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目標2

さて、特筆すべきことでもないから前の日記を掘り返して、続き。人生に目標は必要である、という仮定を論証できるかやってみたい。いま、ふと思い付いただけなので、できるかどうか知らない。で、どこから手を付ければいいのか。うーん、目標の定義か。目標とは、何かしらの目指すものである。つまり、将来において、「コウアレ」というようなイメージである。もちろん、死にたいだとか、堕落したいとかいうのも目標だし、何もせずにマッタリすごしたい、というのもそうである。何もしないで過ごす、というのも立派な目標である。で、もしそれらがないとどうなるか。自分の行動に一貫性がなくなるのは確かでしょう。いや、性格に規律される一貫性などはあっても、あるいは、嗜好による一定のパターン化はあっても、将来のとある点に向かう行動としての一貫性はなくなる。つまり内的なベクトルは存在しても、外部に向かうベクトルというか、道標がなくなる。で、そうなるとどうなるかというと実は何も困らない。ただ、しかし、それだと、日常を消化するだけになる。つまり、どんな些細なくだらない目標あるいは目的でも構わないが、それがあれば、一応ゴールがあるため、日常はそのゴールへの過程と変わる。もしゴール、つまりは目標がなければ、日々は、ただ死までの時間潰しにしかならなくなる。もちろん、目標は達成される必要はない。なんらかの方向性さえも必要ない。ただ、そこに前進しているという意識だけが必要なのである。たとえば、明日、ご飯を食べよう、といった目標でさえあるだけで、今日の行動が変わる。いや、変わらないかも知れない。でも、その目標があるだけで、とりあえず明日のそれを意識する。明日というものをイメージする。でないと、明日なになにしよう、という仮定ができないからだ。で、そうすることによって何もかわらないかも知れない。しかし、今日という日付が任意の一日から明日の前日という特定性を持つようになる。それによって、日常における区分をつけることができる。ふむ、ここまで書いてふと思ったが目的により人生の時間軸が生まれるという作用があるかも知れないしかし、これだとハイデカーと同じ論法になるなぁ。うーん、もっと簡単に下らない論証はできないか。うーん、次は人間の性質に移ろう。人間は生きている。しんではいない。生きているということは時間が経過するということだ。時間が経過するということは時間を使っているということだ。何もせずとも、時間が失われていっている。その代償に、老化する。時間を得る変わりに、自分の肉体を浪費する。浪費でもないか、消費する。で、時間を消費するということは、その時間に意味が付与されるということだ。なぜなら意味がなければ、消費はされないからだ。人間という機能面から考えたときに、人間の生物学的な行動にはすべて意味がある。あくまでも生物学的にだが。で、意味があるということは、そこには、何かしらの始まりと終わりがなくてはいけない。意味とは、それだけで一つの指向性をもつからだ。よって、その意味は結局のところ、何かしらの目的を求める。で、背反的に、目標なしでは、人間は時間を消費できないのだから時間を消費している以上、目標はそこに存在する。証明終わりあー、ぱっとせんし論理的でもなんでもないや。まー、いいやね。けっ


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