS Easy AS キューカンバー」なのかは
個人に寄るものだろう。

沖縄で、キリスト教の傍宗派の人に話しかけられた。
そこのパンフレットにはこうあった
「幸せとはなんでしょうか?」と。

僕は聞く。
「幸せって、なんですの?」と。

彼らの答え、つまりは神のお言葉では
「家庭」だそうだ。

僕は、反論も肯定も出来ないけれど、
ただ、「幸せ」が、常にHAPPYであるとは限らないのではないかとも思う。
レトリカルな意味ではなく。

「幸せな家庭は一様に同じだが
不幸な家庭は、家庭の数だけ異なる」と
トルストイは「アンナカレーニナ」の冒頭でつぶやく。

某吉本のタレントは
「幸せってなんだっけ?」と謡う。

基本的に、
幸せという概念は、僕の手に余るので、
考えないようにしている。
というか、人生から除外している。

幸せを求めるには、あまりにも、それは抽象的だ。

春樹は言った。
「小確幸が素敵だ」と。

つまり、日常に潜む小さな確固たる幸せ。
例えば、おみくじの大吉だったり、
シーザーサラダのクレソンだったり。

確かにそれは具体的だ。
しかし、それを人生のメルクマールにするには、
あまりにも小さい石に過ぎる。

「夢は幸せになること」
 オゥケイ、なるほど、と私は耳をそばだてる。
故人は歌った。
 幸せって、そんなに良いものなのかい。
少なくとも、銀のエンジェルよりはHAPPYなんだろう。

何が言いたいかというと
何も言いたくない。
ちょうど、最近、このようなテーマでディスカスする機会に
何度か恵まれたので、つれづれなるままに書いてみただけ。

ただ、遺伝子格差だけは、
僕は恐怖をしている。

なぜなら、
「いま、私が踏ん張らないと、子孫全員に迷惑がかかる」
という恐怖が出てくるからだ。
小心者ゆえに。

格差があり、
幸せがあり、
金があり、
世の中は、にぎやかだ。

永沢さんはこう言った。

「紳士の定義は
したいことをするのではなく、すべきことをするのが紳士だ」


so, Who knows why?

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コメント (2)

惚れるわあ。
興味深く読ませていただいたきますた。

つーかその頃から土1(!)で格差の授業をとってるアンタも慧眼だわよ。

ちなみにわたしは「幸せ」というものには相変わらず興味がない。
もうそれは鬼門であって。
ハッピーでありたいとは思うけどね。

すげートラバりたくなるが目の前には六法が。
でもいずれこのネタでブログ書かしてくらさいな。

>惚れるわあ。

だろ。笑

土一の授業はまじできつかった
しかも日吉だから・・・
でも先生にほれてたんだね。

>ちなみにわたしは「幸せ」というものには相変わらず興味がない。
>もうそれは鬼門であって。
ハッピーでありたいとは思うけどね。

おお、ボブマーリィ的で
嬉しい限り うむうむ。

トラックバック楽しみにしてます。
いつもコメントありがとねー。
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自分の立ち位置がわからず、困惑するので
とても助かります。

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