調子にのって第二弾。
世界で最初の職業は何かご存知であろうか?
一説には「情婦」という話がある。
政治においては権力闘争、つまり「政治家」であった可能性もある。ハタマタ預言者という説もある。
ただ、私が信じているのは
「語り部」
である。
古来、人間は、書くべき媒体を持たなかった。
言葉が伝達の全てであり、
先祖から脈絡の続くただ、縦の流れだけが、言葉の羅列だけが
歴史を作ってきた。
だからこそ、言霊が宿ると考えられ、また、
「タブー」などもできた。
また、聖書にもあるように
「語呂合わせ」というのが重視された。
ジョイスの本を読まれた人はわかると思うが、あのような言葉遊びは、古来、とても重視された。
たとえば、
「el(エル)」という言葉は神を意味した。
だから聖書には、ミカエル、ガブリエル、ダニエルなどの言葉が飛び交う。(語尾が全てel)
日本の日本霊異記にもこんな話がある。
ある男がいた。ある女もいた。
ある女は、男の家に来ては寝て、来ては寝てしていた。
古語でいう「来つ寝」の繰り返しである。
で、オチはその女は実は狐であったというようなものだ。
そんな「言葉遊び」は古来より真剣に議論された。
本当に言葉に命が宿ると考えられた。
round sircle などの言葉がなぜこういう言葉か考えたことがあるだろうか?
r や cは、字面どおり、丸いイメージがある。
そのような帰結で、roundなどに、r という語が選ばれた。
表意文字は実は、漢字だけではない。
アルファベットにおいても、字面が重要視もされる。
また、こんな話もある。
ある女の子がいた。
英語と日本語、両方を流暢にしゃべる。幼き頃より。
で、その女の子が20歳になったとき、
インタビューされた。
「将来なにになりたいですか?」と英語でたずねられ、彼女はまず、英語で答えた。
「私は、バリバリのキャリアウーマンになりたいわ」
と。
で、後に、日本語で同じコトを聞かれ彼女は日本語で答えた。
「私は家庭を大事にしたい。大和撫子に憧れる」と。
これはやらせではない。
つまり、英語と日本語の回路が、思考さえも変えてしまう。
それくらい、言語には力がある。
昔から言われているように、英語をしゃべると論理的になる。実際。また、スペイン語などを喋る時には、
その文がどれだけ信憑性があるかによって変わったりする「接続法」のせいで、その真偽値を考えたりもする。
(アラビア語にもあるが。確か仏や独にもあったような気がするが知らない)
手垢に塗れた構造主義にもあるように、
言語が文化自体を拘束する。
よく例にあげられるのは
あるアフリカの部族においては
牛の呼び名が数十ある。
それは、その部族においては、牛が文化にとってとても重要だからだ。
あるいはドイツ語では虹は5色しかない。
言葉がなければ、対象さえも存在しない。
ひどいところだと、色も10色以下の語彙しかもたない。
いろんな色を認識することはできる。
しかし彼らは深緑と緑の区別さえ、
はたまたオレンジと赤の区別さえ持たない。
そのように、言語は人間を定義する。
我々のありようでさえも、言葉によって変えられてしまうのだ。
政治家において、その言葉はさらにクリティカルである。
昔は、政治家といえば弁論家であった。
キケロに代表される雄弁家が、ステータスであった。
ソクラテスも、言葉を重要視したからこそ、
あそこまで対話を重ねた。
カエサルがあれほど強大な大国を作り上げたのは、
今でものこる「賽は投げられた@ルビコン川」「ブルートゥスお前も課」などの言葉にもあるように、上手に言葉を利用できたからだ。
ビスマルクの「鉄の血の演説」によって、第一次世界対戦が起こったといっても過言ではなかろう。
今のアメリカはワシントンの言葉によって成り立っているといえよう。キング牧師の言葉も、アメリカを変えた。
ヒトラーがあれだけカリスマ性を得たのは、
ひとつは、心理作戦に長けていた。あるいは、声が素晴らしかった。そして、何よりも言葉を上手に使ったからだという話がある。
ベトナム戦争では、どれだけジョンレノンの言葉が叫ばれたか。
言葉は、歴史でさえも、変えてしまうのである。
鼻が2センチ低かったらの次元の話ではない。
たった一つの言葉、それが歴史の流れを変えてしまう。
言葉は古来より、全てであった。
現代においても実はそれは変わらない。
ある意味、時代は回帰しているとも言えるだろう。
マテリアルワールドの時代が終わり
情報化の時代がきた。
その時代とは、言い換えれば、言葉の時代なのだ。
8ビットであれ、2進法であれ、
表象されうるものは、言葉である。
サービス業は言葉を重視し、
企業はブランドイメージを一言で言い表すために苦心し、
言葉のあるなしが裁判の是非を決める。
今、言葉復古の時代である。
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