フランクリンルーズベルトでもなく、
ベンジャミンフランクリンでもなく、
セオドアルーズベルトでもなく、
ルーズなベルトである。
どうでもいいことを思い出したが、
日本語でいう「ルーズ」
「時間にルーズな人だ」というときの
ルーズは、英語では「ルース」という発音だったはず。
そんなことより、私が言いたいのは、
ベルトのルーズさ、に関してである。
わたくしめ、ベルトはルーズってこともないんだが、
むしろ、パンツのチャックが常に開いているわけである。
これは、わざとやっているわけだが、
周りは、そうは思わないらしく、
親切丁寧にご注進下さる。
「いや、わざとなんです」
と、言うわけにもいかず
「あ、ありがとうございます」
と、言いながら、あげるフリして
返す刀で、開けなおすわけである。
ある種の意地である。
思い返せば、18歳。
そこから、私の、オープン人生は始まった。
常にチャックを開けて。
まさにウィンドウズがオープンソースであり
トーバルズもびっくりな先駆者を
あがめたてまつるが良い。
だってさ、
はさんだらどうするの?
命にかかわるわけだよ。
あなたたちは、僕に死ねというのかね?
というわけで、世界はオープンだ。
■
中央公論社 (1991/06)
在庫切れ

「私信の無断公表」p241
筒井さんの本を
再読。
ほんまに素敵な人やわぁ・・・
これは日記である。
日記ではあるが、氏があまりにも才人なので
日常が、なんというか破綻していて
かなり面白い。
日記というのは、こういうのが理想だという見本である。
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