昨日、大学のゼミで
三田祭(学園祭)の催し物に関して
話合いをした
うちのクラスでは、「メディア空間論」を研究している人がいるので、
その人が指揮をとってすることになった。
で、そのプレゼンを聞いたのだが
確かに、面白いと思うのだが
設定的に難しい面があった。
つまり、暗幕や音響や、下地などの面において
セッティングが難しいだろう、と。
で、色々、問題提起(反論)した。
で、その後、担当の先生と用事で
メールのやり取りすることがあって、その関係で
このような文章が。
社会に出たら、それこそ、金にならない、
ばかばかしい、リスクがある、誰も興
味をもってくれない、時間がもったいない、などなど、
様々な理由でこういった
試みはつぶされます。学生だからこそ、
惰性になっている(またはアリバイ的
な)行事だからこそ、
そして、失敗が許されるからこそ、やって欲しいと思っています。失敗はOK。
失敗から沢山のことが分かるから。
人が来なければ来るように仕向ける。つまらないなら面白くすればいい。
大変なら協力すればいい。
お金が掛かるなら掛からないように工夫すればいい。
とても単純です。たかが三田祭の発表、されど三田祭の発表です
。こんな小さな報告会を精一杯や
れない人に、大きな仕事なんてできないと思っています。私の尊敬している人達は、
小さな一銭の徳にもならないような企画に夢中で
そして喜んでやります。それが積み重なって大きな仕事へとつながっていきます。
創造的なことは大抵そういった中から生まれてきます。そして、結果ではなく、プロセスから学ぶ
ことはみんなが想像している以上に大きいと信じています。
そのことを、みんな
に体験してもらいたいと思っています。カズには、「そんなもんはね~、無駄だよ。無理だよ。」と
言って頭から否定するようなツマラナイ大人になって欲しくはないです。小さくて無駄なようなことにも、耳を傾け、
「できることは協力するから」と一緒に楽しむくらいの余裕の
ある人になって欲しいと願っています。
胸に突き刺さった。
ぐっと来た。
「自由至上主義」だった、自分自身がいつのまにか
あちら側に言っていた。
体制、と呼ばれるもの。
既得権益層と呼ばれかねないもの。
保守派、といわれるもの。
驚愕した
自分が情けなくなった。
こうやって、腐った大人になっていくんだろうか、と思ってしまった。
青臭い考えだけど。
でも、やはり僕は年をとっても
先生が言ってくれた言葉を言えるような言葉になりたいし、
またそういう生き方をしたいと願っているはずなのに
知らない間に、僕は腐っていた。
何かに蝕まれていたんだろう。
いわゆる消しゴムの角が丸くなっていたんだろう。
やわになっている、
この先生に会えて、本当に良かった、と思った。
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