やあ、やあ、年末ですねえ。
師走も師走。
町も静かです。
というか、今日は、ぜんぜん町に出てないので
近所が静かだなあ、という感慨くらいですが。
今日は、青汁を飲んだ。
ちょっとしたことで、ごっそり頂いたので、
挑戦。
年末の挑戦である。
全然飲める。
美味い、とは言えないが、「グエック」的ほどでもない。
但し、相方は、「美味い」と言ってグビグビ飲んでいた。
人によって、味覚の障害度合は違うのだろう。
どうでもいいことを思い出したのだが、
世の中にある遊園地で、最高にクールな乗り物は
言うまでもなく、珈琲カップである。
これに文句は言わせない。
まず、第一に、どこの遊園地にでもたいていある。ユビキタスである。
トレンドである。21世紀的である。
メリーゴーランドがあった場合、
同時に、珈琲カップがある確立は経験則的に9割を超える。
これなくしては、遊園地と言えない。
で、この珈琲カップの強みはその普遍性だけではない。
あらゆるレンジの人たちに対応可能な点も
捨てがたい。
老人からガキから、双子から、カップルから
家族から、あらゆる年齢層、あらゆるターゲットにリーチすることが
出来る。
これは強い。
そして、またUIが素敵。
操作性といってもいい。
あれは、「乗る」というアフォーダンスが明確に表象されている。
あの珈琲カップを見て
「操作難しい!」という者はハクチしか居ない。
あれほど、easyでわかりやすいUIもない。
そして、何より
あの「回転させるハンドル」が、あの珈琲カプの存在意義を
明確に定義つけている。
あのハンドルこそが、すべての源流であり、源泉であるといえよう。
ハンドルなくして、珈琲カップなし。
逆もまた同じ。
動物園の猿山のようなものであり、
セックスによる前戯のようなものであり、
漫才のツッコミのようなものであり、
アルファであり、オメガである。
あのハンドルを、ぐるんぐるんまわしてみなよ。
世界が回って見えるわけである。
あれなしでは、人生を謳歌できたとは
けっしていえまい。
あのハンドル最強。
これ最強。
ひたすらまわすよろし。
ぐるぐる回すよろし。
いいから、一度まわしてみるがよい。
はまる。
あれは、はまる。
遊園地言ったら、珈琲カップのハンドルを
ひたすらまわすように。
ちびくろさんぼのバターになったトラの気持ちが
本当にわかる。
タイタニックの、社交ダンスのぐるぐるシーンの
5倍速の再演である。
とりあえず、世界が回っているというコペルニクス的事実を
体感できるという貴重な経験を味わうことが出来る。
間違いない。
とりあえず、まわれってば。
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