新年ということだった。
年も新しくなるということで、
新しいことを始める人も多い。
そして、それはブログとて例外ではない。
毎日続ける、と公言して、ブログを始める人たちが居る。
原田が見ただけで10人は見た。
「今年はブログ続けるぞ」と。
今では、1、2人しか続いていないようだ。
今日は13日である。
別段、それを非難するわけではない。
第一、僕のことでもないのに、批難するもない。
単に、それを見て、ふと思ったことがあったから
エントリーを書くだけである。
さて、なぜ彼らがブログを続けることが出来ないか。
それは一つは、
「目的を定めない目標を公言する人は、おうおうにして、その目標を達成できない」
というテーゼを僕は信じているのだが、
しかし他にも理由はあろう。
実務的な。
例えば、仕事やテストや就職活動や生活やもろもろの激務に
忙殺され、ブログのことなんぞにかまうことができなくなったのかも知れない
あるいは、よんどころない事情があったのかも知れない
パソコンが壊れたかも知れないし、
忌引きだったのかも知れない。
事情はあるのだろう
それぞれ。
しかし、公言した目標、というのは
それは公言した瞬間、独立した存在になると
僕は思うのだ。
それは、他の従属要因や、環境などの変数によって
左右されるものではないと考えるのだ。
誰かが言うように
「思っていても、口に出しては絶対にいけない。
思うのと言うのでは、まったく性質が違う」
ものなのだ。
では、公言しなければ良いのか。
そういうものでもないと思う。
ただ、「公言する」という行動を起こすには
そこまでの力学が働いているはずなのだ
「全く達成する意図なく目標を公言した」
というような掃き溜めの鶴(誤用)のような人は
この際、例外として捨て置くとして、
(例外のない事例はない)
それなりの達成する意思があったにもかかわらず
あるいは、達成して、周りの人から見られ、
失敗したときにどう思われるかわからないというリスクを背負ってまで
公言した彼らは、どこに言ってしまったのか。
彼らは、いったい、どこにいってしまったんだい
それらは、意思の弱さとよばれるような
完結な原因に罪を擦り付けて、解決することも
別段、奇異なことではない
しかし、原田はもっと違うものが起因しているように思うのだ
例えば、それは、思考プロセスや、
あるいは、考え方の違い。もしかするとフレーム自体が違うのかも知れない
何かしら、そのような構造に違いがあるんじゃないかと思う。
ちなみに、原田は自分で言うが
(だって、自分で言わないと誰も言ってくれない)
意思は強い生き物である。
文句あるなら、原田が公言して達成できなかったことを
挙げやがれ。
(たぶん結構ありそうだけど・・・今回のメディアコムとか)
でも、多分、相対的にそんなにないんじゃないかなあ、と思う。
少なくとも、原田は自分で目標達成できる可能性が9割以上ある
目標しか公言しない
チキンであり、リスクヘッジであり、コンサバだからしょうがない。
よって、公言する目標は、たいてい実現するわけである。
なんていうのはレトリックであ。
で、じゃあ、原田は最近何を達成したろうか、と自問自答してみる。
自分で達成不可能になりそうになった目標、あるいは、失敗寸前だった
タスクをあげる
大学入ってから、で覚えていることを。適当に10個
1.SNS.jpを毎日更新
(某所で公言)つらい
2.東京~大阪を徒歩完走
(彼女に公言) 本気で涙でた
3.アフリカ縦断史上最速記録樹立
(エジプトで友人に公言) しぬかとおもた
4.欧州 一ヶ月風呂なし野宿
(親に公言)くさすぎた
5.世界一周
(みなに公言)まあ、これは比較的達成できた
6.禁煙
(ブログで公言)やばかった。
7.ホノルルマラソン完走
(友人に公言) まあ、完走は出来た
8.1日1冊の読書
(ウェブに公言)旅行行くまではほぼ達成 帰国してから若干怠惰
9.新聞の購読
(公言なし)ピーク時は、朝日、ヘラルド、日経、MJの四誌を半年くらい
続けたのだが、時間が膨大にかかって辛かった。
10.短眠
ここ半年くずれがち。理由:彼女と一緒に寝ると朝起きれないという病気(いいわけ)
で、まあ、それなりに上記を実現するのは大変だった
なぜって、まず一過性ではなく、反復なわけですよ
毎日こなさないといけない。
そうね
ああ、上記で公言しているのは
いま、気づいたけど、有る程度の期間をずっと行うというような類のものだった。
じゃあ、そういう方向で話をすすめよう。
でね、
じゃあ、例証しよう。
「一ヶ月間、林檎だけで生活してみる」
これが、いわゆる、時の経過が必要な目標なわけです。
誤用としての「時の洗礼」ってやつですな。
で、これを実現できる人と出来ない人がいる。
なぜかしら、ということなんだよ
僕が思ったのわ。
先ほど言ったように「意思が強い」「弱い」で
わけることも可能だと思う
でも、実はそれってなんら解決していなくて、
網一段階ふみこまなければいけない。
「意思って何なの?」という問いが必要なわけです
これっていうのは
哲学的な問いではなく、あくまでも例証が出来るかどうかの
データや構造に置き換えられることが出来るかどうか試作しなければいけない。
つまり「意思の強い」といわれるものを
別のデータに置き換える必要があるわけです
だって意思強い弱いなんて、帰結的にしか証明できないわけで
まあ、がんばればホルモンだとか、A10神経だとか
大脳新皮質だとか、その辺が関係してくるんだけど
一般的には、そんなのわかんないわけですよね
じゃあ、演繹的に検証できる問いに翻訳しなければならない。
ですよね?
で、僕が思うにですね
意思が強い人というのを分析したいわけだが
これも、ケーススタディをしないといけないわけですよ
データをひっぱってこないといけない
でもないので、しょうがなく自分を使う
原田が、「仮定として」意思が強いとする。
でも、たぶん二元論で行くなら、強い方だと思うし。
で、そうした場合、そうでない人と
何が違うのだろうか。
で、自分を分析したわけだ。
これも抽象的になるとつまらないので、
具体的に考える必要がある
(そういえば CNETで連載してた梅田さんの
最近の記事って、あちら側とむこう側という二元論でしたね
全然関係ないけど)
原田は、何かを公言するとき、
これも言い換えると
「何か目標を設定する」とき、
伴う行動がある。
つまり、アクションは、すべからくコスト
あるいは掛け金、つまりはリスクがつくわけである
つまり、目標設定して達成できない人は
その掛け金が低いか、あるいは賭けていないのではないか?
と思ったわけである。
で、例えばブログで公言した人にとっては
名声などが掛け金になるのではないかと思う
名声というか、周りからの目とか信頼とか、その辺。
つまり約束というものをした時点で、
その約束は「履行」というアクションが行われない限り、
(何々をしないという約束も、何々をしないという履行が行われない限り)
契約不履行の蓋然性というリスクを背負うのだ
で、まあ、いい。
えtっと、そう。
どれだけのチップをbetできているかが
問題なんじゃないかと思った次第。
で、例えば、周りから「あなたは目標達成できない」
と思われている人は
コストが限りなく下がりますよね
だって、すでに底なんだから、もいっかい不履行したところで
変わらない。
そういうわけで、そういう人は
また、不履行しやすい
で、例えば原田は、何か公言するときに
何を賭けているか。
自分で言うのもアレだが
自分で言うしかないので自分で言うが(これ、三回目)
大きいぞ。dealは。
僕は、自分自身をかけているわけですよ
つまり、いままで自分というものは
目標を達成する生き物
ホモ=タッセイスルンofジョイトイ だったわけですよ
だから、それは一種の
アイデンテテーになってるわけです
だから、目標を達成できないと
自分の自己帰属性を否定することになる
いわゆるレゾンデートルが、かかっとるゆーねん
それに加え、原田の夢とか将来というのは
やはり自分の今有るスペック
あるいは、今自分を参照して、未来を測定しているわけですよ
見込みとか、可能性とか。
そりゃ、誤差は「大いに」あるとしても、有る程度は。
だからさ、僕が、今、自分の持っているスペックや
見込みを下げてしまったら、
それが、逆の方へリバレッジを効かして
デフレスパイラルになり、
国をつくるどころか、シムシティをメガロポリスにすることさえ
叶わぬ夢となるわけだ。
つまりだね
いうならば、僕が賭けるのは
「今までの自分といふもの」
→「これからの自分といふもの」
→「これからの自分の可能性」
が掛かっているわけで、
ひとつ失敗するだけで、取り返しがつかなくなりそうになるのだよ
そういうわけで、いきなり
はしょるが、結論として
原田が考える
「意思の強いと弱い」は
「賭けるものの違い」によって生まれる帰結である。
駄文も駄文いいところだな。


コメント (6)
あんま記事全体をよく読んでないけど
カズの今年の目標は
「一ヶ月間、林檎だけで生活してみる」
って事か。応援してますw
投稿者: ひで | 2005年01月13日 18:59
日時: 2005年01月13日 18:59
ぬへ。
勘弁してください 涙
投稿者: 原田 | 2005年01月13日 20:17
日時: 2005年01月13日 20:17
元Rの藤原校長が、
「クレジットレベルを上げるために仕事してる」
って言ってたなー。
そのときのことを引用すると、
クレジットレベル=他人からの信用、信頼、共感
(×権威)
人に貢献することでレベルアップ
→自立できる、自分主導で選択できる幅がえる
→仕事が舞い込むように
→自分の価値が上がる
ってな感じだったはず。
議論ずれまくってるけどねん、
そんな感じだった。
ちなみに、
俺は敢えて達成できなさそうな目標を公言してしまうタチっすわ。
2割ぐらいかな、実現させちまったりするけども(笑)
投稿者: サガラ | 2005年01月14日 04:03
日時: 2005年01月14日 04:03
わお
ありがとうございます。
そのような経験値みたいな概念って
面白いですね、一瞬で崩れるという怖さが
また妙味で。
投稿者: 原田 | 2005年01月14日 11:16
日時: 2005年01月14日 11:16
昨日(さくじつ)未明、
TAKESHI TERATOWNと
このエントリーについて電話で話しました
むしろ電で話しました
そしていま印刷中
電子メディアにのっかってるもので、
『印刷されるくらい』
出せちゃう、練れちゃう、書けちゃう
というのはいいですな、アレですな
投稿者: ニッチマン | 2005年01月15日 08:29
日時: 2005年01月15日 08:29
わわわわわわわわわわわ
光栄です、光栄で御座いま候。
ぺこりぺこり。
涙が出ます。全米が涙します。
むしろ、モウレツです。
ありがとうございます。
わー、精進します!
投稿者: 原田 | 2005年01月15日 11:14
日時: 2005年01月15日 11:14