今日はひたすら文章を書いていた1日だったので
そのまま、ふと、思考が文章。
加えて、ブログの意義という、意味のなさそうなものに
思いを馳せてしまったので、
そこで、ごにょごにょ、こくりまわしていたのだが。
で、ふと、幼い日の原田の憧憬を思い出した。
僕は言葉が好きだったんだ、と。
いや、書けば普通な一行だけど、
その圧倒的で明白な事実は
僕の五感を凪ぎなおしたわけです。
そうだ、言葉が好きだった、ということは
文章で言えるものではなく
むしろ、経験が伝えるもののような認識を
いま、身体が伝えました。
そういうった字面に現れる事実ではなくて、
もっと、例えば子供の頃に好きだった本だとか
親に教わった言葉だとか、ひとり愛読した広辞苑だとか
彼女と遊んだ言葉遊びだとか、響きに心酔する言葉の甘美だとか
その辺の記憶が
一瞬、原田の細胞に生き返ったのです。
つまりはそういうことなんだなあ、と。
社会派ブログねえ、だとか、
面白いブログねえ、究極のブログかぁ、
などなど考えていると、詰まるところ
少なくともこのブログに関しては、
そういったことを深く考えず
好きなように書こうと思った次第。
いやね、そりゃいままで、出鱈目に
適当に行き当たりばったり好き勝手書いているわけですが、
で、それにいろいろこっそり理論武装しているわけですが
でも、とどのつまりは、
ふと、言葉ってのが好きだから書いているのだという
事実に気づいたのかも知れません。
しかし、世の中には、文章の上手な人がどうして
こんなにもいるのだろうと、ジェラシィを感じること仕切り。
ともあれ、まあ、そんなこんなで、お、玄関の扉があいたので
ポスト。
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