「ほのじ」だそうです。
懐かしい言葉ですね。
悠久なる大河の流れの匂いがします。
ガンジスよ永遠に。
「ほのじ」と言えば、
いわゆる「惚れているジジイ」の略として
コンセンサス取れています。
嘘です。
「惚れているジ something」です。
ジ、ってなんでしょうね。
ググルせんせーい。
・ほの字(ほのじ 「ほ」は「惚れる」の頭文字。惚れること。また、そういう状態。 用例:浄・平家女護島-三「そもじにたんとほのじじゃと」」
ジってのは、「字」なんですね。
しかも、古文で出てくるんですね。
由緒正しいと。
で、ほのじ、ねえ。
いわゆる大人につれて、失うものといえば
数多あるわけです。
例えば、青雲の志だったり、血気盛んさだったり。
で、その一つに、
幼き日の恋心があります。
なんというんでしょうか。
いわゆる「あの子の使っている椅子に座ってハッピー」的な。
例えば、ですが。
縦笛だと、ややこしいフェチズムも絡んでくるので、
それはまた、 another story。
で、いつしか僕らは、大人になって
あの日の夕焼けと共に、
仄かな夏風薫る恋心を喪失してしまったわけですが、
でないと、世の中、やってられないわけで。
それは、それで、ハッピーなのかな、と。
とはいえ
「幼き日の」の形容詞がなくなれば
「恋心」で、それは、大人になっても存在します。
だって、Bzさんも歌っていますから。
さりとて、内容なんて、何も変わっていないのかも知れないですけれど。
単に小学校の椅子がなくなってしまっただけで。
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