目覚まし時計の電子音が鳴り響く。
男の右手が、空を彷徨う。
時計は、音を吐くことを辞める。
CDデッキから、音が溢れ出す。
有線のB-31。
朝よりは、夜に向いた音楽。
その音も、たとい、
ヴォリューム37であっても、決して男の眠りを覚ますことはない。
先日よりひいている風邪の反省から、新しく押入れから引き出された布団は、男の身体から離れ、部屋の隅に蹴り上げられる。
僅かに、身体にまとわりつく5年来の毛布でさえも、男の身体を
包むことはできない。
9度を下回る外気が男の身体に流れ込む。
それでも、男は目を覚まさない。
小鳥がさえずりも、基地外じみた早さのゴミ出しおばはんの音も、ただ、部屋の静寂を破ることはない。
その時、電話がなる。
CANONのFAX付電話だ。
しかし、親機ではない。寝室に置かれた子機がか細く音を出す。
5回、6回、コールは止まない。
8回のコールで留守電に切り替わり、コールは止む。
そこで男はうつらと目が覚める。
再び、子機が申し訳程度に音を出す。
3回、4回、5回目のコールで男は子機をとる。
なぜか、コールが止んでいる時でなく
コールしている時に電話をとるのは人間の生まれついたメカニズムなのか。
ともあれ、電話に出て、男は目を瞑ったまま耳を澄ます。
かすかに聞こえる相手の声で、男はいつも目が覚める。
いくらタイマーをセットしても、いくら音量を上げても、どんなに用事があったとしても、男は、電話より前に起きることはない。
いくら努力しても、機械的なものには、拒絶を示してしまう。
たとえ、ラジオから聞こえる声が、甘い吐息であったとしても。
子機を置き、男は、まだ自分の体温の残る布団を恨めしそうに見る。一週間に一回は、ここで誘惑に負けて、二度寝をしてしまう。
後悔するのはわかっているのに、
授業があるのはわかっているのに、
何度懲りたことか、
それでも、ここでの二度寝の快楽は、セックスとはまた違った快感を呼び起こす。
罪悪感があるゆえに、二律背反するゆえに、その眠りは心地よい。
しかし、今日は、なんとか誘惑に耐えた日であった。
男は、寝室から出、居間のカーテンを開ける。
幸い、秋晴れの、目がくらむような晴天。
朝日に顔を蹂躙されたまま、男はしばし、その温もりに全身をゆだねる。
まるで映画「ショーシャンクの空に」のポスターのように。
(シャーションクだったっけ?)
なんてことを考えながら、男は脚の指先でテレビの電源をける。
今朝も、何も変わらず、朝の司会さんは、きびきびと気を吐く。
この番組が、「いつもと」違ったのは、去年の秋だけくらいだな、
と回想する。
回想しながら、寝ているのかも知れない。
ともあれ、男は、そのまま、冷蔵庫へ向かう。
途中、ドアで左足の小指をぶつけるも、
寝起きの男には、痛点は存在しない。
そして、冷蔵庫からアイス珈琲を出し、一気に飲み干す。
喉も渇いていないのに、夏からの癖はまだ直らない。
いや、それとも、目を覚ますための通過儀礼なのかも知れない。
さて、と男はようやく、目を8割まで開ける。
残りの2割は、くびれを見るためにとっておく。
そして、いつもの変わらない朝、
いつもの幸せ、
何も変わらないことの幸せを感じ、
男は、新聞を取りに行く。
ああ、今日の夢はなんだっけな、と思い返しながら。
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