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2003年01月 アーカイブ

2003年01月01日

新年

昨年も早かったですねえ。
びっくりくりくりくりとりすですわね。

確か加齢と共に年月が早く過ぎるという事実は確認されているはずですが、そのメカニズムはややこしいらしいですな。
細胞たら経験たらなんたら。

聞いた話によると、
5歳のガキは、1年が一生の5分の1という計算だけど、50歳の人は一年が50分の1だから早く感じるとか、感じないとか、感じす過ぎて困っちゃうとか、そんな感じ。

今年の抱負としては、禁欲1年にチャレンジしてみようかな。
こう公言しても、「禁煙」のようには、簡単に他者には「失敗」はバレナイというメカニズム。

去年は色々ありましたな。
Xtadyが発足したし、911の翌年だったし、
オウムの7年後くらいだったし、スターリンの49カイキくらいだったし、イタリア年だったし、サッカーあったし、サッカーしなかったし、作家も目指さなかったし、坂田さんとも会わなかったし。

ともあれ、色々あった。
今年も色々あるのだろう、と妙に感慨に浸りながらも
来年も、生きているといいなぁ、とふと思った。

というのも、やっぱり、おばあちゃん家にいったのよ。
どうも、こうも、やはり痴呆ひどくて。
当然、僕は誰か全然わからないし、彼女の子供のことさえわからないし。
ま、よくある話だけど、
眼前にすると、ほんと、日本はこれでいいのかねえ、と思うよね。

高齢化って、まずいんじゃないって改めて。
平均寿命延びたって、それボケの期間増やしているだけじゃない。
周りの人間を不幸にさせて、それの悪循環じゃないって。

まあ、思った。
政治を学ぶものとして悩みどころですわね。
医療費をもっと下げるのは必要のような気がする。真面目に考えて。
医者が稼ぎすぎというか、やっぱり、病院にもっと簡単に入れないと。その分、医療費負担は増やさないと財政がひどいでしょ。
で、思い切って、やはり 姨捨山は必要な気がする。
老人だけの循環システムみたいな、相互寄り合いみたいな。
ふむ。倫理的な問題があるけどさ。

あと、近所の神社に行った。
とても静かで、肌寒かったけど、やはり日本人だなあ
と改めて。
あと朝4時くらいに、先祖の墓に行った。
とうちゃんと二人で。
そこにも誰もいなかったけど
やはり、何も怖くなくて、なんだか、壮大な歴史の墓標を目にして、改めて、生きる、ってもんを見たような気がしたよ。
重なっているというか、繋がっているというか。

あと年賀状良いね。
あ、横浜の住所に送ってくれた人はまだ見てないっす。ごめんちょ。引越しするからと思って実家の住所入れたけど、また、帰宅せねばな。冷蔵庫のミルクが心配だ。
あ、ヨーグルトもやべえ。

新年セールいいけど、人ごみ嫌いだから、動けず。
初詣も、今年はまだ行ってないな。いきたいんだけど
どうも、あの「人」がねえ。
もちろん、それがなければ寂しいのだけど。
ディズニーに、列がなければ、鯛の入っていないタイヤキのようなのと同じで。

御節は良いね。
エセベジとしては、あのような精進料理みたいなのは、ぞっこんです。もしゃもしゃ。
雑煮もしろ味噌に、大根、山芋、とろとろになった餅。
最高ですな。叔父が漬けた大根の沢庵とかと食べちゃったりして。
お神酒を飲んじゃったりして。

毎年、正月に、のめや、うたえや、はしないな。
テレビもほとんどみないなあ。

ごろごろしているのかね。
何しているんだろう。

それが正月ってもんなのかね。
正しい月、月経ということなのかね。
はなはだしく間違ってるような気もするね。
年始早々。

そうそう、うちの伝統では元旦はお風呂はいっちゃダメなのよ。
はいっちゃったけど。ふむ。

もういくつ寝ると。
2003/01/01(W

成人式

さて、久々なんで、気合入れて書こう。
最近馬鹿なことばっかり書いてたから、
「こいつ基地外?」と思われても癪(当たってるから)なので
少し方向を変える。

こないだ成人式あったよね。
それで、関係して、思うこと。

で、たまたま、その日、朝のテレビを見ていて
成人への数百人規模のインタビューなどがあって、
「一番大切なものは?」
で、1番多かった回答が
「自分」なんだってさ。

どう思われまする?
賛成でっか?反対でっか?

僕が思うに、
自分が大切だというのは、ま、「他人が一番」
とか言っているより、よっぽどいいわな。
依存してないし、自分に自信を持っている。

しかし、甘えの「自分」である可能性もあるわけだ。
つまり、「自分」に力があると思っていないと
自分が大切なんて、いえないのでは?
なんて僕は思ってしまうのだが。
あるいは、全く「他者」を信用はおろか、交流もしていないのでは?と。だってさ、そりゃ、他人を1番とはいえないにしろ、自分が1番ってのも、フザケタ話じゃない?

じゃあ、金庫の中で暮らせばいいじゃん。と。
せんずりしながら生きれよ、と。

自分を1番にすると、何が問題かというと、
「冒険」ができないからであります。
だってさ、あくまでも「自分」よりも素晴らしいものがあるからこそ、「自分」を賭けてまで、つまり人生を費やしてまで、生きるわけでしょ。

信用できるのは、自分だけ、だったらいいんだけど
「大切」なのは自分っていうことは、傷つきたくない、壊れたくない、リスクを冒したくない、ってことなんじゃないかね。
って、これはあまりにも批判的な見方かね。

ただ、「親」だとか「恋人」とかいう人生なめきった答えもどうかと思うけどさ、少なくともフランス革命の時代の若者にとって1番大切だったのは自分ではないだろうね。
文革でもいいし、湾岸戦争でもいいし、学生紛争でも、清教徒でも、赤の日曜日でも、フンボルトでも、ゲティスバーグでも、なんでもいいけどさ。

いや、これは、自分がまだ「若者」ってのを棚にあげて喋ってるんだけどね。

でも、ここまでずっと考えてて、彼らの立場になって考えた。

彼らの親ってのは、40歳代だとしたら、親が20代を過ごしたのは、80’Sでしょ。
学生紛争や、ビートルズなどのアツイ時代が終わって、
パンクとかのいわゆる自己模索の時代らしいけど。詳しいことは知らぬ。
確かに、春樹は今、40代ですか。
あの時代か、というくらいか。もっともあれは学生紛争だったけど。ともかく、いわゆる自己との対峙っていうものだわ。

で、その子供でしょ。
だから、そういう親、つまり、「自分」ってものを意識した世代の子だからしょうがないんかのぉ、と勝手に思うのだ。

で、じゃあ、次の世代、つまり、今10代の子の親は
バブル期なわけだ。
バブル時代の親の子も考えるだに恐ろしいけど、
それはともかく。

で、でも、いくらなんでも親を考えるのは、なしとしても、
今の若者が、「自分」を大切に「せざるを得ない」という社会状況という要素もあるわけだ。

つまりそれは、自己本能、自己防衛本能で、
「自分が大切よーん」になっちゃったのではないか、と。
やっぱり、時代に合わせて、我々の思考から思想から、生きがいとか全部変えられちゃうからこそ
「我々は時代の子」なわけで、それを分析したほうが
早いかも知れない。

つまり、学生時代を、バブル崩壊の中で生きた我々、
円高最高値を記録したのをよそ目に、二次関数をしていた我々の時代、終身雇用が崩壊し、社会体系が変わり、
唯一のRock & Roll HEROのアメリカでさえも、ヒーローになりえないこの時代に、我々は、「若者」という時代を過ごしているんだなあ、と改めてメタ認知。

で、やっぱり、変化が大きい時代に「多感な時代」をすごしちゃうと、保身になるよね。
そりゃ、幕末みたいに、「いざ!ゆかん」てアドレナリンどくどくいうのも、もちろんあるけど、数は少ない。
(個人的には平成維新は、有り得ると思うけど)

で、ぶっちゃけ、これだけ「裕福」な国になっているのも
一つの変化だわさね。よく言われることだけど。
いわゆる、今までの、「いけいけドンドン」は、いわゆる経済成長であり、金への突進だったわけでしょ。
カラーテレビが欲しい、車が欲しい、家を持ちたい、と。

で、今は、みたされまくってるから、「渇望」してまで欲しいものは、ない、と。
ブランドや、最新電気機器でお茶を濁す程度。
それでさえも、「学生」さんがポンと買っちゃう時代らしいからね。
でも、この金の溢れる国で一番、金のかかる買い物って何かしっております?

これは、あくまでも私感ですが、「子供」ですわね。
だから少子化、と思うんだけど、これは面白いパラドクスだよね。
子供に、一番、金かかるんだよ。
少なくとも、今までの時代「一番大切」だった子供に。

つまり、これまでの、カラーテレビが子供になっちゃった。

もちろん子供を「普通に」育てるなら、金はかかるとは言え、
ま、うん。
でも「頑張って育てる」なら、そりゃ無茶苦茶、金かかるでせうね。

特に、「教育」が。

下手したら日本の予備校、3年間でも家買えるのでは?
いくらかかるのか、知らんけど、高そう。

で、結局、何がいいたいかというと、
ガキどもが自分を大切というのは、
そもそも、他に欲しいものがないという前提で、
したいことの決定打がない、と。
つまり、いわゆる、自己満足の人生でオールオッケーですよ、と。

日本がどうなろうとも、しったこっちゃない、と。
(これは、いわゆるマスコミが悪いと思うのは、僕の個人的主観)

隣人がおぼれていようとも、ま、しょうがないか、と。

価値観の多様化どころか、無差別化でありますよ、と。
(これは、経済成長の仕方ない帰結ですな)

で、なぜ日本だけが、こんなことになっているかというと、文化論に還元してしまえば、話は早いのだけど、そうすると、つまんないから、がんばって考えてみると、
日本の「経済」にやっぱり還元できるのかしら?
面白みが、ないのかね。
ビジネスに。

下手したら、逆に、今の若者のほうが、
正しいのかもしれんね。
「金」に重点をおかず、あくまでもGoing My wayで行くのは
この世知辛い時代に生きるために、必死で生み出した処世術かもしれん。

政治に怒りや関心をもったとしても、
「どうしようもならない」と解っているから、あがかないのは正しいやもしれんわね。
「世界」に関心を持っても、「私のできることは限られている」らしいから、適当に自己満足で終わるのが、合理的かもしれん。

人の価値観をとやかく言う気もないし、
僕は、そもそもたいそれはことを言えるご身分でもないが、
「おっさん」らの「既得権益」層を打破するには
ちょっと骨が折れまして、それへの対抗としての
今までの価値観つまり、「金」の価値観への拒否、は
実はこれは、
表面上には見えない「反体制;つまりカウンターパンチ」として、
「自分」を大切にすることは、
何よりもアツイことなのかもしれん。

ニヒリズムってのは、くだらんことで、
「日本はもうだめぽ」なんて、ウソブクことは簡単だけど、
甘えなんだよね。
日本だめなのは、もう、わかりきっている。
んなこと、もう聞き飽きた。
しかも、「聞きかじり」のダメさ加減はもううんざり。

その中で、我々が何ができるのか?
あるいは、何をしなくてもいいのか。
「ダメだ」というからには、そこを教えて欲しい、と僕は思うわけだ。
で、それさえも言わずに
「自分がサイコー」といえるのは、
一つの決意なんかな、と、今の若者を弁護してみる。

ただ、何も知らないで社会にもでないで、
「日本はダメだ」ということを言うのは、
非常に ツマラン話である。

いや、特に、最近のマスメディアとか、大人とかについて言ってるんだけどね。
特に教授に多いよ。
「日本はもうあかん」とかさ。
All right!! So What!なわけですよ。

マスメディアが、「こんな感じ」なのは、もうイニシエの時代からだから、良いとしても、
大人たちが無気力になっちゃぁ、ねえ。困りますよ。

なんせ、金もってるのは、職もってるのは、アンタでしょ、っちゅう話で。
こないだも話題になったけど、若者の就職氷河期は、大人が、そこにシガミツイテルからだと。

で、別に大人バッシングもつまらんことなので、
若者もバッシングしてもつまらん。
自分を叩いてもいいんだけどへこむからなあ。

だれのせいにするかなあ。

そうだ、馬鹿テレビのせいにしよう。

くだらん番組ばっかり流しくさるから、
見る必要もないのに、見ておるがな。

インターネットも同じだろうけどね。
「必要」もないのに、ネットサーフしちゃう。

うーん、メディアを叩くのも聞き飽きたしなあ。

そうだ。宗教がないからイカンのだ。

カルバンさんもいないし、アラーさんもいない。
「はたらかんとバチあたるよ」
という教えもない。
そもそも、働いて金かせぐと、後ろ指さされるもんな。

辛い世の中だわ。
働くことが否定されたら、
結局、自分一人の価値観で闘わないとしょうがないからね。
狭い世界になっちゃうよね。

金って、そりゃ色々無数の問題あるけど、
結局、世界共通の、基準だからさ、
それがなくなったら、果たして、人間は
仮に言うなら、名誉、で生きれるもんかの。
あるいは、「美しさ」だけで生きれるものかな。
確かに、美しい生き方は、いいけどね。

少なくとも、僕は、不感症は嫌いだ。

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